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ハキハキしていなくても

"Tomat" af Mette Eike Neerlin, illustreret af Kamila Slocinska. Høst & Søn, 2018 Denmark 「トマト」メッテ・エイケ・ネーリン作、カミラ・スロシンスカ絵、絵本 デンマーク (表紙は文章の下)


「わたしのクラスには、言いたいことを上手く言える子が多いの。それは、先生がわたしたちに質問したときや、学級会のとき、教室でお昼ごはんを食べているときとか。

わたしは何を言おうかなって考えるのがいちばん得意。っていうか、言いたかったことを考えることが、かな。でも、何を言いたかったか考えているあいだに、みんな、もう全然違うことを話してることが多いけど。

もしわたしが考えてることを言葉にするなら、わたしはずーっと話してなきゃいけなくなっちゃう。でも何を言いたいか考えろって言われたら、きっと、ほとんど何も言えないと思う。」

主人公の「わたし」は、いわゆる内気で、教室でもほとんど発言しない、静かな女の子。表紙のイラスト(文章下)でもわかるけれど、ずっと何かを考えているのが好き。活発なクラスメートの女の子からは「ぼーっと考えすぎだよ。そんなの何の役にもたたないのに」とまで言われてしまう。でも「わたし」は、自分のこと、友だちのこと、色々なことあれこれなんでも、とにかくずっと考えていることが好き。頭の中は、いろんな考えや思いであふれている。先生からも、そんなに考えすぎずに、と言われるけれど「どうやって考えすぎないようにしたらいいの?」と、また考えてしまう。皆の前で発言しなくてはいけない場面で「わたし」は真っ赤になってしまう。それをクラスメートは「トマト!」と笑う。そんな主人公は、学校に行くはむずかしいなと感じている。

そこにある事件が起こる。そして「わたし」はクラスで唯一、事件の一部始終を目撃してしまう。さらに「わたし」は、事件を起こした女の子が普段から気にしていることも知っていた。クラスが騒然として、その女の子を非難する。「わたし」は、今、自分が皆の前で発言しなくてはいけないと、強く手をにぎりしめる。心臓の音が高鳴る。トマトのように真っ赤な顔をして「わたし」は立ち上がる。ここで自分が発言しなくてはと思う。そして本当のことを言う。

やはり「トマト!」と言われながらも、「わたし」は勇気をだしてよかった、と学校からの帰り道に思う。正しいことができたと、誇らしい気持ちになった。


表紙のイラストからもうかがえるが、ストーリーに加えて、イラストから伝わってくる主人公の表情、心情などが豊かに描かれた作品。また、言葉少ない主人公の「わたし」から見える世界がそのまま描かれており、イラストを見ているだけでも、「わたし」が感じていることが伝わってきて、ドキドキしてしまう。何でも上手く言葉にできなくても、何か言うだけで真っ赤なトマトになっても、それで良い。きっと「わたし」は明日からも変わらないけれど、そのままでかまわない。そんなたくさんの「わたし」に、この本が届くと良いなと思う。


テーマがテーマだけに、あちこちの書評で学校の授業向け、という言葉を目にするこの作品。教師自身もこの主人公のような子どもに目を向け切れていないから、ということもあったりして…と考えるのは深読みしすぎかもしれない。この本の作者は、以前にここでも紹介した"Historien om Ib Madsen" の作者でもある。

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