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グッドモーニング,レボリューション(10)(2014)

10 自己組織化
 フェリックスは固定的秩序にもエントロピー増大の法則にも賛同しません。エントロピー増大の法則は閉じた系においてのみ適用されるけど、非平衡系はそれに従うことはない。分子革命とは非平衡革命のこと。フェリックスは、そこで、「カオスモーズ」を提唱するんですな、これが。それは「カオス(Chaos)」と「コスモス(Cosmos)」に「浸透(Osmosis)」を加えた合成語で、カオスを伴った浸透のこと。現実は大きな物語のプランに従ってるわけじゃない。カオスとコスモスが相互に浸透の状態にあって、その結果として、混乱と秩序が重なって新しいものが創造されていくんじゃないのってフェリックスは考える。カオスモーズは、まあ「カオスの縁(Edge of Chaos)」ですね。カオスモーズは、確か、『フィネガンズ・ウェイク(Finnegans Wake)』でジェームズ・ジョイスが使い始めている。ウンベルト・エーコもカオスとコスモスを組み合わせて「カオスモス(Chaosmos)」を提示したけど、フェリックスはここにさらに「オスモーズ」という含意をも加えて、オートポイエーシスや精神分析にも言及しつつ、「メタモデル化」や「美のパラダイム」、「生態哲学」などの概念を生産し続ける。フェリックスはもう欲動をあまり語らない。それよか、機械について考えています。リビドーや無意識、シニフィアンも同様。流れやカオスモーズへ視点が移動している。オートポィエーシス(Autopoiesis)ってのは、境界を自ら創出することにより、その都度自己を制作するという理論。

 もともとは、チリの神経生理学者ウンベルト・マトゥラーナ(Humberto Maturana)とフランシスコ・バレラ(Francisco Varela)の共著論文『オートポイエーシス─生命の有機構成(De Máquinas y Seres Vivos: Una teoría sobre la organización biológica)』(一九七三)で初めて提起されていて、神経システムをモデルにして考案され、細胞システムや免疫システムに拡大していった思想。要は、自己組織化の応用。で、浸透について少し説明しとく。浸透は一枚の半透膜を境として、ある溶液の成分の一方は膜を通過できず、逆に、もう一方の成分は通過できる現象のこと。ほとんどの膜は全透性か不透性かのどちらかの性質を示し、選択的に通過させる膜は、細胞膜など本当にわずかしかない。水溶液の中に細胞を置くと浸透が起こり、周囲の水溶液が細胞よりも高張だと、細胞から外に向かって、逆に低張であれば、外から細胞へと水溶液が移動します。植物細胞の場合には、細胞膜の外側に全透性の細胞壁があるため、ある程度は膨らむけど、壁圧とつりあったところでとまっちゃう。

 また、高張液中で原形質から水が出て、細胞の原形質と細胞壁が分離する原形質分離が生じることもある。細胞膜は、細胞の内外を隔てる生体膜。細胞膜は、脂質二重層とそれに埋め込まれたり結合したりした状態の膜タンパク質からなり、さらにこの脂質や膜タンパク質には多くの場合糖鎖が結合している。細胞表層は全体として複雑な構造となり、細胞の種類ごとに特徴的なものとなるんです。細胞膜は細胞内外を単に隔てている静的な構造体じゃあない。 外界との境界として内部物質の流出を防いだり、酵素によって物質代謝を行ったり、受容体での情報を感受したり、輸送体による選択透過性を持っていたり、能動輸送や促進拡散をしたり、免疫特性の発現をしたり、なあ、他にも役割を果たしています。光合成みたいな生体エネルギー変換なんかを担う重要な酵素群は膜にあることが多いね。構成している脂質はリン脂質が多いが、動物細胞においてはコレステロールがかなりの割合であるけど、細胞標識そして糖脂質もある。『分子革命』が刊行された一九七二年、S・J・シンガー(SJ Singer)とガース・ニコルソン(Garth L. Nicolson)が興味深い生体膜モデルを示している。彼らは、生体膜は脂質二重層の中にタンパク質がモザイク状に混在し、タンパク質はその中を浮遊して拡散によって移動していると主張したんですね。このモデルは脂質の配向のみならず、膜タンパクの疎水部分は膜の内側に、親水部分は膜の外側に配置されるということも明らかにする。

 また、その挙動は完全に固定されてない。タンパク質自身が移動するだけじゃなくて、膜内の形態変化も示唆してる。これらの現象は一分子観測などによって、ちゃんと観察されている。細胞膜は脂質の二重膜(lipid bilayer)の海に、膜タンパク質が氷山のように頭を少し出して浮かんだような構造をしていると考えられるってわけよ。この構造モデルを「流動モザイクモデル(Fluid Mosaic Model)」と呼ばれる。面白くない?開かれた系の非平衡。

 だから、カオスモーズはリポゾームの比喩として語ることがきる。リボソーム(Ribosome)はすべての生物の細胞内に必ず存在し、タンパク質合成を行う細胞内粒子。そのことから、さまざまな種類の生物でリボソームを合成するためのDNAの情報を分析すれば、それぞれの種がどれに近い関係にあるかが理解できると推測されてる。リポソームは膜の内外の浸透圧の差に基づき、形態が変化する。体積は異なるものの、表面積は同一。浸透圧の初期値敏感性、カオスだってわけ。アウトノミアのオルガンもこんなリポソームみたいじゃなきゃいけない。細胞膜はリン脂質分子が二重層を形成して連結したもので、八から一〇nmの厚さがあり、細胞と外界の境界をなしている。ナノメートルは一〇〇万分一ミリメートル。ナノ、ナノ、ナノナノナノ、ってあれはナハか。今日も苦しい戦いを強いられている。皆さん、ついてきてくださいよ。細胞膜には、脂質のほかに、ポリペプチドなどのタンパク質性の要素もあり、脂質層の内面や外面に結合している。ポリペプチドは脂質層の内部にも入り込んでる。これらの構造には半透性がある。こう考えると、カオスモーズは、音楽や文学のように、異質な世界の多層的構築で、超越的・絶対的な価値が存在せず、あいまいなものを含み、境界がはっきりしない世界をうまく言い表わしてる。

 頭痛くなってきた?喋るほうだってそうだよ。ちょっとの我慢だから。失敗したかな。助けて、ドラえもん!

 小ささって、本当に、最近、考慮しなくてはいけないのね、実際に。今まで、高層建築は大きな揺れの地震に強いと思われてたんだけど、盲点があることがわかった。長周期地震というのがあるんです。これは人間が感じにくい、周期が数秒から十数秒程度のゆっくりした揺れで。マグニチュード八クラスの巨大地震で発生するとされてまして、東京みたいな軟らかい層の平野で増幅して長時間続くものなんです。巨大な構造物ほど長い周期の揺れに共振しやすいんで、逆に、弱いんですね。八五年のメキシコ地震でかなり見られたという記録があるんです。

 そんな現代では、領土を決める境界はvisibleではなく、invisibleになり、より厄介。東西冷戦構造の頃、ベルリンの壁を代表に、超えるべき境界は明確だったが、今のinvisibleな境界には浸透するほかない。壁から膜の時代へ変容している。東西冷戦構造は二つの閉じられた系による平衡状態だったのに対し、それ以降は壁がなくなり、グローバリゼーションという閉じられた系でのエントロピー増大が始まる。あれ?この話、前に言ったっけ?さっきの話も前に言ったっけ?さすがに疲れてきましたねえ。疲れちゃって、もう顔が「疲れた」って顔になってますもの。まいっちゃいましたねえ。ちょっと休みましょうか。

 この辺で、もう一曲、トマソ・アルビノーニ(Tomaso Albinoni)のアダージョ(Adagio)。フェリックスは速度を賞賛していますが、それは速ければよいという意味ではありません。全体を貫くゆっくりとしたリズムやテンポを含む多層性が不可欠です。速いけれども遅く案じられる、もしくは遅いけれども速く感じられるような共生。オーソン・ウェルズが監督した一九六三年の映画『審判(The Trila)』で使われたことで一般に知られるようになりましたから、どこかで聞いたことがあると思います。演奏はジャン=フランソワ・パイヤール指揮、パイヤール室内管弦楽団、オリジナルの録音は一九七五年にパリ・ノートルダム・デュ・リバン教会ですが、今日はリミックス版でお送りします。

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 この曲を作曲したのはアルビノーニじゃないと現在では言われています。クラシックでは、結構、こういう話がありまして、発見の際のプロセスでこうなってしまっています。第二次世界大戦中、ドレスデンの図書館から発見されたアルビノーニのト短調のトリオ・ソナタの断片的な手稿をベースに、イタリアの音楽学者レーモ・ジャゾット(Remo Giazotto)が弦楽合奏とオルガンのために仕上げています。緻密な編曲の結果、アルビノーニが書いたような作品となり、そう呼ばれています。一種のパスティッシュです。


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