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短編小説「虫」

第1話 プロローグ

虫達は自然の偉大さを良く知っている。
そして生きる事に対して熱心である。
もしあなたが蟻のような小さな虫だったとしたら、
そよ風は竜巻に思えるし、
小雨は洪水の前の嵐に思えるでしょう。

第2話 トンボ取り

商社マンの柳村健二は、久しぶりの休暇を家族と実家のある山村で過ごしていた。
健二には9歳と7歳の男の子供がいた。
本当はその二人の間にもう一人子供がいるはずだったが、妻の恭子は流産していた。
柳村の実家は農家で、そこは自然に恵まれていた。

夏、暑い夏。
虫あみを持って林を駆け回る子供達。
「お父さん、見て!おっきいトンボ」
虫かごを得意げに見せる子供。
「どれどれ、おおっ、よく捕まえたなぁ。このトンボなんていうか知ってるか?」
「知らない」
「オニヤンマっていうんだ。東京じゃ絶対見られないぞ」
「へぇ~~」
声を合わせる子供。
「お父さんも子供の頃、良く捕まえたんだ。まだいたんだなぁ~」
子供の目になる健二。

東京のマンションに帰ってきた夜。
子供の寝顔を覗き込む健二。
「ぐっすり眠ってるな。そうとう疲れたらしい」
「あなたも疲れたでしょ?休んだら?」
やさしく声をかける妻の恭子。
「そうだな」
ため息をつく健二。

第3話 出張

会社。
会議室。
大柄な高田部長がしゃべっている。
聞き入る柳村健二。
「・・・ということで明日からの交渉は我が社にとって、非常に重要な意味を持つ。この交渉の成功が我が社の未来を決めるといっても過言ではないだろう。明日朝一番の飛行機で、ニューヨークに行ってもらう。いいね、柳村君」
「はい、部長」
答える柳村。
厳しい視線を送る部長。

マンション。
夕食の健二と恭子。
「明日はたいへんだよ。でもこの交渉を成功させると、昇進まちがいない」
ビールを飲みながら、しゃべる健二。
「がんばってね」
うれしそうな恭子。
「あ、もう1つビール出す?」
「いや、もういい。さて、準備でもするか」
「きゃぁ!あなた窓!」
窓を指差す恭子。
窓ガラスに蜂がいる。でかい。スズメ蜂のようだ。
「どこから入ったのかしら」
殺虫スプレーをかけようとする恭子。
「まてまて!」
制止する健二。
ゆっくり窓に近寄り、そっと鍵をはずし、ゆっくりと窓を開けた。
外に飛び出す蜂。

「殺しちゃかわいそうだろ」
「あら、な〜に?珍しく優しいのね」

安心してお互い笑い合う。

第4話 蜂の巣

マンション、朝。
「がんばってね」
「うん」
「ニューヨークから電話入れてね」
「わかった、行ってくる」
見送る恭子。

駅までの道を歩く健二。
通学途中の小学生たちがなにやら騒いでる。
石を投げてる子供もいる。
覗き込む健二。
なんと古い民家の屋根の下あたりに大きなスズメ蜂の巣が見える。

(危ない)
健二は思った。

「おい!やめろ!危ないぞ!」
しかし、すでに遅かった。巣を守ろうと蜂の大群が子供達めがけて襲ってきた。
「うわっ~」
逃げ惑う子供。
「逃げろ!」
子供とスズメ蜂の群れとの間に立ちふさがる健二。
刺されて倒れる健二。
「いて~!くそっ」
近くの主婦があわてて救急車を呼んだ。
救急車のけたたましいサイレン近づいてきて急に静かになった。
「病院へは行かなくていい。たのむ!空港へ行かせてくれ!」
「だめです」
さとす救急隊員。
「だいじな交渉があるんだ。頼む!」
「手当をしてからです」

病院内。
病室で携帯電話をかけようとする健二。
ふと現れた中年看護師。
「だめだめ!ここで使っちゃ!」
睨む健二。
「ダメですからね!」
睨み返す看護師。
時計を見る健二。
(くそっ)
飛行機にはもう間に合わない。
拳を握り締める。そして、うなだれる健二。

第5話 197便

会社。
「おい!もう一度確認しろ!本当にあの飛行機か?」
顔が硬直している高田部長。
「はい、間違いありません」 答える部下。
「なんてこった・・」
臨時ニュースのテレビ画面を見つめる高田部長。
画面には墜落した飛行機が炎を上げている。
もくもくと黒い煙がおどろおどろしい。
早口でちょっと噛み気味のリポーターがジャンボジェットの墜落事故の模様を伝えている。

リポーター。
「今朝、ユナイト航空、成田発ニューヨーク行きボーイング197便はり、えーいったん離陸したものの間も無く墜落、炎上。今懸命な消火活動が行われています。乗員乗客166名の安否は不明とのことです。・・え〜繰り返します」

社員全員がテレビに見入っている。
駆けつける恭子。
高田部長が応対している。
泣き崩れる恭子。

第6話 病院にて

病院。
公衆電話の前。
長々と話している小太りのおばさんの後ろで、顔や首に絆創膏だらけの健二があせっている。
やっとのことで電話にありつき会社に電話する健二。
「ツー・・ツー・・」
電話が繋がらない。

タクシーに乗る健二。
タクシーのラジオが鳴っている。
「なんだろう。事故ですか?」
「お客さん知らないんですか?ジャンボ機が墜落したんですよ」
「ええっ?!」

第7話 会社にて

会社。
慌ただしいオフィスに入る健二。
健二を見てお茶のお盆をひっくり返しそうになる女性社員。
「柳村さん・・!」
驚く女性部下。
部長のところへ行く健二。
なぜか恭子がいる。
泣いている。

「なんでお前、ここに?」
恭子の肩を叩く健二。
部長が驚いて見ている。
「あ、あなた?あなた・・なの?」
不思議そうな恭子の顔。
「何馬鹿な事言ってるんだ。落ち着けよ」
恭子の肩をつかむ健二。

「部長、申し訳ございません」
頭を下げる健二。
「お、おまえ。あれ、あれ?」部長、テレビと健二を交互に指差して驚いている。
「あなた~」
抱きつく恭子。
「部長、飛行機に乗れませんでした。たいへん申し訳ございません」

「お、おおい、おいっ・・おいおい・・良かった。良かったぁ」
「・・・?」
座り込む高田部長。
まだ抱きついている恭子。

健二はテレビの画面をただ静かに見つめていた。



あとがき

読んでくださりありがとうございます。
この短編小説は2000年代初めに、iモードのサイトに公開していたのを加筆修正したものです。
オムニバス短編小説4部作「犬」「虫」「花」「星」のうちの第2部「虫」です。

まるで虫が人を救ったかのような物語ですが、この着想は漫画家の、故)手塚治虫氏の描いた漫画「ミクロイドS」という作品の、とある場面からヒントを得ています。そう人間に助けられたカブト虫が虫の大群から人間たちを体を張って守るシーンです。
あとお気づきの方はいるかと思いますが、ジャンボ機の197便と「行くな」を掛けています。
この4部作の短編小説は全てフィクションです、実在のものとは関係がありません。

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