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石油とスタグフレーション(2008)

石油とスタグフレーション
Saven Satow
Jan. 23, 2008

「われわれが精神上被ったもろもろの変化は、『石炭から石油へ』という生産様式の変化に要約されるのだ」。
柄谷行人『階級について』

 世界同時株安が起きたのを受け、2008年1月22日、FRBは政策金利を0.75%下げると緊急発表しています。他方、日本政府の今回の株価の急落に対する反応は自分たちとは関係ないという感じです。

 額賀福志郎財務相は、22日、「一喜一憂する状況ではない」と発言し、大田弘子経済財政担当相は「基本はアメリカ発であり、日本でどうこうするのは難しい」と述べています。さらに、福田康夫首相は、23日の国会で、「米国経済や各国金融市場の状況を始め、今後の内外の経済動向を引き続き注視する必要がある」と答弁しています。

 株価が上がると、「日本経済は回復している」と胸をはるのに、下がると、「一喜一憂すべきではない」と言うのですから、ずいぶんと都合のいい話です。しかし、原油高が続くため、日本経済にはスタグフレーションの危機が噂されているのです。

 「スタグフレーション(Stagflation)」は「停滞」を意味する「スタグネーション(Stagnation)」と「インフレーション(Inflation)」を合成した造語です。それは、簡単に言うと、生産の減少などの経済活動の停滞と物価の上昇が併存する状態のことです。

 通常、物価と失業率はトレードオフの関係にあるとされています。景気がよくなれば、物価が上がり、失業率は下がります。逆に、景気が悪くなれば、失業率が上がり、物価が下がります。ところが、スタグフレーションは物価と失業率が同時に上昇する現象です。

 日本は、実は、このスタグフレーションをすでに経験しています。それは1973年に起きた第一次オイル・ショックです。第四次中東戦争の際、OPECのアラブ諸国が原油公示価格の21%引き上げ、原油生産量の削減、イスラエル支援国への禁輸を決定します。さらに、12月には,翌1974年1月から原油価格を2倍に引き上げると発表します。これをきっかけに、経済活動は停滞に陥り、物価は高騰し続けます。その状況を福田赳夫大蔵大臣は「狂乱物価」と命名しています。

 当時主流のケインズ経済学はスタグフレーションに有効な手立てが打てず、権威を失墜させてしまいます。世界恐慌の教訓から受容されたケインズ経済学は戦後多くの参戦国のシステムにビルトインされており、その上で起きたショックですから、あまり有効策を見出せないのも無理からぬところです。

 それに代わって、ミルトン・フリードマンを始めとするシカゴ学派が経済学の覇権を握ります。大きい政府の福祉国家から小さい政府の新自由主義へと思想潮流も移り変わります。

 今国会で論議されている「租税特別措置法」も。元々は、このオイル・ショック対応のために暫定的に制定したものです。

 スタグフレーションには、社会の石油への依存が進んだ結果、生まれた現象だとも言えるのです。石油というのは、労働や資本と同様の生産要素であると同時に、最終財という二面性があります。石油はプラスチックや電力となって間接的に購買されたり、自動車や暖房の燃料として直接的に購入されたりするのです。原油価格の高騰は。限界費用を上げるため、総供給曲線を上昇させ、所得効果を通じて総需要曲線を下降させるのです。原油価格の急激な高騰は景気後退とインフレを同時に進行させてしまいます。

 実は、この説明にはシカゴ学派流のインフレ予想などの論述を使っていません。古典的マクロ理論からの解釈です。けれども、原油価格の高騰が他よりもなぜ経済に深刻な影響を及ぼすのかがこれでわかるでしょう。それは生産要素であると同時に最終財だという石油の二重性です。

 シカゴ学派がケインズ派に代わって経済学の王座に就いたと言っても、実際には、スタグフレーションに有効な対策を出せていません。アメリカはインフレ対策を優先し、失業率の上昇を止めることができません。他方、日本政府は省エネの推進など有効需要の抑制という手堅い政策で対応しています。率直に言って、米国よりも日本の対策の方が効果的でしたが、経済学会はシカゴ学派の時代へと向かうのです。

 オイル・ショックの頃と今とでは多くの点で状況が違っています。原油価格の高騰にOPEC諸国の石油政策が必ずしも影響しているわけではないのです。けれども、石油依存の社会は依然として続いていることは確かでしょう。地球温暖化が進行していると共に、スタグフレーションが起きる危険性は、その意味で、消えてなどいません。石油をめぐる議論は何も税制だけの問題ではないのです。
〈了〉
参照文献
柄谷行人、『マルクスその可能性の中心』、講談社文庫、1985年
新飯田宏、『現代経済学』、放送大学教育振興会、2001年

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