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人民の、人民による、人民のための政治(2018)

人民の、人民による、人民のための政治
Saven Satow
Feb. 12, 2018

Bo "Rather it is for us, the living..."
Chérie “Please let me sleep. “
Bo "...to be so concentrated and so dedicated...
Chérie “If you go any further, Mr. Lincoln, you're gonna miss the parade”.
Joshua Logan “BusStop”

 「人民の、人民による、人民のための政治を決して地上から滅びさせないように、生きている私たちはここに身を捧げるのであります」。エイブラハム・リンカーン第16代合衆国大統領は、1863年11月19日、ペンシルベニア州ゲティスバーグの国立戦没者墓地の奉献式の演説をこう結びます。この長くないスピーチは、後に「ゲティスバーグ演説(Gettysburg Address)」と呼ばれ、人類史上の名演説の一つに数えられています。

 この「人民の、人民による、人民のための政治(government of the people, by the people, for the people)」という一節は近代民主主義の要約としてしばしば引用されます。それは民主主義を近代の理念、すなわち自由・平等・友愛によって基礎づけているからです。

 まず、「人民のための政治」が「自由」を表わしています。人民のための政治を明確に主張したのは「最大多数の最大幸福」の功利主義です。宗教戦争の悲惨な経験から、近代における最も基本的な原則は政教分離です。価値観の選択を個々人に任せる以上、近代の政治は個人主義に立脚します。社会は個人によって形成されていますが、決してバラバラではありません。宗教に代わって社会における幸福の増大が人民の共通認識だからです。

 そのためには、権力から個人の権利を保障することが必須です。それは国家権力だけではありません。多数派による少数派への同調圧力も含まれます。

 権利を行使するか否かは個人の自由です。権利が守られなければ、自由もありません。自由は権力の制限の下でしかあり得ないのです。権力を分立させて相互牽制によって暴走を抑制する共和主義や成文憲法により権力を制限して人民の権利を守る立憲主義が人民のための政治を保障します。

 次に、「人民による政治」は友愛を指します。民主主義は人民が意思決定を行います。直接民主主義は参加型民主主義とも呼ばれますから、それを理解することは難しくないでしょう。

 ただ、近代は間接民主主義を採用しています。人民が選挙を通じて代表者を選出、選ばれた彼らが討議を行って統治の意思決定をします。選挙によって人民全体の混沌とした意見を洗練し、代表者が議論して利害やイデオロギーの対立を調整します。この過程が多数派の同調圧力から少数派の主張を守ることにもつながるのです。

 代表選出や意思決定などの制度が効果的に機能するためには、それへの人民による信頼が必要です。その際、人民の間の友愛が欠かせません。人民が分断・対立し、お互いに信じられなければ、制度は十分に機能しません。社会的分断を抱える途上国で、選挙をめぐって対立が暴動や内乱に発展してしまうことがあるのは、そのせいです。

 最後に「人民の政治」は平等を表わします。近代民主主義において主権者は人民です。それは主権者として人民が相互に平等であることを意味します。

 人民の間に不平等、すなわち格差があれば、それは人民の政治と言えません。為政者や特権階級、富裕層など一部の人の政治です。そうした不平等が個々人の潜在能力を発揮できないことにもなります。政治的・経済的・社会的不平等を是正することが「人民の政治」です。

 有権者の範囲は、言うまでもなく、時代や社会によって異なります。そもそも南北戦争には奴隷解放をめぐる対立があります。奴隷は公民権が認められていません。人民は既存の有権者の範囲に限定されません。

 有権者である前に、人民は尊厳があり、人権を持っています。人権において人民は平等です。人権に基づいて政治参加や公的資源の利用などの不平等を是正していくことが「人民の政治」です。人民を人権において人民として平等に扱わねばなりません。

 自由・平等・友愛は抽象的な理念ですから、時代的・社会的な背景の下に、さまざまな具体化があり得ます。また、その際に三者の調停も必要です。「人民の、人民による、人民のための政治」をプロトタイプにして、国内外の時代的・社会的変化と相互作用しつつ、民主主義が進化していくのです。

 ただ、民主主義も後退します。それは本質的な諸問題をはらんでいるからです。

 西洋政治理論の伝統において、民主主義の評価は必ずしも芳しくありません。多数派の暴政が起きたり、扇動政治家によって感情的に流されたり、堕落して独裁者を招いたりするなど民主主義は問題の多い政体と主流の理論化は批判しています。

 しかし、その悪名高い民主主義を採用する国家が18世紀末に誕生します。それがアメリカ合衆国です。植民地アメリカには王や貴族がいません。独立に際して、アメリカは民主主義の政体をとらざるを得ないのです。建国の父祖は民主主義の短所を抑止し、その長所を生かす法制度を整備していきます。第16代大統領が内戦の真っただ中に民主主義を近代の理念に基づいて定義したことは非常に意義深いことです。

 2018年2月12日はそのリンカーンの209回目の誕生日です。今日、古代以来の理論化が危惧した民主主義の諸問題が噴出しています。こうした状況を改善するために、彼の「人民の、人民による、人民のための政治」の意味を改めて確認する必要があるのです。
〈了〉


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