見出し画像

内閣支持率と安倍政権(2006)

内閣支持率と安倍政権
Saven Satow
Dec. 27, 2006

「ニュースと真実とは同一物ではなく、はっきりと区別されなければならない。ニュースのはたらきは、一つの事件の存在を合図することである。真実のはたらきは、そこに隠されている諸事実に光をあて、相互に関連づけ、人々がそれを拠り所として行動できるような現実の姿を描き出すことである」。
ウォルター・リップマン『世論』

 麻生太郎外務大臣は、2006年12月24日午前のフジテレビの番組で、安倍内閣の支持率の急落について「世論調査はマスコミが好きだが、あまり気にしない方がいい」と語っています。加えて、「例えば、安倍晋三首相のおじいさんの岸信介、吉田茂の時に支持率調査があったら、間違いなく森喜朗元首相より低い」とし、他方で、「松岡洋右はものすごくマスコミはあおったが、結果として松岡は悪かったから、マスコミは見る目はなかった。そういうことは戦前も戦後もあまり変わっていない」と言っています。

 しかし、この比較は乱暴です。吉田茂や岸信介が首班に選ばれたのは当時の政治情勢であって、世論の動向ではありません。一方、松岡洋右は世論を扇動することで政治家としての立場を強化しています。麻生大臣は世論に立脚していない政治家と世論頼みの政治家を同列にしているのです。

 安倍晋三首相は、小泉純一郎前首相同様、世論の後押しで首班に選ばれています。小泉前首相は、森喜朗元首相が消費税率をわずかに上回る程度の内閣支持率であったため、自民党が起死回生を狙って総裁に選出しています。また、安倍首相は、来年迎える2つの大きな選挙、すなわち春の統一地方選挙と夏の参議院議員選挙の顔と期待されて、総裁に就任しています。両者共に、強固な党内基盤に支えられているのではなく、世論頼りの政権です。事実、前政権から首相官邸が世論調査へ並々ならぬ関心を寄せていることはよく知られています。

 安倍首相は支持率の高さを言い訳にして、政策の優先順位を恣意的にしたり、復古主義的な政治を進めたりしています。支持率を有権者からの白紙委任状と見なしているのです。これまでの経過を省みるならば、麻生大臣の支持率云々の発言は言い逃にすぎません。

 言うまでもなく、歴代の政権も世論の動向を気にしています。強固な党内基盤を誇った佐藤栄作首相も「『栄ちゃん』と呼ばれたい」と常々口にしています。また、内閣支持率が40%を切ったら、政権の危険信号というのは、かねてより永田町の共通認識です。そうなると、一気に政治は「政局」へと向かいます。ギャロップ社の創業者ジョージ・ギャロップ(George Gallup)は世論調査を「温度計」に譬えましたが、永田町では、天気が温度計を表わすのではなく、温度計が天気を作ることもしばしばです。

 ただ、社会調査のリテラシーを知って、世論調査に触れる必要があります。世論調査は質問文によって結果が左右されます。また、回答するコストが比較的小さいですから、熟議もなく、無責任に答えることも多く、印象の結果に終わる可能性もあります。

 しかも、現代の政治ではメディア対策が当然です。広告会社と契約を結び、彼らから指導を受けることもよく行われています。言わば、好印象を形成したり、世論を誘導したりするマーケティング政治です。小泉前首相がサプライズなど目くらましを頻繁に放ったのは好例です。世論が政策について熟議する前に、政府が次の矢を放てばメディアがそれを取り上げ、前のことがかすみます。これを繰り返せば、政策の問題点もあまり指摘されず、内閣は思い通りに政治を進められるわけです。ついでに、世論調査も頻繁にすれば、無作為抽出レファレンダムとして、支持されていると言い張れます。

 なお、海外では、サンプル数と解答率など統計学上の事情を考慮して支持率は±何%を付けて公表されます。また、報道機関ではなく、専門機関が実施するのが通常です。社会調査自体もアカデミズムの研究対象ですから、専門家が携わるのは当然です。他の国での世論調査がどのように行われているかを知ると、日本のそれを相対的に見ることができるでしょう。

 概して、世論に訴える政治家は弁が立つものです。小泉首相や松岡洋右はまさにそうです。世論は情に流されやすいものですが、それは逆に、表現力の有無が政治家を支持する基準とすることを意味します。世論を利用するのは、実は、政治家にとっても表現力を問われることでもあるのです。世論調査政治をするのであれば、表現能力の高い政治家を選ばなければ、維持できません。

 安倍首相のコミュニケーション能力には、「一身上の都合」発言が示している通り、相当問題点があるのはすでに有権者の間で周知のことです。安倍首相が内閣支持率を上げることは極めて困難です。安倍晋三衆議院議員には、率直に言って、首相となるべき素養がなかったわけです。

 漫才として見るなら、安倍首相の応答はつっこみどころ満載で、最高です。彼が漫才のボケではなく、内閣総理大臣であることが今の日本の最大の不幸と言っても過言ではありません。

 安倍首相ときたら、何しろ、こんなことさえ言ってしまう始末です。漢字の日の12月12日、日本漢字能力検定協会が、2006年をイメージする漢字一文字を全国に公募し、その結果を発表しています。最も総数が多かった漢字は「命」です。安倍首相は、その日の夜、自身にとっての2006年の漢字一文字を記者から尋ねられ、こう答えています。「今年はわたしにとって『変化』の年でした。それは『責任』ですかね」。
〈了〉
参照文献
W・リップマン、『世論』上下、掛川トミ子訳、岩波文庫、1987年


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?