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わたしが空から降り注ぐ雨だったころ

わたしが空から降り注ぐ雨だったころ
あなたは道端で咲く花だった
降り注ぐわたしに あなたは花びらをぬらし、
わたしはあなたの可憐さに 心奪われたものだった
 
 
わたしが道端で咲く花だったころ
あなたは声麗しき小鳥だった
あなたは気分がよくなると歌をうたい
わたしはその声の美しさに聞き惚れて 感じ入ったものだった
  
  
   
わたしが声麗しき小鳥だったころ
あなたは草原に立つ 大きな樫の木だった
雨が降れば あなたに止まり
わたしの代わりにぬれてくれて 暖かい宿も提供してくれる あなたの懐の大きさに
わたしはほんとうに助けられたものだった
  
  
  
わたしが草原に立つ大きな樫の木だったころ
あなたは土の中で寝ていたミミズだった
あなたは起きるとくねくねと動き出し、
わたしは動けないからね、とても羨ましくて仕方がなかった
けれど あなたがくねくねと動くたびに
わたしを支えてくれる土が柔らかくなっていることに気づいたとき
ほんとうにびっくりして なんといっていいか分からなかった
あなたが耕した土は わたしの根にたくさんの栄養を届けてくれていた
 
 
 
わたしが土の中にいたミミズだったころ
あなたも土の中にいた芋虫だった
あなたは私よりも何倍もある大きな体で動き回り、あなたの動いた後は道ができた
わたしは土の色と同じ茶色だったから
あなたの持つ色の豊富さや鮮やかさに見とれたものだった
 
あなたの存在感は、本当に目をみはるものがあった
  
  
  
わたしが土の中にいた芋虫だったころ
あなたは青い空を背に舞う蝶だった
わたしには羽がないからね、
白い羽を広げて 軽やかに舞い、
ときには楽しそうにダンスをしているように見えるあなたが
わたしにはとても眩しく見えた
  
あなたは本当に美しかった
  
   
   
それから月日がたち、わたしは深い眠りに入った。
  
ある朝目が醒めると 
わたしはあなただった
  
それがわたしだったなんて知らなかった
  
  
 
 
わたしが空を軽やかに舞う蝶だったころ
あなたは空から降り注ぐ雨だった
  
あなたが降り始めると
わたしはこの羽に重たさを感じて 
そっと近くの葉の裏に雨宿りする
あなたがひとしきり降り終えるまで

  
けれどわたしは知っている
あなたは草花を潤し、
小鳥の飲み水となり、
大きな樫の木を育てていることを
  
  
わたしは雨で 道端に咲く花で 声麗しき小鳥で 大きな枝を持つ樫の木で 
土の中のミミズで、色鮮やかな芋虫で 青い空を背に舞う蝶で
その全てであったと
  
  
ただただ あなたはあなたのままで あなたがいるだけで
ただただ わたしはわたしのままで わたしがいるだけで
それだけでよかったのだと

  





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