障害者だけの街はユートピアかディストピアか

少し前にXで話題に。
全員が理解がある、周りに気を遣わなくていいとかいろいろ理由はあるんでしょうね。

昨年、話題になったドラマ、デフ・ヴォイス。
日本手話が出来る人は日本手話が出来る人たちだけの街で暮らせば、何も障害を感じないのではと思います。

原作の中で日本手話を使う聴覚障害者の方はコーダは仲間、中途失聴者など日本手話を使わない人は仲間ではないという考え方が出て来ました。あくまでも日本手話という共通言語でのみ繋がるという考え方なんでしょうね。

会社、役所、駅、スーパー、コンビニ、カフェ、ガソリンスタンドなど日常で使う施設の言語が日本手話であれば何も不自由は感じないでしょうね。

最近、モバイルオーダーやタッチパネルで注文する飲食店が増えて来ましたが、手話、筆談などしなくても正確に注文が出来る素晴らしい技術だと思います。人手不足、人件費カットが主な理由でしょうけど結果的に聴覚障害の方には便利になりますよね。

スタバの手話が出来る店舗が話題になっていました。とはいえ手話が出来る店員さんが全ての店舗にいることは事実上無理でしょう。モバイルオーダーが現実的かと思います。でも、日本手話が必ず通じる街がもしあれば…と想像してしまいます。

世の中の仕組み、ルールは多数派に合わせて出来ていて、マイノリティは無視されたり、切り捨てられてりしていることが多いのではと思います。それを「特権」と呼ぶこともあるようです。そもそもルールを作る側にマイノリティ当事者はなかなか入れないのですよね。

ドラマの原作の続編では場面緘黙症の子どもが手話を使えるようになって会話が出来るようになるシーンがあります。日本手話は聴覚障害者のものだけではないということがわかりますね。

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