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ワクチンと公共性(6)(2021)

第6章 ワクチンの公共性を阻むもの
 ワクチン接種の普及を政府が進めようとする際、政策は規制ではなく、誘因に基づいている必要がある。この公共性は神の見えざる手である。各個人が合理的選択としてワクチンを受けるように、インセンティブを用意しなければならない。加えて、計算にはできる限り完全な情報が要るので、デマの払拭を含め啓発発信が不可欠である。もちろん、それには政府が非合理的思考に依拠して政策立案・実行していることが前提である。

 ただし、『NHK』は、2021年7月30日 16時19分更新「新型コロナ ”そのイメージ、ズレてるかも” 医師の投稿が話題」において、症状についての一部の人のイメージが実医師のそれとズレていると次のように伝えている。

 “軽症”については一部の人のイメージでは「全然平気、風邪程度」ですが、医師にとっては、酸素の投与はいらないものの咳が続いている状態を示しています。
また”中等症”は一部の人は「息苦しさが出そう」ですが、医師にとっては「肺炎が広がっていて多くの人にとって人生で一番苦しい」状態としています。
そして”重症”は、一部の人は「入院が必要だろう」というイメージですが、医師には「助からないかもしれない」という深刻な状況だとして、大きなギャップがあることを示しています。

 しかも、後遺症があることも知られている・『NHK』は、2021年6月18日 5時29分更新「“半年後 けん怠感や脱毛などの症状も” コロナ後遺症の調査」において、後遺症について次のように伝えている。

新型コロナウイルスの後遺症について、診断されてから半年後でもけん怠感や脱毛などの症状が続いていた人がいることなどが、国の研究班の調査で分かりました。
これは新型コロナウイルスの後遺症について調査を行っている厚生労働省の3つの研究班が、これまでの調査結果をそれぞれまとめたものです。
このうち、慶応大学の福永興壱教授らの研究班の中間報告では、新型コロナウイルスで入院した246人に、診断から半年後の症状をアンケート調査したところ、およそ8割が元の健康状態に戻ったと感じていた一方で、21%で疲労感やけん怠感が、13%で息苦しさが、11%で睡眠障害が、10%で脱毛があるなどの回答だったということです。
また嗅覚や味覚の異常について調査している金沢医科大学の三輪高喜教授らの研究班の報告によりますと、入院中や療養中の60歳未満の患者251人のうち、嗅覚・味覚の両方に異常があると答えた人が37%、嗅覚のみが20%、味覚のみが4%と、全体の61%がいずれかに異常があると答えたということです。
一方で退院してから1か月後では、嗅覚の異常については60%が、味覚の異常については84%が改善したと答えたということで、研究班では、多くの人は新型コロナウイルスが治るとすぐに嗅覚や味覚の異常も無くなるとしています。
これらの研究班では今後も後遺症の状況や生活への影響などの調査を続けるということです。

 こうした症状が実情であれば、たとえ「軽症」であっても、ワクチン接種は副反応のリスクを考慮してもはるかに利益が大きい。合理的に計算するためにはできる限り完全な情報が必要である。ワクチンの公共性には、合理的計算をするための十分な情報の提供が不可欠である。

 マスクを当分外せず、8月上旬にイスラエルで3回目接種が始まっているように、ワクチン接種の回数が今後増えることだろう。それであっても、集団免疫の形成が目的であることに変わりはない。

 ワクチンの公共性がうまく機能しない場合は他にもある。デルタ株ではなおさらだが、従来株であっても、ワクチンが完全に感染を防止できるわけではない。そうであっても、接種者と感染者が人口の7割を超えれば、集団免疫が達成されてウイルスは行き場をなくす。それが形成されるまでは、既接種者であっても予防対策を怠るべきではない。ブレイクスルー観戦して、他者を罹患させてしまう可能性がある。だから、イスラエルやアメリカの政府がアナウンスしていたマスク解放は集団免疫が達成されたと判断した時点でのことである。

 しかし、集団免疫の形成という公益性が忘れられ、接種完了したから自分は大丈夫だと考え、予防対策をやめることが起こっている。既接種者が予防に熱心な未接種者よりも感染拡大につながるモラルハザードである。

 『NHK』は、2021年8月5日 21時57分更新「ワクチン終えてノーマスク 専門家『マスク着用を 対策続けて』」において、モラルハザードがみられると次のように伝えている。

新型コロナウイルスワクチンの2回目の接種を終えた人がマスクをつけずに外出したり、アルコール消毒を拒否したりして、家族や周囲の人が困惑する様子を伝える投稿がSNS上に相次いでいます。専門家は「ワクチンの2回の接種を終えたとしても、感染が急拡大しているこの時期は、マスクの着用など基本的な感染対策を続けてほしい」と注意を呼びかけています。
2回接種終えた人 マスクが…
SNS上では新型コロナウイルスの2回のワクチン接種を終えた人が感染対策を徹底せず、家族や周囲の人が困惑する様子を伝える投稿が相次いでいます。
投稿の中には、「ワクチンの2回接種後に父が『もう大丈夫』と言ってマスクをしないで出歩いている」、「接客業をしてるけど、ここ数日、ノーマスクの高齢者が増えている。『ワクチン2回打ったから』と検温やアルコール消毒まで拒否される」などといったものも見られました。
このうち、中国地方の30代の女性は、今月1日、3人の子どもと近所を散歩中、近くに住む男性とすれ違った時の出来事を投稿しました。
「80代のノーマスクのおじいさんに『ワクチン2回目打っとるけぇ、(至近距離で話しても)大丈夫じゃけぇの』とニコニコと話しかけられた」
そして「ワクチン未接種の人まだまだ多いんよ……」とつづりました。
女性は1回目の接種を受けたものの2回目は終えておらず、3人の子どもたちはワクチン接種の対象年齢に満たないということです。
女性は取材に対し「マスクを着けない状態で話しかけられ、驚きました。そして、万が一、子どもや自分が感染したらと不安になりました。2回の接種を終えたとしても100%感染しない、感染させないわけではないと聞いています。接種を終えた人も感染対策は続けてほしいです」と話していました。
帰省を促され… 
ワクチン接種を終えた親や祖父母から帰省を促されたものの、接種できていない子どもや孫が帰省を悩む投稿も見られます。
「祖父母の帰省しろしろアピールがすごい緊急事態宣言が出そうな中、ワクチンしてない私が帰れるか?」(先月30日投稿)
この投稿をした20代の女子大学生に話を聞くと「祖父母は新型コロナの怖さは理解しつつも、孫の私に会いたい気持ちが強いのだと思います。私も会いたいですが、電話のたびに帰省はいつするのかと聞かれ困惑しています。私は接種はしたいのですが、大学や自治体で受けるめどが立たず、1回目の接種さえできていません。帰省して、もし祖父母や親族を感染させてしまったらと考えると怖いです」と話していました。

 個人の合理的選択がワクチン接種を促し、社会の大半がそう計算することで、接種率が上がり、集団免疫が形成される。そのシナリオに則って、従来株でのイスラエル・アメリカ政府によるマスクからの解放の約束は集団免疫の達成後である。それは個人の完了ではなく、社会の7割以上の接種比率だ。ハイリスクのワクチン接種率が高いからと既接種者が予防対策を怠ったり、ローリスクの人が移動しても大丈夫だと考えたりすることは集団免疫形成という最終目標を見逃している。個人の合理的選択を社会の大半の人がとってこそ意味があるのであって、自分がしているだけでは不十分である。それでは神の見えざる手が働かない。

 逆に、集団免疫の達成を理解した上での合理的選択がそれを遅らせる場合もある。公共財で起きがちなフリーライダー問題である。集団免疫の形成を見越してあやかろうと行動があり得る。集団免疫は人口の7割以上とされ、全員である必要はない。そこに、実現したなら、自分はワクチン接種しなくても大丈夫だというフリーライダーが出現する可能性がある。ゲーム理論上のみならず、楽観バイアスも相まって、そうした人が多くなれば、接種率は上がらず、感染者数増加に伴う集団免疫の実現となり、時期が遅れてしまう。

 ただ、『時事通信』2021年08月15日07時11分更新「対コロナ『集団免疫』困難 ワクチン効果は確実―規制解除の英国」によると、デルタ株の登場により集団免疫が困難であるとの見方が示されている。デルタ株は感染力が強い。加えて、ワクチン接種後も感染する可能性がある。そのため、ワクチン接種率が目標の人口の7割に達したとしても、感染対策を続ける必要がある。そうなると、フリーライダーは難しい。

 感染や重症化のリスクを下げるために、ワクチン接種することが合理的だと個人が選択する。しかし、人口の多くが同様の行動をしても、集団免疫は形成されない。デルタ株の他に変異も考えられるので、ワクチン接種は2回で完了ではなく、今後も続ける必要がある。ワクチン接種が感染や重症化のリスクを下げると、医療資源の圧迫は減る。季節性インフルエンザに近い疾病にすることが目標の設定される。

 こう見てくると、ワクチンの公共性には社会的信頼が前提であることがわかる。他社も自分と同様の合理的選択をするという信頼があって、それは形成される。社会が不信によって分断されていれば、ワクチンをめぐって対立が生じ、接種率が上がらない。

 パンデミックは既存の諸問題を増幅させて顕在化させている。ワクチンに関連する問題も同様である。合理性が乏しい政府の政策やSNSに横行するデマの拡散、分断された社会に渦巻く不満などがワクチンの公共性を阻んでいる。相互の信頼が十分ではない。近代の公共性はコミュニケーションによって形成されるとユルゲン・ハーバーマスは説いている。確かに、それは重要である。しかし、その前に信頼が必要だ。
〈了〉
参照文献
田城孝雄他、『感染症と生体防御 改訂版』、放送大学教育振興会、2018年
吉田兼好他、『徒然草』、岩波文庫、1985年
「英国の医師ジェンナーが…」、『毎日新聞』、2020年5月6日更新
https://mainichi.jp/articles/20200506/ddm/001/070/053000c
「“途上国にも公平に配分を” 新型コロナのワクチンめぐって」、『NHK』、2020年9月22日 17時06分更新
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200922/k10012629791000.html
「NY 接種したら1等5億円超の“宝くじ”」、『日テレNEWS24』、2021年5月21日10時49分更新
https://www.news24.jp/articles/2021/05/21/10875767.html
「ワクチン接種601万人余 85人死亡 “重大な懸念認められず”」、『NHK』、2021年5月26日 22時23分更新
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210526/k10013053461000.html
「mRNA、次世代薬けん引 コロナワクチンで一躍主役に モデルナなど、がんやHIVで治験 早期開発に期待」、『日本経済新聞』、2021年6月15日 2時00分更新
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO72882170U1A610C2TEB000/
「“半年後 けん怠感や脱毛などの症状も” コロナ後遺症の調査」、『NHK』、2021年6月18日 5時29分 更新
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210618/k10013090781000.html?fbclid=IwAR2N5ENF3O4KqZKPxfUsRo3-3gwxWaK6BruZr9YSK-l8-rL2KqbGvxaUBjA
「新型ウイルスのワクチン、低所得国で不足=WHO アフリカでは感染第3波」、『BBC』、2021年6月22日講師
https://www.bbc.com/japanese/57562963
Charley Grant、「コロナワクチンが証明、製薬業界の可能性 新薬の迅速な審査が義務化されても不思議ではない」、『WSJ』、2021 年 6 月 28 日 10時49分更新
https://jp.wsj.com/articles/covid-vaccines-will-deliver-long-term-health-boost-for-drugmakers-11624844927?fbclid=IwAR05gnZKOAp8oCGZd_0ru3qHcNLsrSoC7Y0omVD1cNTN-O9zpNc_jsOUc48
ミシェル・ロバーツ、「異なるワクチンの組み合わせ接種も『高い予防効果』=英研究」、『BBC』、2021年6月29日更新
https://www.bbc.com/japanese/57647521.amp
「ワクチン『接種したくない』11% 若い世代多く 全国大規模調査」、『NHK』、2021年7月2日 4時01分更新
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210702/k10013114401000.html?fbclid=IwAR0UJjfdSlKcgRh_Vki3Ekd8Em78ZfmWhswzmt60AHq4LKib9_t-5Apfqm0
「ワクチン接種拒否は罪か?宗教の考えは?」、『SPUTNIK日本』、2021年7月7日 22時4分更新
https://jp.sputniknews.com/covid-19/202107078524671/?fbclid=IwAR0gdhva-QBlh161I50vbAsu2Fg8qdWa2WQG5FMRr4Ok_6fE4w6t_0YqQ4g
「仕事続けたければワクチン接種を フィジー政府、全労働者に義務化へ」、『AFP』、2021年7月9日 15時12分更新
https://www.afpbb.com/articles/-/3355825
「米FDA J&Jワクチン情報に警告追加 ギラン・バレー症候群受け」、『NHK』、2021年7月14日 10時16分 更新
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210714/k10013138351000.html?fbclid=IwAR3Bn_y1t-rSop0i-f8ksiJ2DG_HjpDmXIqFTyDCuN5sYnIcoVnn3fiuyqQ
「ワクチン接種 不安あおる誤情報やデマ どう対処する?」、『NHK』、2021年7月15日 20時19分更新
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210715/k10013140371000.html?fbclid=IwAR0nf-8iHVEfBllJiGAE4MTBQi1_ZnBby9jzIPIVlEXiXLgXXhJE61mRUX0
「ワクチン否定論を広めた米男性、COVID-19で亡くなる」、『BBC』、
2021年7月26日更新
https://www.bbc.com/japanese/57965936?fbclid=IwAR0iwo8Spv6PyRWuPIzzQCPopSgTwIJ74o-nUv3FI32TsnSaVcFhEpNsSMY
「IMF ワクチン接種率の違いによる経済回復ペースの格差拡大懸念」、『NHK』は、2021年7月27日 22時19分更新
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210727/k10013164051000.html?fbclid=IwAR3pTECA0fFWIvTba9M-vICPtwz-YadPEhetXuV_TsxoYYWemJy6wHrtRA0
「ファイザー/バイオエヌテック社のワクチンの有効性が低下 原因はデルタ株の蔓延とバイオエヌテック社社長」、『SPUTNIK日本』、2021年7月28日 2時18分更新
https://jp.sputniknews.com/covid-19/202107288576183/?fbclid=IwAR3ENBDpUqMw4ZvCNy2Cj8GiP0uUmhdB9P--VigO5nIJUpcld5cigJ44gfU
「アメリカ ワクチン接種完了でもマスク着用を推奨 方針を転換」、『NHK』、2021年7月28日 8時19分更新
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210728/k10013164641000.html?fbclid=IwAR1Ysz3a7PoI4_bdM9iSn_ZI9HnxOr2C0s9tlojQ0HkRj8mXaWTnO419J6k
「イスラエル 3回目のワクチン接種実施へ 感染再拡大で」、『NHK』、2021年7月30日 14時06分更新
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210730/k10013169361000.html?fbclid=IwAR0MjnZOn19IX4wiUVz8imghqD563Iac8wTEAvnOmO1Qd1KGl2nDEIBClGs
「デルタ株、水痘に匹敵する感染力 CDCの内部資料が警告」、『CNN』、2021年7月30日 13時15分更新
https://www.cnn.co.jp/usa/35174591.html?fbclid=IwAR0OtydMNM9TRLxLVAp60FqtXyol9odDstqL0RaIo-TvNsmhkO0IOAsT578
「ワクチン接種後の “ブレイクスルー感染”初調査 3か月で67人」、『NHK』、2021年7月31日 4時48分更新
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210731/k10013171551000.html?fbclid=IwAR2FBYj4LY9u6ajDtqYc7_A2ZzMN_zsVR40jOZc1jwVYP2AwkBwbxO8dEoE
「デルタ株、感染したらワクチン接種者でも同じウイルス量 米CDC」、『CNN』、2021年7月31日10時23分更新
https://www.cnn.co.jp/usa/35174615.html?fbclid=IwAR2Zw45PpwZCY8VFZ21LYBqBjuqoUxWWEADeLHs-slVw3nYZiZJx5GD0wg8
「ワクチン終えてノーマスク 専門家『マスク着用を 対策続けて』」、『NHK』、2021年8月5日 21時57分更新
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210805/k10013184191000.html?fbclid=IwAR14VmrOyMFsyYGtdagAV7xtEbBKniucIHK3sP0_KV8vFNCLy0kpdJbfeb4
「対コロナ『集団免疫』困難 ワクチン効果は確実―規制解除の英国」、『時事通信』、2021年08月15日07時11分更新
https://www.jiji.com/amp/article?k=2021081400319&g=int
厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/index.html



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