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【『逃げ上手の若君』全力応援!】㊳緊迫する信濃…そして、恰好良いおじ様の強さの秘密は不犯(ふぼん)!?

 南北朝時代を楽しむ会の会員の間でも話題騒然の週刊少年ジャンプ新連載『逃げ上手の若君』ーー主人公が北条時行、メインキャラクターに諏訪頼重! 私は松井優征先生の慧眼(けいがん=物事をよく見抜くすぐれた眼力。鋭い洞察力。)に初回から度肝を抜かれました。
 鎌倉時代末期から南北朝時代というのは、これまでの支配体制や価値観が崩壊し、旧時代と新時代のせめぎあいの中で、人々がそれぞれに生き方の模索を生きながらにしていた時代だと思います。死をも恐れぬ潔さをよしとした武士が〝逃げる〟という選択をすることの意義とは……?
〔以下の本文は、2021年11月7日に某小説投稿サイトに投稿した作品です。〕


 『逃げ上手の若君』第38話、時行もすでに十歳になっていました。その時行のいる信濃の状況について、鈴木由美氏の『中先代の乱』にはこのように書かれています。

 信濃は北条氏の勢力が強いところであった。信濃には建武二年二月に散在する朝敵人を討伐せよとの綸旨が出され、信濃の武士市河助房が軍事催促を受けている。すでにこのころ信濃国内で不穏な動きが起こっていたこと、それを朝廷が把握していたことがわかる。
 軍事催促を受けた市河助房の甥市河助保は同月二十九日に信濃守護小笠原貞宗のいる信濃守護所(船山郷、長野県千曲市)に到着する。市河助房らは、翌月三月八日に越後との境に近い常岩とこいわ北条(同飯山市)の城を攻め落としている。ここには常岩弥六宗家が拠っていたとされる。常岩宗家が北条氏被官であったかは不明である。
 また、府中(同松本市)でも騒動があり、三月十六日に小笠原貞宗が反乱鎮圧に向かっている。これは在庁官人(国司が政務を行う役所〔国衙こくが〕で実務にあたる役人)の深志介が反乱を起こしたのではないかと言われている。
 「深志」とは、中世の長野県松本市の呼び名である。鎌倉時代に信濃守護であった北条氏が国衙を利用して信濃を支配したため、北条氏と在庁官人は密接な関係となっていた。今回の騒動の中心も北条氏とつながっていた国衙関係者であろうと確定されている。
 同年五月十六日には、市河助房らが小笠原貞宗の軍に参じている。貞宗が軍勢を集めなければならないような状況が継続していたのであろう。

 ※国衙…国司の役所。

 そして、『逃げ上手の若君』においては、諏訪頼重がとうとう時行の正体を諏訪神党三大将に明かします。
 諏訪氏と諏訪神党ももちろん北条氏とのつながりが強いのですが、先にこのシリーズの中でも触れたとおり、神党になるには資格も条件なく、ただ〝神党です〟と自ら名乗ればよかったということで、鈴木氏の本にはこんなことも記されていました。

 諏訪氏を盟主にして、神という氏を名乗る「神党」と呼ばれる武士団もあった。中先代の乱で、信濃で挙兵した時行方の主戦力は、この神党に属する武士たちであった(諏訪氏、滋野氏、四宮氏、保科氏)。ただ神氏を名乗っていても建武政権方につく武士(市河氏)もいるので、神党は一致団結して時行に味方したわけではない。

 さすが市河助房……って、『逃げ上手の若君』ファンの視点だと少し笑える事実ですね。
 それはそれとしても、「神党」に属するというのが、諏訪氏の庶家など、ほぼ諏訪氏のくくりで惣領家と行動をともにするのが当たり前の一家もあれば、諏訪三大将・滋野氏のように長い時間をかけて諏訪氏との強い結びつきを持った一族もあり、また一方では、単に「神党」は信濃における一種のブランドのようなものととらえていた者たちもいたということではないかと思います。

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 さて、今回〝驚異の〟格好良さで時行たちキッズを魅了したのは、海野幸康うんのゆきやすおじ様でした。

 な…何? 急に何を言い出すんだこの人は!?
 
 女を抱いたことなど「わしも無い」という淡々とした告白に、時行はたじろぎますが、「修羅」と化す幸康にキッズたちは二度ビックリです。

 仏教では、「僧尼が戒律、主として淫戒を犯さないこと。」を「不犯ふぼん」と言います。特に高僧がその戒を厳格に守ることで、超人的な力を得ることは少なくなかったことが、古典文学などを読むと数多く語られているのがわかります(このシリーズの第16回でも、女性のふくらはぎを見て力を失った久米仙人について紹介しています)。

 上杉謙信が「不犯」であったというのは有名ですし、また、山田芳裕先生の傑作『へうげもの』(モーニングKC)では、関ヶ原決戦を前にした徳川家康が側近の天海僧正に対して「半年も女子おなごと交おうておらぬ」と告げ、「貴殿も男ならこの大事さがわかろう」「この家康勝利を手に入れるそのときまで 抱かぬ 挿入れぬ 気をやらぬ!」と言って精のつくという食べ物を口にしています(漫画では、関ヶ原には勝利するものの、家康のこの様子がかなり滑稽に描かれています……海野様とは大違い!?)。

 史実がどうであったかは私にはわからないのですが、作品での幸康の強さの秘密はわかりました。松井先生が海野幸康をどんなキャラクターとして描くのかはとても興味深いところです。

〔鈴木由美『中先代の乱』(中公新書)、山田芳裕『へうげもの』14巻(講談社モーニングKC)を参照しています。〕


 私が所属している「南北朝時代を楽しむ会」では、時行の生きた時代のことを、仲間と〝楽しく〟学ぶことができます!


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