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ハッチポッチチャンネル翻訳篇(5)(2023)

8 「らしさ」の翻訳
「あと、他にも、留学生たちルパンや次元の口癖の翻訳に苦心してますね」。
「これ、難しいんじゃない?」
「個性、つまり『らしさ』ですからね、難しいです。話者の口癖を個性を損ねないように翻訳することって難しい。物まねをする時、口癖が誰であるかの記号となることが多いでしょ。大平正芳首相は『アーウー』の口癖で知られてたから、『アーウー』の大平さんと巷で呼ばれてたわけで。これを省いて翻訳したんじゃ、大平首相の個性がなくなって、誰を訳したのかわからなくなる」。
「『らしさ』の翻訳と言えば、刑事コロンボにとどめを刺すよな」。
「あれはすごいよねー」。
「『うちのカミさんがね』って、原文聞くと、『ミセス・コロンボ』だものね。だけど、『うちのカミさん』はコロンボ『らしさ』をよく表してるよね」。
「そうそう」。
「あの番組の『らしさ』の翻訳は本当にうまくて、他にもいっぱいある」。
「やっぱ、忘れられないのはコロンボ夫妻がクルーズ船でメキシコに旅行に行く話の時」。
「そうそう!」
「メキシコに行く途中にクルーズ船で事件が起きるんだけど、コロンボの知り合いで、陽気なおばさんが『メキシコのお酒ってムーチョいいわよ』って言うんだけど、原文を聞くと『ファンタスティック!』(爆笑)」
「さすがに思い浮かばないもの、『ファンタスティック』から『ムーチョいい』は!(爆笑)」
「意訳というか、あのおばさんの『らしさ』を日本語で表現したらこうなるって感じで」。
「実際、あのおばちゃんなら『ムーチョいいわよ』って言いそうだもの!(笑)」
「あのセンスは今の翻訳家にはなかなかないよねー」。
「広川太一郎さんのいた時代ならではって感じの吹き替えだよな」。
「それはそうと、ルパンの口癖の『あららら』を文脈に応じて訳しわじぇたのは正解だと思いますね」。
「そう思いますか?」
「はい。『あららら』に近い表現として『あらー』や「あちゃー」なんかがありますね」。
「『アジャパー』も」。
「よっけいなこと、言わなくていいから。それらは、『しまった』や『やられた』、『まずい』、『やばい』などの驚きを表わしますね」。
「『やばい』は『すごい』の意味で今じゃ使われることもありますけどね」。
「あれは、英語で言うと、”death”でしょ」。
「お話続けてください」。
「『あららら』はそれよりちょっと軽いニュアンスがありますよね。『ちょっとまずいんじゃないの?』といった具合」。
「プチやばい」。
「それと、『あららら』は『ら』が連続することで、オノマトペになってますよね。オノマトペは気分を表現するので、あまりそれを使わない言語であれば、文脈に応じて訳し分けるのは適切。『危ない、危ない』や『落ちないで』という訳は悪くないですね」。
「他に、翻訳で難しいとこってあります?」
「すぐに想像できると思うんですが、文化的違いですね」。
「つまり…」
「ソース言語の文化にはあるけれど、ターゲット言語の文化にはないもの。これは訳しにくいですね。または両方の文化にあるんだけど、意味合いが違うもの」。
「それは、前回触れた『ケツの穴』ですね」。
「ねー、もう忘れたら?(苦笑)」
「でも、いい例でしょ?」
「それより、『いじめ』でしょうね」。
「『いじめ』?」
「英語で『いじめ』の訳語とされているのが”bulling”なんですけど、内容が違うんです」。
「どういう風に?」
「英語の”bulling”は暴力的なんですよ。ディズニー映画で、体の大きい子が小さいこの自転車を川に投げ込んだりするシーンがあるでしょう?あんな感じですね」。
「なるほど。日本と違うね」。
「日本でも暴力的ないじめもあると思うんですけど、どちらかと言うと、陰湿で、精神的に追い詰めるっていうか。しかも、いじめる子といじめられる子と傍観してる子がいて、これが流動的に入れ替わる」。
「『いじめ』を”bulling”って訳しちゃうと、誤解しちゃいますね」。
「ですんで、最近は『いじめ』を、そのままローマ字表記にして”ijime”と訳すようにもなってますね」。
「言葉としては対応するけれども、カルチャーの違いから中身も違うんで、訳語として使えないってことだね。そう言えば、ウクライナの留学生も慣用表現に置き換えてましたね」。
「そういう工夫が要るんですよ」。
「翻訳の難しさ、他にもあります?」
「これ、意外と気づかないんですけど、両方の文化にあるんですけど、ターゲット言語に適当な言葉がないケース」。
「ん?」
「つまりね、どっちの文化にもあるんですよ。でも、一方には言葉としてあるけど、もう一方には適当な言葉がない」。
「具体的に例を挙げてくれませんかね、ちょっとよくわかんないんで」。
「わかりました。例えばですねー、えーと、そうだ、『悔しい』」。
「『悔しい』が何ですか?」
「『悔しい』は日本語でありふれた言葉ですよね。でも、英語にピッタリと当てはまる言葉がないんです」。
「え?ないの?」
「ないんです。ご自分でネットで調べればわかると思いますけど、ないんです」。
「へ~、ないの?それは知らなんだ」。
「でも、英語人に『悔しい』感情がないわけじゃないでしょう?」
「そりゃあ、あるだろう」。
「例えば、『マイ・フェア・レディ』で、レディとしての言葉遣いを身につけたのに、自分じゃなくてヒンギス教授がほめたたえられるのを見て、イライザが感情的になりますよね?あれは、どう見ても、『悔しい』でしょう?」
「そうだよ。そう思うよ」。
「英語に『悔しい』はないけれど、英語人は『悔しい』感情を持ってるんです」。
「なるほど~、他にもある?」
「そうね~、『オヤジ』とか」。
「『オヤジ』?それって、家族的な意味じゃない方の『オヤジ』?」
「そうです。浮かびます、訳語?」
「え~、そうか、ちょっと思い浮かばないな」。
「でも、『オヤジ』は英語人の世界にもいるんですよ」。
「トランプとか見てると、そう思うよな(笑)」。
「『ハート・オブ・ウーマン』って映画があったでしょ?メル・ギブソン主演の」。
「あった、あった」。
「あの中で、メル・ギブソンが女性の心の声が聞こえるようになって、初めて出社するシーンがあったでしょう?」
「あった。女性社員が上司のメル・ギブソンをどう思ってるかの心の声が聞こえんだよね。『くっせー整髪料使ってんじゃねーよ、タコ!』とか『寒いギャグ飛ばしってんじゃねーぞ、こらー!』とか(笑)」。
「あれ、どう見ても、『オヤジ』でしょ?」
「確かに、英語人の間にも『オヤジ』はいる!(爆笑)」
「あとねー、固有名詞の翻訳も難しい」。
「ああ笑った、笑った。え~、そうか、『松田聖子』を"Seiko Matsuda“にしても翻訳にならないものな」。
「そう。固有名詞はその言語の社会の文脈を共有していて初めて理解できる」。
「日本語でも、日本酒の銘柄か相撲取りなのか地名なのかわからないことがある。あれって話す方と聞く方が文脈を共有していないと、何を言ってるのかつかめない」。
「そう。だから、例えば、『ウム・クルスーム』と日本の人に言ってもわからないので、彼女は『アラブの美空ひばり』と紹介するわけ」。
「固有名詞の翻訳ってそういうことだよな。『大谷翔平』と言っても、世界的には野球は盛んじゃないから、サッカーの『カンポス』のようなプレーヤーと譬えれば理解してもらえる可能性が高い。ゴールキーパーでストライカーの二刀流だったメキシコの選手」。
「BTSは世界的だから翻訳は簡単。と言うか、翻訳の必要がない、アルファベット三文字だし」。
「あー、もうこんな時間。今回はこの辺で、続きは次回ということで」。
「皆さん、チャンネル登録、高評価よろしくお願いしまーす!」
「皆さんよろしくお願いいたしまーす」。


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