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重男とポン太 寝室編

<前回までのあらすじ> 弱ったスズメの雛を保護した重男。定年退職後、細々と運営する民宿業の傍ら、スズメをポン太と名付け甲斐甲斐しく世話をやいていた。


「ポ、ポン太っ。」

胸のあたりがキューっとした感じがして

重男は目を覚ましてしまった。

また、あの夢だ。

あの日の夢をみるのは、二回目だ。

時計に目をやると、まだ明け方の3時だった。

少しばかり起きるには早い。

ポン太にエサをやるために

毎日早く起きていた。

しかし、重男はもうその必要もないことを思い出し

もう一眠りしようと目を閉じた。

黄色いクチバシを大きく開けてエサをねだるポン太。

重男の指にとまるポン太の細い足の感触。

柔らかな羽をフワフワと膨らまして羽繕いする様子。

肩に来てチュチュチュ鳴くポン太の声。

脳裏にポン太の姿がまざまざと浮かんできた。

「これで良かったんだ。」

重男は満足だった。

ポン太がまだ傍にいるようで

思い出すと自然に微笑んでいる。

次女の美緒子には

「お父さん、また背中が小さくなった。」

と心配されている。

でも、重男はとても満足だった。

ポン太は重男の目標どおり

巣立ったのだった。

野生に戻れるか

仲間のもとに戻れるか

ちゃんと飛べるか

エサは自分でとれるのか

重男はさんざん心配したが

あっけないほどあっさりと

ポン太は外に環境に馴染んで

チュンチュン飛んでいった。


スズメの成長は早かった。

ものの1週間で羽はしっかりとしてきて

すっかり元気になった。

エサも自分でついばむようになった。

そして、スズメはたくましかった。

重男がケージを外に持っていき

ケージの入り口を開けた当初こそ

ポン太は出ようか出まいか

物怖じしたような表情を見せていたが

木々や草の匂いが感じられる春の風が吹くと

ケージの外へチョンチョンっと跳ねて

飛び出して行った。

ポン太が、はじめて外で羽ばたいた。

おぼつかないながらも

パタパタとその小さな翼を羽ばたかせ

飛び立とうとしている。

重男を手に汗かいて見守ることしかできない。

「どうか、いつもこの辺にいる

スズメの群れに仲間に入れて貰えますように。」

重男は気づけば心の中で祈ってさえいた。

もう一度、風が吹いた拍子に

ポン太は近くの木の低い枝まで

飛んでいくことができた。

まだ、木の枝から

重男のことを見ているような気がする。

「ポン太、おめでとう。」

重男はポン太がスズメとして

野生の生活にかえっていくのが嬉しかった。

この先、食いっぱぐれなく生きていけるか

心配といえば心配だが

ここまで持ち堪えた生命力のあるポン太のことだ。

きっと生きていけるに違いない。

重男はそう確信した。

いつまでも

外でポン太を見守っていたかったが

重男は意を決して踵を返した。

このケージも捨ててしまおう。

もうポン太は戻ってこないのだから。

重男は振り切るように

ケージを外のゴミ置き場に起き

自転車にまたがった。

なんだか家にいる気分にはなれなかった。

風をきって自転車をこいで

頬に冷たい風を感じたかった。


使命遂行じゃないか。

目標達成じゃないか。

無事にポン太を自然に返せたじゃないか。

なのに、

なんで俺は

なんで俺は

もうポン太に会いたいのだろう。

重男は、ポン太を愛しんだ自分に

可笑しくなり

笑ってしまった。

笑ったはず、なのに

シワに刻まれた重男の目尻には

うっすらと涙が光っていた。



つづく。







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