「奥さんは専業主婦」について考える
年下君とのデートを邪魔される
うだるような暑さの32歳の夏の日。
私は展示会の仕事で大阪に3泊していた。
仕事の後、大阪支店に勤務する新卒2年目、23歳の男の子に私は食事に誘われた。
10歳年下……。可愛いじゃん。
まだ仕事に不慣れなせいか(彼は最後まで慣れることなく数年後に退社した)、IT系の営業マン特有の脂っこさ、過剰なノリの良さ、脊髄反射的になんにでも返事を返すいい加減さを感じない「良い子」だった。
二人でハービスOSAKAのグランドピアノもあるラウンジでゆったりスパークリングを飲んでいたが、頻繁に先輩から電話がかかってくるため、年下君は何度も中座した。
そして、言いにくそうに私に伝えた。
「すんません……。先輩が一緒に飲みたいって、しつこいんでお願いできませんか。ホンマ、すんません」
主犯格は男子A。
パチンコと競馬をこよなく愛し、あくせく働いて得た給料を毎晩安居酒屋で散財し、後輩のアバンチュールを邪魔する無粋な関西人……。
あの会社らしい幼稚さとゴシップ好き全開で、他人のプライベートに土足で乗り込んできた。
でも仕方ない。先輩社員の下僕である年下君のためにひと肌脱いでやるかと思い、ついていくことにした。
案の定、現場は梅田の雑居ビル地下にある大衆居酒屋だった。
「あー。最悪。やっぱり一人で北新地に飲みに行けばよかった」と思いつつも、私は下足箱にハイヒールをつっこみ、座敷に入った。
そこには、さっきまで展示会場にいた営業マンが勢ぞろいし、生ビールを数杯煽った顔はすでに赤くなっていた。
エビちゃんOLファッションに身を包み、若干とうが立ち始めていた私でも、関西営業マン集団は大歓迎してくれた。
というか強引に連れてこられたんだから歓迎されて当たり前だ!
そして、30そこそこにして下っ腹の出た男子Aは年上の女をデートに誘い出した後輩をイジり続けた。
「ほんま、すんません。こいつ(年下君)、さばかんなさんに変なことしませんでした?」
Aは私を気遣うふりをした。
「変なことしてんのは、お前だよ!」とは言い返さず、年下にモテモテのマブい女は、その場ではただただニッコリ微笑んでおいた。
32歳男子の家族構成
「なんでも好きなもの頼んでください」と、油でギトギトのメニュー表を渡され、むしろ何も食べたくはないけど、仕方なくオーダーした冷凍食品感丸出しのから揚げを貪りながら、まだ下っ腹の出てない男子B(ほぼ初対面)が話を切り出した。
「オレの奥さん、スリムで可愛いんすよ。でも、最近、スキンシップを嫌がるんで寂しいっす」
男子Bは、こちらからお願いしていないのにスマホで奥さんの写真を見せてくれた。ほんとに可愛かった。いーじゃん。幸せそうだね。
でもそんなことより私が驚いたのは、同年代だったBさんには、すでに3人の子どもがいて、奥さんが専業主婦だということだ。
「えっ……。私と同じ年収でどうやって生活してんの?」
一応最低限の常識を持ち合わせている私はそんな失礼な発言はしなかったが、気になっていくつか質問してみたところ、以下の回答を得られた。
お子さんが3人もいたら、家事に専念してくれる人がいないと「正しい生活」を維持するのは難しいのかもしれない。
ただ、見通し不透明な世の中、特に親会社ともども衰退し続ける弱小・名ばかりIT企業の前社では、どうあがいても満足いく給料がもらえるとは思えない。
Bさんのように、お子さんがいる家庭には、もっと子ども手当を手厚くするべきだ。3人もお子さんを育ててる人には太っ腹なとこ見せた方がいい。
居酒屋に強制連行され、唯一得られた有益な情報を握りしめ、私は翌日の朝、新大阪からのぞみに乗った。
私の勘違い
私は常日頃、同僚・先輩・上司の三方位から、親会社からの出向者とプロパー社員との格差、給与の低さに関する愚痴を否応なしに聞かされていた。
そもそも、この規模・売上の会社だったら給与水準がこの程度なのは妥当だし、親会社によって作られた人事制度や給与体系に文句いってもどうにもならない。
中には、「出向者とプロパーで出張手当が違うのはおかしい! オレ、役員に直談判したんだ」という革命家まで現れたが、出向者に権力が集中するJTCで、私を含む子会社の小作農が民衆を扇動できるはずもなく、単なる酒の席での話で処理されていたようだ。
そんな様子を見ながら、「給料高くもないけど、こんなもんじゃないの?」と傍観していた私は大きな勘違いをしていたことに気づいた。
私は、Bさんの話を聞くまで、当然会社の男性陣も夫婦二人で稼いでいるのだと思い込んでいたのだ。
Bさん以降、それまで興味なかった周囲の話に耳を傾けるようにしてみると、お子さんのいる家庭の多くで、奥さんが専業主婦だということに気づいた。
まじでか……。Bさんは特殊事例ではなかった。
前社は、30代半ばぐらいで、そこそこ残業して年収500から600万ぐらいだと思うが、私と同じ年収で子ども3人と専業主婦の生活費・教育費、郊外の一戸建てのローン、クルマを維持し続けるのは、なかなかキツいと思われる。
東京でも、家賃や物価がやや安い大阪でも、夫単体の年収ではなく、「世帯年収600万」では、そりゃあ愚痴も言いたくなるだろう。
当時の私は、今と変わらず、夫婦二人暮らしで食い扶持が二つあるので、好きなもの食べて飲んで、たまにブランドのバッグや靴も買って、好き勝手に生きていたので、月のお小遣い25,000円で昼食代もタバコ代も居酒屋代も捻出するお父さんの気持ちは正直わからない。
気持ちはわからんが、居酒屋で愚痴ってても、既得権益を死守しようとする出向者のエラいオッサンに直談判しても現状は打破できないことは理解できる。
改革を推進するならば、以下のいずれかを実践するしかない。
私が男の立場なら、絶対に③を選択する。
先行き不透明な時代の中でも、特に透過度5%ぐらいで、うっすらさえ先が見えなかったあの会社で①はかなり確率が低い。
②にしても、学歴や前職の経験をふまえて、今の場所で妥協した人が多いのであれば転職したからといって飛躍的に給料があがるとは限らない。
より大手に行くか、専門職を活かし異業種に行くか、何かしら飛び級が必要だ。
もちろん、ハンディキャップがあっても、ガッツのある人は転職に成功しているが、失敗する人も少なくない。
③の場合、たしかに、お子さんが小学校に入学する頃に仕事を探し始めてもなかなか正規の仕事は見つからないが、雇用形態が多様化し、労働人口が減っていることを考えれば、5年、10年かけて、旦那さんの7割ぐらい、旦那さん以上に稼ぐことだってできると思う。
まあ、これも能力とタイミングがそろえば、の前提ではあるのだが。
給料が安いと私に愚痴を言ってきた男子のみなさん。
もしこのnoteを読んでいたら、以下を実践してみてください。
「居酒屋で時間つぶしてないで、奥さんを説得して仕事探してもらえ! その代わり、自分の靴下は自分で洗え!!」
とイキってみたものの、現実的には③も難しいのだろう……。
奥さんに朝、夕、子どものお弁当まで作ってもらっていたら、家事能力を向上させる機会はなかなか与えられず、むしろ、年々低下する傾向にある。
誰かに頼り切りだと、家事のマネジメント力を磨くのは難しいと思う。
実家暮らしの女子だって同じだ。
自分の靴下を他人に洗ってもらう「ぬるま湯」から抜け出すより、多少先行き不安でも居酒屋で愚痴を言いながら奥さんに任せていた方がラクなのかもしれない。
それに「外で働く人」と「家を守る人」で役割分担されているからこそ安定稼働しているご家庭だって当然ある。
安易に「奥さん働けばいいじゃん」では済まされないんだろう。
私も男だったらずっと湯につかっているかも。
リスキリングができる人は、リスキリングなんて言われなくても常にアップデートしている。
専業主婦の悩みも、専業主婦の奥さんをもつ男子の不安も、子育ての現実も、私は知らない。フラフラ生きている人間の戯言だ。
なお、あくまでも私の偏見ではあるが、特に関西の家庭に専業主婦が多いように感じた。
イタリア人が「マンマ、マンマ、マンマ、マンマ」言っているように、
関西人も「おかん、おかん、おかん、おかん」言うてはるので、おかんにはいつも家にいてほしいんとちゃいますか?
あくまでも偏見。
でも、関西人はおかん好きだよね。
柔道整復師への道
ハービスOSAKAでのデートが未遂に終わった年下君だが、翌年の大阪出張時に食事をした。
普段、まともなものを食べていないようなので、年上の優位性を振りかざし、鮨だか、鰻だか、天ぷらだか、なんかまともなメシをおごった。
子どもっぽい先輩にも、やんわりとではあるが絶対に断れないように残業を強制する上司にも、わがままなお客さんにも辟易しており、
「全然仕事が楽しくないんっす。ボク、ほんとは柔道整復師になって、お客さんを癒したいんです」
とありがちな未来構想を語っていた。
「お客さんを癒したい」
そのセリフ、来年には、
「自分が癒されたい」
に変わってると思う。
私はそれまで可愛い年下君だった彼への関心が急降下し、ハッキリ言うとバカバカしくなり、
「がんばんなよー」とペラペラの話をして、会食を打ち切り、東京に帰った。
それから1-2年後、年下君から退職のメールが届いた。
「これからは、まったく違う業界にいきます」
と書いてあった気がするが、この人はどこに行っても苦労しそうだなとぼんやり考えてメールをゴミ箱に入れた。
いつか、近い将来。
私が大阪出張時に、急に腰痛が悪化し、通りがかりの整体に入ったら、あの時の年下君がいた!
……。なんてことは絶対ないな。
残業しても、先輩の機嫌とっても、行きたくない三次会につきあっても、仕事は面白くならず、士気向上の口実で連日連れ出される安居酒屋での散財のせいで、実家暮らしにも関わらず貯金ができないと嘆いていたが、それらすべての煩わしいことから解放されたのだろうか。
とにかく、会社員でも、柔道整復師でも、無職でも、奥さんにも働いてもらうことが重要だ。
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