STAP細胞と疑いの意義(2014)
STAP細胞と疑いの意義
Saven Satow
Feb. 27, 2014
「懐疑から検討が生まれ、検討から真理が生まれる」。
ピエール・アベラール
小保方晴子理科学研究所研究ユニットリーダーによるSTAP細胞に関する研究発表を聞いた時、少なからずの科学者が疑問を覚えたことでしょう。それはやっかみからではありません。科学には疑う姿勢、すなわち批判精神が欠かせないからです。耳にするなり、「まだわからんよ」と言って、周囲から「性格が悪い」と冷たい目で見られた科学者もいたに違いありません。
新発見が公表されても、それがすぐに専門家の間で広く認められることはありません。研究成果の蓄積が乏しく、再現性が確証されていないからです。科学にとって再現性は重要な原則です。専門的教育・訓練を受けた研究者であれば、同じ条件・手続きでその実験を行うと、同一の結果が現われることが再現性です。
新発見はこの再現性の検証が不十分です。追実験が積み重ねられ、後に発見が妥当と実証されても、それまでは認められることができません。今回のSTAP細胞研究では再現性が確証されていませんから、疑われて当然なのです。
今回のような医学分野の研究に関する情報の信頼性評価のステップを挙げておきましょう。
(1)具体的な研究であるか?─仮説に基づき、計画を立て、目的を持っているかということです。体験談や直観だけでは認められません。
(2)研究対象はヒトか?─動物や培養細胞が対象の場合、危険性が指摘された時にはとりあえず同じことがヒトでも起こり得るとしますが、その逆の時には同一視できません。
(3)学会発表か、論文発表か?─学会発表のみで論文掲載されていない研究は評価されません。発表は学会員であればできますが、論文はレフェリーの査定が必須です。
(4)インパクト・ファクターの大きい専門誌の掲載か?─英語の国際誌が日本語の国内誌よりも権威が上です。
(5)研究デザインが前向きのランダム化比較対象か、前向きのコホートか、後向きの症例対照か?─過去の症例を集めて分析するよりも、目的に沿って将来に向けて調査する方が因果性の実証では高くなります。その際、プラセボ利用のようにタンダムに実施した場合、説得力が増します。
(6)複数の研究で支持されているか?─複数の研究で同様の結果が示されているなら、とりあえずそれを受け入れます。けれども、後に結論が変わる場合もあるので、その可能性を念頭に入れておく必要があります。
これらはヘルス・リテラシーの基礎です。健康情報に惑わされないためにも気をつけておく必要があります。
また、今回の件では論理性でも隙間が見られます。なぜこのような実験結果が出現するのかの因果関係の説明が十分ではないからです。実験は、ある仮説を立て、それを確かめるために行われます。その結果が導き出された理由と根拠を示す必要があります。特に、実験は、条件を厳密化し、因果関係の解明に用いられます。因果性の説明の弱い実験は、結果がいかに画期的であっても、十分な説得力を持ちえません。
今回の研究結果が後に妥当と実証されても、それまで疑問を持つことは何らおかしくはありません。疑いが晴れたとしても、そうした態度をとったことは恥でありません。科学者としてあるべき姿勢だからです。
報道によると、小保方ユニットリーダーは「自分の研究が疑われて悔しい」と口にしたと伝えられています。しかし、疑いが科学的知見をたくましくしてきた歴史があります。相対性理論も不確定性原理も発表からすぐに専門家集団で鵜呑みにされたわけではありません。専門家の健康的な疑いの中で検証されて今に至っているのです。
今回の発表の報道に際して、科学的方法に関する理解がマスメディアに十分であったのかは問われるところです。それは写真の使い回し疑惑をめぐる姿勢ではありません。科学リテラシーが身についているかどうかの問題なのです。
〈了〉
参照文献
高柳和江他、『かしこくなる患者学』、放送大学教育振興会、2007年
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