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黒澤明と大林宣彦 (2017)

黒澤明と大林宣彦
Saven Satow
Dec. 31, 2017

「人間……クローズアップで接していては心の中まではなかなか読みとれません。少し視点を引いて、フルサイズで見れば相手の気持ちが見えるようになってきます」。
大林宣彦

 2017年12月16日、大林宣彦監督の最新作『花筐/HANAGATAMI』が公開されます。これは、『この空の花―長岡花火物語』(2011)や『野のなななのか』(2014)に続く「大林的戦争三部作」の一本です。また、デビュー作『HOUSE ハウス』(1977)以前に書き上げられていた脚本の映画化です。

 しかも、大林監督は、この撮影に入る直前、ステージ4の肺ガンで、「余命3カ月」と医師から宣告されています。その時から1年4カ月が過ぎ、公開を迎えた作品です。命を懸けた映画と言えます。

 この最新作公開を記念して、日本映画専門チャンネルは、『スペシャルインタビュー大林宣彦』を放映しています。これは、岩井俊二監督と最新作の主演女優常盤貴子による大林宣彦監督のインタビュー番組です。興味深くかつ示唆に富むことを監督は語っています。その中に、最近日本でも浸透してきた複数台のカメラによる撮影方法についての発言があります。

 日本では、伝統的に、あらかじめサイズとアングルを決めた上で、一つのカットを一台のカメラで撮影します。しかし、ハリウッドは違います。一つのカットを複数台のカメラを用いてさまざまなサイズとアングルで同時に撮影するのです。ハリウッドは分業が進んでいます。最終的な編集権は監督ではなく、プロデューサーにあります。監督の編集をプロデューサーが再編集する際、他のカメラによるカットが必要になることがあるのです。

 日本においても伝統的な方法に代わり、ハリウッド・スタイルが定着しつつあります。ただ、アメリカと違い、日本は監督が編集権を強く握っています。現代の映画はカット数が大量になっています。短時間の間に多くのカットが現われると、観客はスピード感を覚えます。表現の幅を広げたいとする監督はハリウッド・スタイルの導入を望んでいましたが、フィルム現像のコストから難しいのが実情です。けれども、近年、現像不要のデジタル撮影が普及したため、ハリウッド方式が伸長しています。

 複数台カメラによる映像は、実を言うと、アマチュアでも体験できます。スマホを数台用意して動作を同時に撮ってカットを編集すると、浮遊感が生じ、映画『マトリックス』までとはいきませんが、『プチマトリックス』の感覚を味わうことができます。

 大林監督も新作でこの手法を採用しています。しかし、それは時代の流れだからではありません。その理由として自分を「客観視できる」ことを挙げています。

 監督はカットについて自分のイメージを持って撮影に臨みます。けれども、それが果たして真に適切かそうか判断しかねます。そこで、他のカメラによるショットを参照して妥当性を検証するわけです。この作業によってそのままの場合もあれば、他に差し替えになる場合もあります。大林監督はイメージを明確に持った上で、その推敲の材料として他のカメラのショットを利用するのです。

 デジタル撮影普及以前に、実は、黒澤明監督も複数台カメラの方法を採用しています。1993年公開の『まあだだよ』の中に、同窓会において参加者みんなで歌って踊るシーンがあります。黒澤監督はこれを3台のカメラを用いて3回撮っています。一つのカットが9ヴァージョンあるわけです。

 黒澤監督がこの方法を使った理由は、大林監督とも違っています。俳優に「芝居」をして欲しくないからです。この「芝居」は計算した演技を意味します。

 経験豊富な俳優はそのカットに関するカメラのサイズとアングルを予想し、それに合わせて演技を微妙に変えます。サイズがアップになると、動きが観客にとって速く感じられ、ロングではその逆です。例えば、時代劇のベテランは、カメラのサイズを予想して、殺陣の速度を変えて演技し、観客に自然に見えるようにします。

 また、俳優は自然に見えるように演技を繰り返し練習します。例えば、10歩ほど歩いて石に躓くことを演じるとします。役者は自然に見える姿を頭にイメージして反復練習します。突然の出来事であっても、計算して演技をするのです。

 黒澤監督はこうした計算を不自然として嫌います。計算をさせないために、複数台のカメラを使うのです。3台のカメラで3回撮影するのであれば、自分がどう映るのか予想できませんから、役者は計算できません。ただただ無心にその場で演じるほかありません。

 大林監督も黒澤監督も自覚的に複数台のカメラによる撮影を取り入れています。流行だからと使ってみたり、後で編集するのでとりあえずたくさん撮ったりしているわけではありません。使用対効果を考えています。彼らが優れた映像作家であるのは、方法の意義を理解し、自覚的に採用しているからです。観客は明確な意図が映像を通じて伝わってくるから感動するのです。

 もちろん、古い方法に漫然と従っていたり、頑迷に固執したりすることも自覚的な態度でありません。流行に無批判的に飛びつくことと同じです。旧来の方法の効果を理解した上で用いているわけではないからです。黒澤監督はカラーが広まった後もしばらくは白黒で撮り続けています。当時のカラー・フィルムはまだイメージ通りの色彩が出なかったからです。大切なのは、新旧いずれだろうと、方法の使用対効果を理解して採用することです。

 ところで、その黒澤監督は絵コンテを数多く描くことで知られています。実際の現場で、アドリブの演技など諸般の事情により自分のイメージよりもいいカットに遭遇すると、それを優先させます。ただ、その際、監督は絵コンテを描き直します。

 絵コンテはカットに関する監督のイメージをスタッフやキャストが共有するために必要です。また、頭の中のイメージを具体的な絵にすると、それを対象化=客観化できます。絵コンテを描くことにより、自分の考えが見えてくるのです。ですから、監督は現場で絵コンテを描き直すわけです。

 ところが、最近、絵コンテを描かない映像作家が少なくありません。特に、テレビはそうです。テレビは質よりも早く仕上げることを優先します。また、業界人だから言わなくてもわかるとうそぶいています。こうした理由からテレビ・ドラマの監督は絵コンテを描きません。しかし、その結果、構図が甘かったり、意図が不明確だったりするカットが非常に多く目につきます。観客はそのような方法に無自覚な映像では感動できません。

 大林監督は、番組の中で、その黒澤監督と50歳の時に会話した思い出を語っています。映画『夢』のメイキング作成のために、大林監督は撮影現場で間近にいる機会を得ています。当時、巨匠は80歳で、亡くなる8年前のことです。

 1990年公開の『夢』は黒澤監督自身が実際に見た夢を原案にしたオムニバス映画です。黒澤監督は、ある時、大林監督にお蔵入りになった次のようなストーリーを語っています。

『ある日突然、世界中の人間が手にしている銃を投げ捨てるんだ。すると皆、両手が空になる。しょうがないから目の前にいる敵と抱き合う。そうすると“なんだかこのほうがいいな”と言って、世界から戦争がなくなる、そんな夢の映画だよ。世界中の人がこの映画を見て“本当だ、このほうがいい”と抱き合ってごらん。10人に1人が、いずれ100人に20人に増えて、“ああ、このほうがいいや”と思う人がどんどん増えていくよ。そういう映画を20年も30年も上映してごらん。映画を見た世界中の人がそう思ってくれたらどうだ、大林くん、そういう力と美しさが映画にはあるんだよ』(略)

『しかし、平和を確立するのは時間がかかる。愚かな人間は、戦争はすぐ始められるけれど、平和を確立するには、少なくとも400年はかかるだろう。俺があと400年生きて、映画を作り続ければ世界を平和にしてみせるんだが……俺はもう80歳だ。人生がもう足りない。ところで大林くん、きみはいくつだ?』

『そうか、50歳か。ならば俺より少しは先に行けるだろう。そしてきみが無理だったら、きみの子どもが、さらにはきみの孫たちが、少しずつ俺の先の映画を撮り続けてほしい。そして、いつか俺の400年先の映画を作ってほしい。そのときにはきっと、映画の力で世界から戦争がなくなるぞ。だから、俺たちの続きをやってね』

 この引用は『女性自身』とのインタビュー記事です。ここの部分は番組よりも詳しいので、こちらを参考にします。

 黒澤監督は映画の社会にもたらす効果に対して自覚的です。そのために、映画を撮り続けたと言えます。大林監督も黒澤監督の遺志を踏まえ、次のように述べています。

「これが“世界のクロサワ”から託された、遺言なんです。そして、本当に世界から戦争がなくなったら、映画もいらないんです。皆が健康になったら医師が失業するようにね。同じように、戦争がない世界が実現したら平和を願い、平和をつくれる映画というメディアもいらなくなる。だから僕は映画がなくなる日を夢見ながら、映画を撮り続けてきたのかもしれません」

 映画が平和の実現に寄与するとすれば、その理想が達成した時、それは歴史的役割を終えます。映画のない世界を実現するために撮ることが大林監督の意欲です。400年後の世界をイメージして映画をつくっているのです。黒澤監督や大林監督の映画の訴える力はこうした理想に突き進む完成主義の意志にあるのでしょう。400年後の世界の思いを引き継ぐことが続く映像作家の課題なのです。
〈了〉
参照文献
「大林宣彦監督にインタビュー! - スペシャルインタビュー」、『日映シネマガ』、2017年12月18日 配信
https://cinemaga.nihon-eiga.com/interviews/sp-57/
「映画作家・大林宣彦語る映画の魅力『何年かけても平和作れる』」、『女性自身』、2017年09月02日 16:00 JST配信
https://jisin.jp/serial/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%A1/interview/30363


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