元・刑務官(刑務所の看守)に話を聞いてみた。前編

元・刑務官(刑務所の看守)のAさんへの、お仕事インタビュー。知られざる世界で働く刑務官。その驚きの日常が、ありのままに明かされます。(取材・構成:西部湯瓜)

まずはじめに、Aさんが働いていた刑務所について簡単な説明をお願いします。

A氏:刑務所にもいろんな種類の刑務所があるんですよ。私が働いていたのは、再犯した人ばかりがいる種類の刑務所でした。ちなみに今日お話できるのは私の知っている2010年代の話です。

その刑務所には、どんな受刑者がいるんでしょうか?

A氏:私が見てきた限りでは、大きく3種類に分けられます。ひとつは、ヤクザの人。もうひとつは、行き場の無いおじいちゃん。あと、外国人です。

行き場の無いおじいちゃんというのは?

A氏:何度も万引き繰り返しちゃう人とか、自分からすすんで刑務所に入りたい人とか、色々です。でも、わりと普通ですよ。この方たちは。

仕事で接する相手としては一般的ではない人たちだと思いますが、実際どうでしょうか?

A氏:大変なのはヤクザの人ですよね。だって慣れてるから。私みたいな若い看守は舐められるんです。

舐められるというのは、例えば名前を呼び捨てにされるみたいなことですか?

A氏:あ、それはないです。基本的に、受刑者からはオヤジと呼ばれるので。

オヤジ?

A氏:はい、オヤジです。外国人もおじいちゃんもみんな看守のことをオヤジって呼びます。だから御歳70歳のおじいちゃん受刑者が、まだ20代の若造をオヤジと呼ぶことになります(笑)。

かなり特徴的な文化ですね。Aさんは、彼らを相手にどんなお仕事をされるんですか?

A氏:夜勤と日勤で仕事内容が違うんですが、まずは夜勤からお話しましょうか。夜勤で基本的な仕事は、受刑者がおとなしく過ごしているかどうかを管理する仕事です。まあ、表向きはただの見張りですよ。

表向き…。ということは実際は違うんですか?

A氏:実際は、酷い仕事です。ストレートに言えば、受刑者のあら探し。もっと言えば、受刑者のなんでもないような行動一つ一つに因縁つけて絡みにいく汚い仕事です。

詳しくお願いします。

A氏:刑務所内では、受刑者が過ごすうえで、これは守らないといけない、というような生活規則があるんですね。もしそのルールを破ったことが、私たち看守に見つかると、受刑者は減点されるわけです。減点が続いて0(ゼロ)になると、罰則が与えられます。例えばテレビが見られなくなるとか。あ、テレビはかなり重要ですよ。それくらいしか娯楽がないもんで。

今のお話を聞く限り、特に酷いことではないように思いますが?ルールを破る方が悪いわけですし。

A氏:はい、問題はここからです。受刑者が適度にルール違反して、適度に減点できればいいんですが、なかなかルール違反してくれない日もあります。でも、ルール違反が無いと看守からすると困ります。「今夜は減点無しでよかったね」とはなりません。こちらも減点を取らないといけないプレッシャーがかかっているんです。

どうしてそんなプレッシャーが?

A氏:翌朝まで一晩中仕事して減点がひとつも無いと、「君、真面目に仕事したのか?」ってことになるじゃないですか。数字だけ見られて、上司に詰められるっていうのは、民間の会社と変わりませんよ。

ああ。

A氏:「ちゃんと見ろよ。次は5点くらい取れ」とかって言われたり。そうすると、ズボンからシャツがちょっとはみ出たくらいのことでも「はい、減点ね!」とやるわけです。共同の洗面所に自分の歯ブラシをうっかり置き忘れたくらいのことでも「はい、減点!」。もうねぇ、因縁つけてるだけですよ。

なかなか厳しいですね。

A氏:相手がすんなり減点を受け入れてくれればいいんですが、相手を間違えると大変です。おじいちゃんはたいてい黙って減点に応じてくれるからいいけど。でも、ヤクザの人は難しいんだな。簡単に減点取らせてくれない。

もしかして、これがさきほど、舐められると言っていた件ですか?

A氏:はい。ヤクザの人を相手に減点取りに行くと、徹底的に反論を喰らいます。「おい、前の刑務所だったら、こんなことで減点取らねーぞ」とか、「他のオヤジなら減点じゃない」とかね。減点っていうのは、一度宣言したら、絶対に取りきらないといけないんです。途中で負けることは許されない。本当にルール違反してる場合はまだマシですけど。苦労はしますが、まだ正義はこちらにありますし。問題なのは、無理やり減点取りにいった時ですよね。こればかりは論理的に説明ができないでしょ?最初は、ゴリ押しで切り抜けようとするんですよ。でも、「へぇ、いいんですかぁ?弁護士呼んで抗議しても?」なんて言われて、あれは、やばかった。

どうするんですか、その場合は?

A氏:方法は二つです。ひとつ目は先輩を呼ぶこと。先輩に説得をバトンタッチしてもらいます。「あいつまだ若いから。今回だけ多めに見てやってよ」。そんな感じですかね。でも、いつも先輩ばかりにも頼れるわけでもなく…。そんな時はもうひとついい方法があるんです。

なにやら裏技の雰囲気が…。それはどんな方法ですか?

A氏:「あれ、ちょっと確認しよっか」って言うんです。とぼけた口調で。「細かい部分確認してくるから、ちょっと待ってて」と。そんな風に、いったん保留にして、立ち去ります。そしてその日は二度とその人のいる場所は通らないようにする。万一、通ることになっても、何事もなかったかのようにフル無視して通ります。向こうもとりあえず減点はされなかったわけだから、損はない。しつこく絡んだりはしてこないです。

その出来事の記憶が新鮮なうちは気まずいですね。でも、もし、それらの方法で処理できなかった場合はどうなるんですか?

A氏:受刑者に、苦情の申請書を提出されます。これは厄介です。これをやられた看守は検察官の取り調べを受けることになります。だから、慣れているヤクザの人相手に因縁つけにいくのは危険極まりないことですよ。私もだんだん相手を選ぶようになっていって。ルール違反が無くて、なかなか減点が取れないような日でも、ヤクザの人を狙うのは避けるようになりましたね。

ヤクザの人かどうか見れば分かるんですか?

A氏:目と雰囲気でだいたい分かります。なので、気弱そうなおじいちゃん探してイチャモンつけて減点取ります。日本語が達者じゃなさそうな外国人もターゲットです。難癖つけて減点取っても、複雑な日本語で説明すれば、向こうは言葉が理解できないので、そもそも議論にならないですよね。だからわざと普段は使わないような小難しい単語を並べて説明します。正直に言って、当時は、良心の呵責よりも、減点を取らないといけないプレッシャーの方が大きかったんです。あと、ごく稀に、普通のおじいちゃんだと思って減点取りに行ったら、元ヤクザの手慣れで、返り討ちにあってピンチということはありましたね。

大変つらいお仕事だと思うんですが、「今日はいいことあったな」みたいなことってありましたか?

A氏:ほとんどないですね。基本的に誰かにお礼を言われる仕事でもないですし。あ、強いて言えば、受刑者の話相手になった時くらいですかね。いつも通り見回りしていたら、夜中眠れずに困った受刑者のおじいちゃんが札を降ろしたんです。”札を降ろす”っていうのは、受刑者が部屋の扉の札を降ろしておくと、看守が見回りに来た時に、看守を呼び止めることができるんですよ。

病院のナースコールみたいなものですか?

A氏:まぁ、そうですね。ナースコールのように緊急的に駆けつけられるわけじゃないですが、見回り中に札が降りているのを見つけたら、「どうしたんだ?」と。それで、そのおじいちゃんは眠れないから話し相手になってほしいって言うんですね。「このまま模範的に過ごして、予定通り出所できれば、孫の運動会に行けるんだ。だからもうここでトラブル起こしたりはしないつもりなんだよ」。そんな話をされました。話を聞き終わった後に、「話を聞いてくれてありがとう」とお礼を言われて。お礼なんて普段言われないから、嬉しかったですね。

話を聞く時が唯一感謝される時、ですか。

A氏:ええ。だから、話を聞くことは時々ありましたね。その人はその後も何回か札を降ろして色々な身の上話を聞かせてくれました。正直、有難かったです。感謝されるのはもちろん、夜中は私にとっても暇な時間が多いっていうのもありますし。もう、ぶっちゃけると、こっちから話かけることもありましたよ、時には。「テレビ何見てんの?」みたいなところから始まって、いろいろ世間話したり。厳密には褒められることじゃないですけど。

たまに話を聞き、見回りして、違反を見つけたら減点を取り、夜が明けて朝の定時が来たらお仕事終了といった流れでしょうか?

A氏:いえ、朝になったら、最後にひと仕事あります。朝の”出室”と呼ばれる仕事ですね。舎房(=受刑者の部屋が入っている建て物のこと)の廊下に受刑者を整列させて、工場まで連れて行きます。昼間は受刑者は工場での労働があるので。ただ、連れていくのが、これまた一苦労です。

何が大変なんでしょうか?

A氏:決められた時間通りに、決められたルートを通って連れていかないといけないのです。中には行動が遅い人もいますし、そんな人は急がせる必要があります。私語も許してはダメ。とにかく、時間を守らないと、他の受刑者グループと鉢合わせする危険性があります。時間が無いからと言って近道するのもダメ。これも他の受刑者グループと鉢合わせする危険性がありますので。

他の受刑者グループと鉢合わせすることの何が危険なんでしょうか?

A氏:例えば、こちらのグループにいるヤクザの人の組と、向こうのグループにいるヤクザの人の組が敵対関係にあった場合、その場で不測の事態が勃発する可能性があります。そういう危険を回避するために、刑務所では、前もって受刑者を調査して、組同士の関係も考慮したうえでグループ分けしているんです。なので、鉢合わせしないよう予定通りに出室させる必要があります。といっても、これは工場の労働を取り仕切る日勤の担当者が進める仕事ですが。私の仕事はそのサポート程度のものです。

出室が完了したら、その日は勤務終了ということですね。

A氏:そういうことです。

次回は、日勤のお話、そして看守の人事について迫ります。