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雷雨の翌日にわたしは生まれた(仮)<173>

Sissi Is A Punk Rocker

疲れていたからか、バーから戻ってシャワーを浴びてすぐに眠ってしまったようだ。カーテンの隙間から柔らかな光が射している。天気予報通り今日は晴れだ。午後にはカーニバルが楽しめるだろう。

曲がりくねった狭い山道をバスは上っていく。これはちょっと怖い。落ちたらひとたまりもない断崖絶壁、スリル満点だ。

16世紀にフランスの海賊から逃れるために修道女たちが隠れ住んだ村だの、マデイラ最高峰の1800メートル超の山だのを見学するけれどなんだかボーっとしてガイドさんや土田さんの説明がちっとも頭に入ってこない。ああ、本土に戻りたい。ポルトやリスボンの街を歩きたい。見たことのない植物や色とりどりの花だけが今、私を癒してくれる。

ホテルのあるフンシャル市内に戻ると沢山のリゾート客で賑わっている。聞こえてくるのは主に英語。やはり私は寂しい場所よりこんな、人が沢山いるところが好きだ。

常春の島、マデイラ。カラッとして年間平均気温22度、ほぼ年中半袖で過ごせるくらいの気候。いいね。けれどやっぱり本土が懐かしい。まだ半日と少しくらいしか経ってないというのに既にホームシックに罹っている。ポルトの曇天、時々雨、そして晴天、ナザレの浜辺、サン・ヴィセンテ岬の青い空と海……あれは夢だったの?昨晩ホテルのバーで出会ったリカルドも今頃、故郷のアヴェイロの運河を懐かしく思っていたりするのかしら。

ブーゲンビリアの鮮やかな赤紫色が眩しい。花びらに見えるのは実は葉っぱなのだという。ああ、サン・ヴィセンテ岬の岩場に咲いていたマツバギクもこんな色をしていたっけ。やっぱり帰りたい。あの場所に。

赤い色のハイビスカスも満開だ。落ちている花を拾って髪にくくり付け、この島で最古の教会の名を冠したサンタ・カタリナ公園を散策する。まるで子供の頃に行った植物園の温室みたいだ。

園内には沢山の像がある。エンリケ航海王子に、あと誰だか分からない人たち……。
「こちらはオーストリア皇后、エリーザベトです」

ああ、シシィ(皇后の愛称)!あなたはヨーロッパ一と称されるほどの美貌を持ち、皇帝に愛され、自由を愛し市民にも愛されていたのに窮屈で退屈な宮廷を嫌い、子供をウィーンに残してあちこち旅ばかりして、ここ、マデイラ島にも訪れたというのは知っていたけれど……。私は庶民も庶民、最下層の仕事をしている身。やんごとなき人たちの気持ちなんか分からないといいたいところだけれども、私はなんとなくあなたとはいいお友達になれそうな気がするの、気がします。自由を愛しているところだけがあなたとの共通点だけれど、それで充分な気がしませんか?

♪私はジョージアにもカルフォルニアにも行った……行けるところはどこでも行った……ニースにもギリシャにも…….ヨットでシャンペンを飲んで、モンテカルロではジーン・ハーロウのように振舞って……沢山の男に愛され、女が見ちゃいけないような世界も沢山見たしパラダイスにも行ったけれど私は自分自身には出会えなかったのよ……….

ああ、シシィ!あなたにこの曲、シャーリーンの『愛はかげろうのように』を聴かせたい。きっと気に入るはず…….
シャーリーンも私も自由を得るために大きな代償を払ったけれどシシィ、あなたはどう思って生きていた?私は自由になるために沢山のものを犠牲にしてきたし、これからもするだろうけれど、今後後悔するかどうかはまだ分からないのよ。私は今、一番人生で楽しい時を過ごしているのだけれど、これがパラダイスってやつなのかしら。パラダイス、ってドイツ語でなんて言ったかなーーポルトガル語ではパライソ!そう、私は今、人生のパライソにいるの。この時間が永遠に続けばいい。あなたが嫌っていたウィーン、私は好き。たった一度訪れただけれど。今度ウィーンを訪れたらあなたが眠っている教会に行きます。レマン湖の畔でイタリア人の自称アナーキストに「高貴な身分の奴なら誰でもよかった」と暗殺されてしまったあなた……本当に皮肉なものです。あなたは宮廷生活などは肌に合わず、自由を愛し、お気に入りの女官だけをお供にウィーンの街の店の売り子に気さくに声を掛け、庶民の声にも熱心に耳を傾けたそうですね。こんなことを言っては不敬罪に当たるかも知れませんがーーシシィ、あなたはパンクです。外交官の息子として生まれ「白人にも不満はあるんだ!」と訴えたジョー・ストラマーとあなたは同じ匂いがするんです。ああ、シシィ!あなたに'Should I Stay or Should I Go’も聴かせたいーーあなたはきっと「私は行くわ」と言うんでしょうね…….。