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短編小説「星」

第1話 人事異動

4月の人事異動で営業部のヒラから経理部の係長になることになった、晴山仁。
(ヒラから昇進はいいとして、経理なんてやったことないぞ、おいおい)
(パワハラか?ちくしょう、僕が何をしたって言うんだ!)
晴山は部下から、
「これ決済お願いします」と言われるも、
「えっと、これは・・何かな?」
「係長、分からないんですか?」
と白い目で見られるし、課長からは、
「晴山君、しっかりしてくれよ、ここの数字間違っているよ」
と叱責されるし。
(どうすればいいんだよ)
ある日、庶務課長から、
「晴山君、顔色悪いよ、病院には早めにね」
と言われるし。

案の定、心身ともに体調を崩した。

第2話 心療内科

考えた末、この地域ではわりと大きい病院に行くことにした。
正確には、心療内科・精神科らしい。

待合室は、これでもかと言うほど混んでいた。
「入院する方へ」という張り紙があった。
(入院病棟もあるのか、入院なんてしたくないよな)
1時間経った。
「晴山ですが、あとどれくらいの待ち時間でしょうか?」
「そうね、あと、えっと、・・・8人だからまだまだ、もうちょっとね」
ニコッと笑う看護師。
(まだまだもうちょっとって、おいおいあと8人かよ)
「晴山さん、診察室にどうぞ」
やっと自分の番になった。
(2時間半待ちだったぞおいおい)

医師。
「どうしました?」
「えっと・・」
(なんて話そうか、変なことを言って入院になったらやだしな)
「そわそわするというか、気分が落ち着かないというか・・」
「食欲はありますか?」
「はい」(あまりないけど)
「睡眠はどれくらいですか?」
「え〜と6、7時間は寝てます」(眠れない時もあるけど)
さらさらとカルテに何やらミミズのような文字を書いている。
「えと、あと、幻聴のようなものが、幻聴か本物かわからないのですが・・・」
「何て聞こえましたか?」
(まさか「死んだほうがいいよ」と聞こえたなんて言えないしなぁ)
「えと、忘れました」

診察が終わり、会計待ちで待合室の長椅子に座っている僕に看護師が近づいて来て、目の前でしゃがみこんで静かに言った。
「晴山さん、先生がね、入院したほうが良いって言ってましたので次回の診察の時に入院の準備をしてきて下さい、用意するものはですね・・」
(おいおい、まじかよ)

第3話 精神病棟

そこには6つのベッドがあった。
(6人部屋か)
下着とか入ったスポーツバッグをベッドの脇に置いて、隣のベッドで本を読んでいるメガネのおじさんに声をかけた。
「よろしくお願いします」
おじさんはメガネを下にずらして、ただニヤリと笑った。
他のベッドには、ラジオのイヤホンをしながらウーウーと唸っている人と、昼間なのに寝ている人がいた。他のベッドに人はいなかった。
(ふぅ、どうなるのかなぁ)

暇なので病棟を歩いてみた。
ナースステーションの手前の場所にでかいテレビとその隣に新聞立て。
長椅子。
その奥には長いテーブルが何個もある広い部屋。何人かのグループが雑談していた。
(この部屋は食事時間には食堂にもなるんだよな)

夜中、目が覚めた。
(変な夢見たなぁ、まだ夜中だよな、寝ないと)

第4話 収縮する宇宙

テレビが報道系番組をやっていた。
「・・・ハッペル宇宙望遠鏡がもう5年も前に宇宙の青方偏移せいほうへんいを観測していたというから驚きです」
「青方偏移とはなんですか?」
「光のドップラー効果のことで、宇宙が収縮してい・・」
「ハイハイ食事の時間ですよ」看護師がリモコンでテレビの電源を切った。

このテレビ番組はなんか様子がおかしかった。
コメンテーターがみんな泣いていた。
(おいおい、お通夜じゃないんだから)
「あと数年で太陽系にも何らかの異常が現れるみたいですが、ここからは宇宙科学研究者の長浜さんに解説していただきま・・」
「ハイハイ食事の時間ですよ」看護師がリモコンでテレビの電源を切った。

今度はちゃんと見ないと。テレビの前に仁王立ちになった。
ベテランっぽい女性アナウンサーが、
「月の公転軌道が地球に近づきつつありますが、何年後に地球に衝突するのかしないのか、ここからは科学部の照井記者に、・・えーここで速報です、ハワイの火山が噴火・・」
「ハイハイ食事の時間ですよ」看護師がリモコンでテレビの電源を切った。

第5話 国連臨時総会

国連の臨時総会が開かれるようだ。
報道はあまりされていないようだったが、
ていうか、最近ずっとテレビを見ていない・・・・・・・・・
(いったい何を話し合うというのだろうか、地球の危機だぞ、おいおい)

「看護師さん、最近のニュース見てますか?」
「いえ、何かした?」
「いえ何でもないですが、地球が滅亡するとかしないとか?」
「地球が滅亡?」笑う看護師。
(なんで笑うんだ?)

第6話 スーパーコンピューターFUJIYAMA

スパコンFUJIYAMA管理室。
「どう思う?これ」
666.6666…
スパコンFUJIYAMAは絶対の精度で数値を弾き出している。
「月が地球に影響を及ぼす距離になるまでの日数の数値だよ」
「気味が悪い数値ですね」
「あと風速300m超え、津波は100m超えになる数値もある。庁の方には約2年と伝えておいてくれ」
「隠蔽ですか?」
「いやいや、噓も方便、クソは大便ってな、ハハハ!」
「・・・先輩、笑えないですよ、そのジョーク」
(笑えないし)

第7話 地球最後の日

(終わるんだ、もう。地球が終わるんだ)
夜中目を覚まし、ふらふらとテレビのある方に歩いた。
(夜だけど、何か番組やってるかな・・)
「・・月の接近で地球が破壊される日が迫って来ました。それから、こちらの映像をご覧ください。水星が太陽の周りを火だるまになって回っているのがわかると思います。まるで灼熱地獄のようです・・」
(おおおおおー)
何も映っていないテレビ。
看護師がリモコンでテレビの電源を切った。

薄暗い病棟、テレビの前。
「看護師さん!いいところなのに何で!」
「晴山さん?戻って寝なさい、うっ!」
看護師の首を絞めていた。
「く、!」
「やめなさい!」
ナースステーションから男性看護師が走って来て腕を押さえた。
「晴山さん、個室行きですよ!」
「個室?上等じゃねえか!人類が滅亡するってのに!」
「何を言っているんだ、来なさい」
男性看護師に引っ張られて個室に入れられた。
(なんだここは!)

「おーい!出せよ!出せってば!人類の滅亡だぞ!地球の終わりだぞ!聞いてんのか!!」

「夜中に歩き回るし、わけの分からないこと言ってるし、あれは重症ね」女性看護師。
「あ、ちょっと新聞を見てから行くわ」
パーッと広げて新聞を覗き込む看護師。

「何も面白いことないわね」
ガシャッ、新聞立てに新聞を戻す。
その新聞の第一面には、

《富士山に噴火の兆候か?》



あとがき

読んでくださりありがとうございます。
オムニバス短編小説4部作「犬」「虫」「花」「星」のうちの第4部「星」です。

表現が難しかったですが、現実と非現実(夢、幻覚)の違いが文章からわかるところがあると思います。楽しんでいただけましたでしょうか?
この4部作の短編小説は全てフィクションです、実在のものとは関係がありません。

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