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同じ目


もう20年以上前、私が一人暮らしをして少しした頃のことです。仕事場のバイトの子(高校生、大学生)たちが20人くらい遊びに来ました。その他、40代前半のパートのYさんとその小2くらいのひとり娘、K子ちゃんもいました。今日はそのK子ちゃんの話をしたいと思います。

Yさんはシングルマザーで、お見合いで知り合ったという元夫は有名デパート勤務でお金持ちだけれどひどいマザコンだったそうです。Yさんはとても40代には見えず、かなり老けて見え、化粧もしなければ髪もぼさぼさでした(授業参観に行くと、クラスの子から「K子ちゃんのおばあちゃん?」と訊かれることもあったそうです)。そしてよくK子ちゃんが具合が悪いという理由で頻繁に欠勤をしていました。私は勤務時間帯がYさんと重なっており、ほぼ昼食や休憩時間が一緒でしたのでよく話しましたが、どこか変わった人だなという感じが初めからしていました。一見、温和そうに見え、皆とのお喋りにも合わせてはいましたが、びっくりするような言動もし、皆がどう反応していいか困るといった場面も多々ありました。そして娘のK子ちゃんを大事にしている、心配だといった発言が、うちの母と私の子供時代を彷彿とさせ、ああ、Yさんはきっと過干渉親なんだろうなと気づきました。

例えば......
1)信号のない横断歩道は危険だから必ずYさんと一緒に渡らなくてはいけない。学校から学童まで、遠回りでも信号のある横断歩道のある道を通るように言い聞かせている。
2)お菓子の箱やパッケージは必ずYさんが開けてあげる。K子ちゃんの力じゃ開けられないから。

他のパートさんはこのような話を聞いて「今の子は甘やかされてるねぇ」と言っていたけれども、過保護と言うより過干渉な気が私はしました。そして少しでも言いつけを守らないと昔の私のように叱責されているのではないかと......。

ある日仕事が終わり、仕事場(大型の小売業です)の外に出るとYさんと女の子がいて、Yさんが子供に何かずっと言っていました。何を言っているのか分かりませんでしたが、私に気づくと子供はYさんの後ろにすぐさまに回り、Yさんのスカートにしがみついていました。あ、この子がK子ちゃんか、と思っているとYさんはニコニコしながら「K子~!これはお母さんが仲良くしてるミホちゃん(私)だから怖くないのに、もう、この子ったら人見知りで困っちゃうわぁ......」とーー私はあの時スカートの横からチラッとこちらを見たK子ちゃんの目がいまだに忘れられません。ただ様子をうかがっているだけではない、かつて私もきっとしてたはずの目つき。あの目に見つめられて、とてもきつかったです。私はまだ22歳でしたが、K子ちゃんの置かれた状況のみならず行く末までが見えるような気がしてしまいました。私はそれでも「こんにちは」とK子ちゃんに呼びかけましたが無反応。それを見てYさんは「この子本当、人見知りで......」と繰り返していました。小さい子供ゆえの人見知りも確かにあったでしょうが、彼女は助けを求めるでもなく、何も信じるでもなく、何も分からないといった瞳、表情でした。

いつものように仕事場で5、6人で休憩をしているときのことです。Yさんがファーストフード店の袋を持ってやって来ました。そして席について袋を覗くなりいきなり立ち上がり「何これ、私が頼んだのはハンバーガー!チーズバーガーじゃない!ふざけるなって文句言ってくるっ!!」と怒り顔で早口でまくし立て、走って食堂を出て行きました。皆は普段はおとなしいYさんの言動にびっくりしつつも「余程チーズが嫌だったんだねぇ」と軽く流していました。一方私は「ああ、やっぱり母にそっくりだ......」と思ってとても嫌な気分になりました。

そして......うちにみんなが遊びに来た時、K子ちゃんはやはり虐待を受けているのでは?と感じた事件が起こりました。子供はK子ちゃんだけでしたので、退屈しないようにと皆が気を使いましたが、K子ちゃんは誰が話しかけても全く目を合わせず、答えもしません。ただYさんの後ろに隠れ、服を引っ張るだけ。用意したお菓子を手渡しても受け取らないので困っていると、Yさんが「この子、人から何かもらっても受け取らないの。だからいつも私がもらってから手渡してるの」と。私がYさんにお菓子を渡すとYさんが包みを開け、K子ちゃんに差し出すとようやく食べ始めました(と言ってもすぐに食べるのをやめ、つまらなさそうな顔をしていましたが)。

ここまでならまぁ、過保護な親だなぁ、でもこの子は極端に恥ずかしがりやで精神的に幼いだけかも知れないな、私の気にしすぎだと思ったかも分かりません。ですが......。

バイトの子たちが、K子ちゃんと遊ぼうと私の部屋にあったぬいぐるみを持って話しかけました。「クマのクーさんです、一緒に遊びましょ」などと。K子ちゃんにも好きなのを選んでもらおうと2つぬいぐるみを彼女の前に置きましたが、一向に手に取る気配はなく、何度、誰が遊ぼうと誘っても全然応えてくれません。それをそばで見ていたYさん、ほら、とぬいぐるみを取ってK子ちゃんに渡すと、なんとK子ちゃんはぬいぐるみをわしづかみにして、もう1つのぬいぐるみを叩き始めたのです。一同唖然としてしましました。もちろん私も。誰かが「ウマさん、痛い痛いって言ってるよ~」と声を掛けても耳に入ってないようで構わず叩き続けました。それを見てYさんは平然と「この子、いっつもこうなのよね~」とニコニコしながら言っていました。

いじめを受けている子、虐待されている子は自分がされている、されたことを他の場所で再現することがあることが知られていますが、まさか目の当たりにするとは......。

K子ちゃんが今どうしているのか全く分かりませんが、現在は30歳くらいのはずです。一体どういう人生を送ってきたのか、送っているのか......。ひょっとしたら彼女も自分の体験を発信しているかもしれませんし、それとも............。