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5年前 <20>

術後半年くらいかな?ようやくゴム掛けが終了し、晴れて普通の食事が取れるように……はならなかった。矯正装置がまだ入ってるからね。口は
段々と開けられるようになったけど、やっぱり麻痺が残ってる。少しはマシになったというか、麻痺してる範囲は狭くなったけど顎周りや口内は変わらず感覚が鈍かったりビリビリしてる。顔の腫れは傍から見たら「この人、顔腫れてるわ」って分からないレベルだけど、この顔と40年間付き合ってる本人からしたら「あ~、腫れてるっていうか、なんていうか弛んだよなぁ」って気になってしまう。特に右側の頬だけが膨らんでて。レントゲンでも右側の骨がちょっと出っ張ってるのが分かる。翌年1月のプレートとネジを摘出する手術の時気になるなら頬骨を削ろうかということになった。

秋頃には約2年付けていた矯正装置が外れ、食事と歯磨きの時以外はリテーナー(取り外し出来るやつね)をはめることになった。これを付けてないと後戻りしたり、せっかく治した歯が動いてしまうのだ。

矯正装置が外れたとはいえ、まだ硬いものは食べられない。骨がちゃんとくっつくまでは禁止。
いや~、この治療+手術、本当に地味にキツいわ。メンタルが弱ってる時には挫折するかも知れない。とはいえ、私はその間がんの手術をするわ、色んなことが起きるわで決してメンタルが強かったわけでもない。けどゴールはもうすぐってとこまで来ることが出来た。私、偉い。

本手術の1年後にプレートを抜く手術をするために入院した。1年前にお世話になった看護師さんに
「あら、南さん!お顔、綺麗になりましたね」と言われた。あの時はめちゃ顔腫れてたからねぇ。しかし弛みが気になるわ~。

入院初日は麻酔医と事前確認、レントゲン、外来。久しぶりに執刀医の渡部先生に会う。
「明日、よろしくお願いします」
「どうしましょう?右の骨はちょっと削りますけど、オトガイはやりますか?」
オトガイってのは顎の先の部分ね。ここの骨を切って顎を出したり引っ込めたり出来るのだが……。これはもはや美容整形に近いんだけど、顎変形症の手術が適用される人はオマケというか、保険で手術出来る。ここをいじるべきなのか、どうなのか迷うところ。オトガイを切ると新たに麻痺が出てくる確率が上がるし、入院も長引く。変な話、私は顔の形を変えたくてこの手術に踏み切ったわけではない。だから出来ればいじりたくはない。いじる必要もない。
「オトガイはやめておきます」
「そうですか。分かりました。では明日は午後からの手術なのでそれまでゆっくりなさって下さい」

重湯や葛湯やかぼちゃのスープばかりだった本手術後と違って、軟らかめの普通食が出た。この病院の入院食は美味しいと評判で、しかも食べることに支障がない人は2種類のメニューから選べる。まるで機内食のようだけど私は選べないというね。

うーん、暇だ。この暇っぷりも久しぶりだなぁ。本を読んで売店に行って、ラウンジで日向ぼっこするくらいしかやることがない。

どうやらぐっすり眠れたようで気が付くと朝になっていた。で、手術まで、15時までが長い長い。絶食だから朝からご飯も食べられないしさ。え、次のご飯は明日の朝!?そう思うと腹減って死にそうだ。

手術30分前、トイレを済ませてから前日に売店で買っておいた十字帯を穿いてベッドの上で本を読みながら呼ばれるのを待つ。
「南さん。準備出来ましたか?」
「はい」
1年ぶりの手術室まで歩く。
お名前を仰って下さい、今日は何の手術ですか?と例の確認後、手術室に入りルームシューズを脱ごうとすると
「この履物可愛いですね」とスタッフに言われた。
「ありがとうございます。ちょうどニトリで安売りしてて」
ニトリとか安売りとかわざわざ言わなくてもいいのにね、私!

硬く冷たい手術台に横たわり、天井を見つめている。あれ、1年前よりなんかゆったりとした時間が流れている?そのせいか、なんか頭に色々と浮かんできてしまう。日頃の憂いとか……。
「今から点滴入れますね、あれ、この傷どうしました?」
腕の赤い傷痕を見てスタッフが言った。
「ああ、それ、夏に蚊に刺されて引っ搔いちゃったんですよね。私、傷跡が残りやすいみたいで。なんなら去年の点滴の痕まで残ってますよ」
「南さんは色白だから……色白、羨ましいですよ。私なんか浅黒いから……」
考え事をしながらボーっとしてるといつか行ったどこかの風景が見える。確かに見える。ああ、ここはどこだったっけ?そうだ、ここはヴェネツィアだーーゴンドラに揺られながらしばしの眠りについた。