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ホッブズと先制攻撃論(2018)

ホッブズと先制攻撃論
Saven Satow
Feb. 05, 2018

“homo homini lupus”.
Titus Maccius Plautus

 自衛権は、現代の国際法において、反撃権を意味します。それは被害国による緊急かつ均衡のとれた対抗措置です。第二次世界大戦後、歴史の教訓を踏まえて戦争のみならず、武力行使が原則的に禁止されています。これを武力不行使原則と呼びます。その例外の一つが自衛権に基づく行使です。

 相手国が自国を攻撃してくることを予想、それに対する武力行使も自衛権だと主張・実行するイスラエルのような国家もあります。けれども、政府の情報収集・計算能力は限定的です。完全ではありません。先制攻撃論は政府を新古典派経済学の経済人のごとく見なしており、それを自衛権に含める意見には無理があります。国家の情報・合理性が不完全ですから、限定的という条件をつけても同様です。国際法の一般的規範として認められていません。自民党は敵基地攻撃論を検討していますが、これは国際法に挑戦する姿勢です。

 先制攻撃の放棄は現代の国際法のみならず、実は、近代政治の目的に適っているのです。歴史的教訓を踏まえ、古代から近代への政治をめぐる共通理解の転倒を展開したのが、17世紀英国のトマス・ホッブズです。彼は先制攻撃を平和に対する脅威として斥けます。先制攻撃は近代政治の目的に反しているのです。

 古代において政治の目的はよく生きることの実践です。しかし、欧州では宗教戦争が勃発します。自分の道徳の正しさに基づいて殺し合いが繰り広げられます。ホッブズは『レヴァイアサン』(1651)において政治の目的を平和の実現に転換します。平和でなければ、徳の実践もできないからです。

 コミュニケーション・交通手段が未熟な状況では、戦争がそれを代替することがあります。しかし、それらが発達してくると、そうした戦争のメリットよりデメリットの方が大きくなります。近代を迎えつつある時期はそのような状況です。宗教戦争はかつてない戦禍の悲惨さを欧州の人々にもたらしています。戦争は何としても避けなければなりません。

 ホッブズは、政治を公、信仰を私に分離し、両社は互いに干渉してはならないと主張します。これは政教分離です。この原則が近代政治の最重要の基本です。

 自然状態は、ホッブズによれば、「万人の万人に対する戦争状態」です。そこでは人間には無際限の自由が認められ、自己を保存しようと活動します。万人がいずれも同様に自己保存を優先して思考・行動しています。ですから、万人が相手の攻撃を予想し、それに備えています。やられる前にやる方が合理的なので、万人が先制攻撃を仕掛けます。この先制攻撃が万人の万人に対する戦争状態を招くのです。

 この指摘は重要です。戦争状態の到来が古代以来の目的の政治に限定されないからです。自己保存は道徳的規範に基づく行動ではありません。生物一般に見られるものです。政教分離をしたとしても、自己保存の動機から戦争状態がもたらされることになります。

 万人から先制攻撃の権利を奪わなければ、平和は実現しません。自己保存のためには、自由権の一部を主権者に譲渡する必要があります。これが近代における国家による暴力の独占の理論的根拠です。

 この発想を国際社会に拡張するなら、自然権の制限は国家による武力行使の原則禁止に相当します。各国家は自己保存を考えて行動します。けれども、それを無性げに許容すると、戦争状態に至ります。特に、問題なのが先制攻撃です。平和のためには、いかなる国家にも先制攻撃を認めてはなりません。

 ホッブズに従えば、すべての国家に武力を一斉に国際的機関へ譲渡させ、紛争に関しては集団安全保障によって対処することになります。なお、彼は現代で言うところの集団的自衛権を認めていません。宗教戦争が多くの勢力の加勢によって拡大・長期化したからです。野田佳彦政権までの戦後の内閣は、集団的自衛権以外で安全保障を認めてきましたから、ホッブズの平和論に忠実だったと言えます。

 平和は、ホッブズによれば、武力を通じて積極的に実現できるものではありません。その不行使によって消極的に可能なだけです。先制攻撃の放棄がその最初の一歩です。自己保存のための先制攻撃が戦争状態を招きます。それは近代政治の目的に反しているのです。

Blue-gun eyes
Nice knife smile
Sure cuts you down to size
My-my
Crazy little razor
Boy, it's Sam-The-Slam

The Angry-Young-Man: BLAM-BLAM!
WAR HEAD:

Broke rhythm shot dead
Some squeeze,
Grip-of-steel, BOY
Got his girl in iron arms
Man, it's Ghinguis Khan

BOY; now he's going hotter
Well, throw him in the water
In your WAR HEAD
In your WAR HEAD
D-D-D-D-DROP-DEAD!

Boy; he's sure overheated
Well, put him in the freezer
In your WAR HEAD
In your WAR HEAD
D-D-D-D-DROP-DEAD!

Blitz Baby Blitz
Cracked soldier, cold shoulder
The Nark; he's Joan of Arc
Shellshocked, a sensation
With his bulletproof heart
Boy; Such a crazy little razor
Blue-gun eyes
Anice knife smile.
(Ryuichi Sakamoto & Chris Mosdell "War Head")
〈了〉
参照文献
トマス・ホッブズ、『リヴァイアサン』全3巻、水田洋訳、岩波文庫、1992年

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