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"The Danish way of parenting"を読んで - デンマーク人の子育てと幸福感

近年でこそ他の北欧諸国にその座を譲ってしまったが、デンマークは1973年の調査から40年以上「幸福指数世界一」を保ってきた。そんなデンマークに暮らすアメリカ人女性ジャーナリストが、デンマーク人の元教師、現ナラティブセラピストとともに、デンマークの人々の子育ての秘訣について解明した本を読んだ。この本は2017年に日本語訳も出版されている。(日本語タイトル「デンマークの親は子どもを褒めない」)

この本の興味深いところは、先日紹介したデンマーク人の幸福感についての本と重なる部分が多いところだ。デンマーク人の子育ての特徴の中に、デンマーク人が持つ幸福感を育む秘訣がある、という視点で読むと面白いかもしれない。また、私がこの国で育児をしていて感じることと重なる部分も多々あるので、それも交えながら紹介したい。

PARENT

著者らは、デンマーク流の子育てについて"PARENT" (親)の頭文字を用いて6つの特徴を紹介している。

P : Play (遊び)
A : Authenticity(ありのままの気持ちに向き合う)
R : Reframing(視点を変える)
E : Empathy(共感力)
N : No Ultimatums(体罰はなしで/子どもとの丁寧なかかわり)
T : Togetherness (他者とのつながり)

Play - 遊びの大切さ 

デンマークでは、大人の誘導のない「遊び」が重視されている。「遊び」でいったい何ができるようになるのか?と著者は疑問に思うが、遊びには実際子どもだけでなく、人間として生きていく上で重要な様々な力をつける要素があるという発見があったという。

そのひとつが"Resilience"。 日本語版訳では「折れない」心と訳され、何か失敗をしても立ち直ることのできるしなやかさであり、遊びはそれを育む。

心理学用語のLocus of control (LOC: 「物事が発生する場所」)には、「自己解決型」と「他者依存型」の二つのタイプがあるが、著者によると、周囲に左右されずに自分にかかわることを自ら解決しようとする「自己解決型」に育つためには、遊びを通じて、自分の限界を試したり、友達と話し合ったり協力したり、また喧嘩など、いざこざを経験することが、良い練習になるのだそうだ。

確かにデンマークの学校では低学年の休み(遊び)時間が長い。そしてそれは、ある程度の時間がないとしっかり遊べないという考え方からきているらしい。(私の娘は日本の小学校に何度か体験入学をしているが、日本の学校では友達と遊ぶ時間が短すぎて仲良くなる時がないと言っていた。)

Authenticity - ありのままの気持ちに向き合う

デンマーク人の特徴のひとつに素直さというのがあるが、この「ありのままの気持ちに向き合う」ことも、子育てや保育・教育現場で重視されていることのひとつだ。ポジティブな感情だけでなく、「悲しい」「寂しい」「不安」など、ネガティブな気持ちの存在を受けいれ、自分がその状態であることを認めること。心に蓋をせず、あるがままを受け入れ、今の自分にとって何が必要かを知り、それに従うことを恐れない。それが自分を大切にする、さらには幸福感を感じるためのステップなのかもしれない。

著者らはアドバイスのひとつとして、様々な物語を子どもと読むことを勧めている。特に、悲しみや不安など、普段は言葉にすることが少ない感情を含んだ物語や、ハッピーエンドではないお話も、子どもと一緒に読むことで、様々な感情があること、それをフィクションを通して感じること、そしてその気持ちについて親子で話すことが、子どもの頃からありのままの気持ちに向き合う良い練習になるという。

褒め方

また著者らによると、子どもは自分がどう褒められるかによって、自分自身の捉え方を決めていくのだという。例えば「頭がいいね」「才能があるね」という褒め方をされると、「固定された思考態度 (fixed mind-set)」を持つようになり、自分が他者からどのように評価されるかがとても気になるようになるのだそうだ。つまり、「優秀である自分」という自画像を壊さないように振る舞い、失敗を認められなかったり、隠したりすることもあるという。
一方、結果ではなく努力やプロセスを認めた褒め方は「成長する思考態度 (growth mind-set)」につながり、子どもは学ぶこと、挑戦すること自体に楽しみを見出すという。デンマーク人の褒め方のトレンドはこの後者なのかもしれない(前者ももちろんいるにはいる)。(第36回 デンマーク流、褒め方・叱り方)

Reframing - 視点を変える

これは、デンマーク人の子育て観だけではなく、幸福感とも密接につながっている。人は現実をどのような言葉で表現するかによって、それをどう受け止めるかが決まる。例えば「あの人は〇〇だ」とラベリングすることを繰り返す中で、人は相手の見方や判断を定着させていく。

デンマーク人は「現実的な楽観主義者(Realistic positivist)」だと著者らはいう。それはデンマーク人が現実を受け止めながらも、ポジティブな面に光を当て、そこを表現するのが上手いからだ。間違いや失敗のみにフォーカスせず、全体を俯瞰したり、多面的に判断することは、"Resilience"、折れない心を育むことにもつながる。

本の中では、サッカーが上手くできなかったので「もうやりたくない、サッカーなんて大嫌い」と言う子どもに対する親の発言を紹介している。

「この前は、でも、好きだっていってたよね」「足を骨折しなかったんだからよかったじゃない?」そして「この前上手くできたときは、どんな気持ちだったか覚えてる?」など、様々な角度から、その子のサッカーへの気持ちをとらえていく例は興味深い。その日上手くできなかったことそれ自体は否定しないのもデンマークらしい。それはそれとして、でも、こんな見方もあるよという提示をしていく。そしてデンマーク人につきものの、笑いの要素も!

Empathy - 共感力

この「共感力」というのは、先日紹介したデンマーク人の幸福感についての本でも紹介されている。共感力とは、他者の気持ちを理解し認める能力で、他者が感じていることを、その人に寄り添って理解するということだ。

子育てをしている間中、親は子どもに共感力をどう育むか行動で示している。例えば子どもが親からネグレクトや性的虐待などを受けると、自らの心を閉じてしまうために、他者への共感力を育むことがとても難しくなる。一方、経験しうる困難をできる限り取り除かれ、過保護で育つと、子どもは、挫折や困難を自分自身で感じたり、辛い感情と向き合う機会が奪われてしまうために、他者の感情を読み取る能力を育てることができなくなるという。そしてさらに、どう行動するべきか、どう感じるべきかを親からずっと示されて育った子どもも、自分が本当に感じている気持ちを無視して育つので、共感力を育むことが難しくなるのだそうだ。特にこのタイプは、自分の感情に蓋をし、自分がどうしたいのかがわからないために、虚しさや不満感を持つことが多くなるのだという。

子どもは親の鏡ともいわれるほど、親の行動や言動に影響を受ける。親が子どもの共感力を育てるのは、これを読むと実際とても難しいように感じるられるけれど、幼い時から共感力を育むことができれば、人は他者との愛情深い関係性を構築できるようになるのだろう。

共感力を育むことはデンマークの学校教育でも重視されていると先の本でも書かれていた。実際、例えば低学年では、様々な表情のイラストを見ながら、それぞれの感情について話し合う。他者の感情を読み取ることはAuthenticityのところにも書いたが、自分だけでなく、他者の気持ちを、判断せず一旦そのままで受け止めることも、大切だと考えているようだ。

No Ultimatums - 体罰はなしで/子どもとの丁寧なかかわり

デンマークでは1967年に学校での体罰が禁止され、1997年には家庭でも禁止されている。著者らによると、世界の様々な調査結果の中で、体罰に何らかのメリットがあると結論づけた調査結果はひとつもないという。

デンマーク人の子育てはとても平等感に満ちている。(第28回 デンマーク人の育児を見て思うこと) 対等な人間関係がデンマーク人の特徴のひとつであるけれど、それは子どもに対する態度にも表れている。そして、恐怖心を煽るようなしつけは、他者や物事を尊重する、ということを教えないだけでなく、なぜそれをしてはいけないのか、子ども自身が考え、理解する機会を奪うという。叱られることを恐れた行動は、大人の都合に合わせているだけで、それでは強い自己が育たない。強い自己とは、自分でものごとに疑問を持ち、なぜルールがあるのかを理解すること、そしてそれを尊重することで育つのだという。(第40回いやいやえんは普通?)

Togetherness - 他者とのつながり

これもデンマーク人の幸福感の理由の一つとして挙げられていた言葉だ。この本の著者らも同じように、人間は他者との交流や支え合い、つながりが人生の目的や意味を与えてくれるという。先の本の著者も「人々に楽しかった時の思い出をたずねると、ほとんどの場合、そこに他者の存在がある」と述べ、人間としての幸せを感じるためには、他者との交流が不可欠だと言っている。

確かに、ヒュッゲを例にとってみても、だれかと共に過ごす時間であることが多いし、昔から趣味や特技を通した人々の自主的な集い"Foreningsliv"が盛んだ。そして、子どもと家族で過ごすこと "Nervær" は、近年特にトレンドになっている。

子どもの世界でも、例えば学校ではグループワークが盛んであるデンマークは、能力が異なる子どもをあえて組ませてお互いに様々な面で助け合う機会を設けたりする。グループワークはデンマークで学んだことのある日本人の多くがしんどいと感じる学習形態なのだが、デンマークでは多様な人と協力すること自体がもうひとつの課題だとも言えるかもしれない(ただそこに成績はつかないけれど)。

グループワークで鍛えられたデンマーク人は、他国でも共に働きやすいと評価が高いらしい。パートナーとしても、家事や育児に自主的に動いてくれる人が多いのも、もしかするとこのトレーニングが生きているからかもしれない、と思ったりする。

両方向へのアプローチが幸福感の土台

PARENT6項目のうち

「ありのままの気持ちに向き合う」
「視点を変える」
「共感力」

は、自分自身の気持ち、自分の心に正直に振る舞うことを訓練し、そして多様な視点をもつ力を育てる。一方、

「遊び」
「共感力」(これはどちらにもいえる)
「つながり」

は、他者との関わりの中で共存することを学ぶトレーニングだ。

自分自身を大切にしながら、他者にリスペクトを持ってかかわる。そのためには

「体罰はなしで/子どもとの丁寧なかかわり」

つまり子どもの頃から、一人の人間としてリスペクトされ、社会の一員として迎えられることから始まる。

この内側と外側両方向へのアプローチを通して、デンマークの子どもは自尊心を持ちながら、他者にもていねいに向き合えるように育てられているのだろう。

先の幸福感についての本のレビューに、幸福感の前提として、デンマーク社会が
・人間関係がフラットであること
・個人の領域を互いにリスペクトすること
(自分の期待や意見を相手におしつけない)
・多様性を前提として認めていること(人と自分は違うと気付いている)
・その上で、皆が平等であると考えること

と書いたが、このような前提は、子どもの時からの育てられ方とも深く関係しているのかもしれない。

"The Danish way of parenting" 
Jessica J. Alexander & Iben D. Sandahl. Piatkus (2014)  

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