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兵士像の変容(2013)

兵士像の変容
Saven Satow
Jul. 08, 2013

“It is often easier to ask for forgiveness than to ask for permission”.
Grace Hopper

 合衆国政府はJ・エドガー・フーバー化している。エドワード・スノーデン元CIA局員の告発はそうした印象を世界に与えている。と同時に、そのニュースは、戦争ならびに兵士に関する観念が変わったことを改めて物語っている。21世紀に入り、戦争の民営化・ロボット化・サイバー化という新たな傾向が顕在化する。それに伴い、従軍する兵士像も変容している。

 民営化は民間の軍事会社へのアウトソーシングである。兵士の被害が想定されるため、開戦や増派は政治問題化する。そこで、政府は民間軍事会社に軍事オペレーションや訓練を依頼する。彼らは経験豊富な元軍人であっても、民間人である。曖昧な存在なので、戦場で亡くなっても戦死者に換算されない。最も有名な民間軍事会社はブラックウォーターだろう。同社は、2007年、イラクで民間人虐殺事件を起こしている。

 ロボット化はドローンなど無人機を始めとするロボット兵器の使用である。この技術はアメリカが突出している。アメリカ軍はネバダにある基地で操作するDRONによって施設や兵器の破壊ならびにテロ容疑者の殺害を実行している。自分たちに死傷者が出ないので、議会の了承を得ることなく、政府の判断だけでロボット兵器を使っている。ところが、十分に調べないでターゲットにしたり、他の人を巻きこんだりなど誤爆が相次いでいる。自らに人的被害がないため、慎重さに欠ける用法が一因だとされている。

 サイバー化はサイバー空間での戦闘行為である。相手のシステムにハッキングしたり、コンピュータ・ウィルスを送りこんだりして。情報の盗用や改竄を行う。スノーデン元局員が携わっていたのはこの戦場である。ここではアメリカが圧倒的に有利である。サイバー戦争は、アメリカのみならずイスラエルやイラン、中国、北朝鮮などの疑惑が報道されている。自分たちの兵士が血を流すわけではないので、開始が容易である。しかし、現段階では確認されていないが、原子力発電所を含む核関連施設がサイバー攻撃にさらされて事故が起きた場合、被害は当該国にとどまらず、地球規模に拡散する恐れがある。

 ロボット化とサイバー化に従事している兵士は規律と秩序を重ずる軍人ではない。ドローンのパイロットは決められた時刻にオフィスに出勤し、勤務時間が終われば帰宅する。それは9時から5時までのサラリーマンと同じである。また、サイバー戦争の最前線にいるのは数学や情報科学の専門家である。彼らには枠にはめられるのを極度に嫌う奇人変人オタクが少なくない。スノーデン元局員も第一線の兵士である。

 合衆国において兵士の理想は「冬の兵士」である。トマス・ペインは、独立戦争最中の1776年、厳しい軍務に耐えかねて脱走した兵士を「夏の兵士(The Summer Soldier)」と呼んでいる。この日和見主義者と対比されるのが断固たる意志で大義に奉じる「冬の兵士(The Winter Soldier)」である。しかし、オフィスから参加する新たな戦場にその比喩は当てはまらない。

 それは従来とは違った兵士教育の必要性を意味する。けれども、そうしたプログラムは未整備である。もちろん、米兵の不祥事が相次いでいるように、既存の教育が十分だったというわけではない。ただ、少なくともこれまでの蓄積から制度は確立している。ところが、新たな兵士にはそれが通用しない。

 しかも、民営化・ロボット化・サイバー化により開戦のハードルが下がっている。徴兵制を導入すれば、戦争を自分のこととして考えるようになるので、開戦のハードルが高くなるという主張がなされることもある。けれども、この三つは、自軍の兵士に被害が出ないのだから、その効果を期待できない。

 開戦のハードルが下がり、なおかつ新たな戦場に対応した兵士教育も整っていない。非常に危険な状況だ。開戦のハードルの下落傾向を食い止めなければならないのであり、国家が戦闘行為をする権利をより厳しく制限する必要がある。

 こうした現状を考慮するなら、自民党のみならず東浩紀等も含む改憲論者の憲法9条変更の議論は時代遅れだと言わざるを得ない。彼らの主張は東西冷戦のままである。2013年のパキスタンの総選挙で勝利したパキスタン正義運動の選挙公約には、アメリカにDRONEの使用をやめさせることが入っている。現代の国際情勢を見る限り、改憲論は観念論でしかない。
〈了〉

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