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「トミー」ではなかった松本智津夫被告(2006)

「トミー」ではなかった松本智津夫被告
Saven Satow
Mar. 31, 2006

“I'm free, an' I'm waiting for you to follow me. How can we follow?”
The Who “I’m Free”

 あれからもう10年以上が経ちます。オウム真理教が陰湿な破壊と殺人を行い、世界を震撼させてから、すでにそれだけの年月がすぎているのです。その教団は改名し、今でも活動を続けています。一方で、被害者や遺族への経済的保障や精神的なケアも依然として不十分なままです。

 公判を通して、松本智津夫被告は不規則発言を繰り返したかと思えば、無表情に口を閉ざし続けています。はっきり言って、なめた態度と感じた人も多いでしょう。彼は決してトミーになろうとはしません。むしろ、ノラやフランクです。

 暴力性と奔放性で知られるザ・フーは、1969年、ロック・オペラ『トミー(Tommy)』を発表します。このバンドの他の作品同様、リーダーのピート・タウンゼントの手によるもので、音楽以外の方面にも多大な影響を与えています。この傑作は後に映画化され、現在でも、ブロードウェイなどで上演されています。

 トミーは母親ノラの愛人フランクが父ウォーカーをランプのスタンドで殴り殺すのを目撃します。フランクから「お前は何も見なかったし、何も聞かなかった」と言われて以来、トミーは視力と聴力を失っただけでなく、まったく喋れなくなります。「僕を見て、僕を聞いて、僕を感じて」という心の叫びは誰にも届かず、彼は孤独感に苛まされます。成長したトミーはピンボールの世界王者となり、大金を手にし、その上、ある日、トミーの眼と耳、口の能力が15年ぶりに回復するのです。

 この奇跡により、トミーは自分を救世主だと思うようになり、世界中に彼の信者が現われるのですが、ノラとフランクはそれを利用して教団に金を集め、私欲のために浪費します。信者は、教祖の到達した世界を体感するために、目を隠し、耳に栓をつめ、口にコルクを銜えてピンボールを弾くのです。しかし、次第に信者は暴徒化し、ピンボールの台を叩き壊して、ノラとフランクを惨殺してしまいます。生き残ったトミーは孤独に戻るのですが、今まで覚えたことのない希望が彼には沸き起こるのです。「僕は自由だ(I’m free)」というトミーの心の叫びと共に幕が閉じます。

 東京高裁は、2006年3月27日、弁護団が正当な理由もなく、控訴趣意書の提出を遅延したと判断し、弁護側の控訴を棄却して、裁判手続きの打ち切りを決定します。弁護団の異議が認められなければ、控訴審の公判が一度も開かれないまま、彼の死刑が確定します。

 オウム真理教事件は、被害者や遺族はもちろんのこと、松本被告自身を含め、誰にも「僕は自由だ」という思いを抱かせはしません。憤りとやりきれなさをもたらしただけです。『トミー』と違い、結局、彼はそんなものしか残せない教祖にすぎないのです。
〈了〉

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