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全国自然博物館の旅⑯佐野市葛生化石館

単弓類たんきゅうるいイノストランケヴィアの骨格を見られる博物館がある」と聞いて「よっしゃ、見に行こう!」と意気込むのは、相当な古生物マニアです。お察しの通り、今回の訪ねる博物館は大衆向けというより、(もちろん子供たちへの学術教育も実施されていますが)結構ヘビーなオタク向けの展示施設です。
ただ、そういった地方博物館が世界的な大発見をしていることも多々あります。ネームバリューだけで施設を値踏みするのではなく、化石に精通したマニアの声も参考にして、地方にも素晴らしい学術基地あることを知っていただけたら幸いです。


地方博物館の大いなる研究実績

化石マニアが訪ねる博物館は、コアの展示も多く見られ、そのぶん思わぬ分野にて大発見や画期的な研究成果をあげていることが多いです。古生物学を好きな人が訪れれば、オタク魂の高ぶりを抑えることができなくなるでしょう。
筆者もその1人であり、知る人ぞ知る化石の名産地・栃木県佐野市の葛生地域に行って参りました。

東京都民の方は、東武鉄道の特急に乗って館林まで行って、そこから佐野線で葛生駅に向かいましょう。化石館は佐野市立葛生図書館の隣にあり、駅から川沿いを歩いて行けば10分足らずで着きます。

最寄り駅は東武鉄道の葛生駅。化石館まで徒歩10分ほどであり、近隣県にお住まいの方なら電車で来訪するのも大いにありです。
駅のすぐ近くに案内板がありますので、迷うことはないと思います。川沿いをゆっくり歩いて進みましょう。

化石館の近くには、「まちの駅」こと葛の里壱番館があります。飲食店や物産展が入った商業施設となっており、観覧前後の休憩や買い物に最適です。駐車場もあり、なおかつ123号線に面していますので、自家用車で化石館に来た人も立ち寄りやすいです。

葛の里壱番館の看板。掲示板には、化石館のフライヤーも貼られています。
施設には物産店も入っているので、葛生の幸をおいしく味わいましょう。

佐野市と言えば、佐野ラーメンとイモフライが有名です。そして、(マニアの間では)化石の宝庫としても名が通っています。
葛生地域には、日本有数の石灰岩の鉱床があります。古生代ペルム紀に古太平洋の真ん中に位置していた海底火山の上に、サンゴ礁や貝類などが堆積して石灰岩となったのです。それゆえ海洋生物化石が豊富に産出しており、学術上重要な発見が数多く成し遂げられています。

さらに、ペルム紀だけでなく、後代の生物化石も葛生地域の大地から出土しています。
石灰岩は水に侵食されやすいので、年月を経れば、石灰石鉱床に裂け目や洞窟ができます。そこに動物の骨や死骸などが雨水や土砂と一緒に流れ込み、化石として保存されるのです。ですので、葛生では新生代の哺乳類も多数見つかっています。
貴重石灰岩の採掘が大発見につながり、古生物学を大きく発展させたのです。その歴史的背景と太古の葛生の生命について、化石館で詳しく学ぶことができます。

葛の里壱番館から徒歩3分弱で化石館に着きます。前身は郷土資料館でしたが、2005年より古生物学・地質学系の自然博物館として生まれ変わりました。

葛の里壱番館のすぐ近くに化石館が見えていますので、そのまま歩いていきましょう。展示施設は佐野市葛生文化センターの1階に位置しています。

本館はただの地方博物館ではなく、学術施設としてかなりの実績があり、数々の古生物の新種記載を成し遂げておられます。その事実を聞くだけでも、化石マニアは行ってみたくなるはず。
今はちょっとだけ古生物に関心のある方も、ぜひ本館を訪れてオタクの道へ走っていただきたいと思います(笑)。

化石館のエントランス。クリスマス仕様におめかしされた可愛いティラノサウルスがいます。ただ、本館の展示にティラノサウルスは登場しません!

化石マニア大興奮! 葛生の大地より現れし生命!!

古生代のマイナー生物たちを網羅的に学習

展示室に入った途端、いきなり新種が出てきます。2枚の殻を持つ、腕足動物と呼ばれる海洋生物の古代種です。
普通の博物館ならスルーされがちな小型無脊椎動物ですが、マニアにとっては恐竜と同じくらい興味深いです。栃木県の誇る発見を、しかと目に焼きつけましょう。

2018年に記載された日本産種、レウロシナ・カタスミエンシス。種小名は発見地の片角かたすみにちなんでいます。
メトリオレピス・クズウエンシス。地名からわかるように、葛生にて発見された腕足動物です。

葛生地域に広がっている地層は、約2億6000万年前(古生代ペルム紀)のものです。貴重な葛生の石灰岩のもとになった生命の姿を、本館の展示で詳細に見ることができます。
古生代の生き物で石灰質の殻を持っているものと言えば、古生物マニアにはお馴染みのフズリナです。紡錘虫ぼうすいちゅうと呼ばれる、大型の有孔虫の仲間です。

パラフズリナの20倍拡大模型。実物は全面が殻に覆われていますが、本展示では内部の構造を理解しやすいように断面がカットされています。
佐野市で発掘されたフズリナ類。生息年代は石炭紀からペルム紀であり、彼らの化石は地層の時代を特定する指標となります。
多数のフズリナ類が岩の表面に確認できます。ペルム紀の佐野市の海には、無数のフズリナが生きていたのです。

ペルム紀の海の生物相は現代とは大きく違っていましたが、共通している部分もありました。現代にも生きているサンゴやウミユリといった海洋生物たちも、葛生の石灰岩を構成しています。ウミユリの仲間は今でこそ100 m以深の海域に棲んでいますが、ペルム紀では浅い海にも分布していたと思われます。

佐野市産のサンゴの化石(標本の白い部分)。サンゴはクラゲと同じ刺胞動物に分類されます。
現生ウミユリの液浸標本。この展示の効果により、来館者は太古のウミユリの姿を正確にイメージできます。
佐野市で発見されたウミユリの化石。この標本には触ることが可能です。2億6000万年前の生命にタッチしてみましょう。

貝類、ウミユリ、フズリナ、サンゴーー多種多様な生物が葛生地域の石灰岩の中に眠っています。当時の生物資源量はとても豊かであったと思われ、色とりどりの生き物が海にあふれていたことでしょう。

地元の小学生が作成した、ペルムの海のジオラマ。様々な素材でウミユリやフズリナが復元されています。化石に色は残りませんから、もしかするとカラフルなウミユリがいたもしれませんよ。

ペルム紀には、地上にも生命があふれていました。素晴らしいことに本館では、ペルム紀の陸上生態系の上位に立っていた単弓類イノストランケヴィアの複製全身骨格を拝めます。
日本でイノストランケヴィアの骨格を見ることができる施設は、とても少ない(本館以外では皆無?)と思われます。単弓類版のサーベルタイガーと称される勇姿を、ぜひご覧ください。また、イノストランケヴィアの餌食になっていたと思われる爬虫類スクトサウルスも同じ区画に展示されています。

単弓類イノストランケヴィアの全身骨格模型。私たち哺乳類の祖先に近縁な動物です。ペルム紀中期の陸上生態系において、恐ろしい捕食者でした。
イノストランケヴィアの頭骨。サーベルタイガーのように長大な牙が特徴的で、パイレアサウルス類などの当時の大型動物を捕食していました。
ペルム紀の爬虫類スクトサウルスの復元骨格模型。化石はロシアから発見されており、同時代・同地域に生きるイノストランケヴィアが天敵でした。

そして、古生代から中生代前期までの年代的な指標となる化石と言えば、古生物ファンの皆様がよくご存じのコノドント器官です。原始的な脊椎動物の歯の化石であり、世界中で発見されています。コノドント器官は種類によって形態が違っており、地層の年代を絞り込むてがかりとなります。
本館では、佐野市で見つかったコノドント器官の化石展示があります。加えて、拡大模型も数多く製作されており、コノドント器官の形状を視覚的な側面からわかりやすく解説してくれています。

佐野市の地層から出土したコノドントの化石。原始脊椎動物の歯であると考えられています。非常に小さいので、標本の展示にルーペは必須です。
コノドント器官の100倍拡大模型。同じ種類でも、口の中の位置によって、歯の形状は異なっているのです。

本館には恐竜はいませんが、中生代の脊椎動物化石が展示されています。印象に残るのは、中国産の海棲爬虫類ユンギサウルスでしょう。著名なプレシオサウルスなどの首長竜とは異なり、鰭竜類きりゅうるいというグループに属しています。脊椎動物においても、マニアックな生き物が次々と現れるので、オタク魂はどんどん熱く燃えてきます。

鰭竜類ユンギサウルスの複製全身骨格。本種は全身が保存されており、奇跡に等しいケースと言えます。
壁側には、可愛らしいユンギサウルスのジオラマがあります。海中の状況を綿で再現しているのが素晴らしいと思います。

新生代の栃木県は大動物王国だった!

後半の展示は、時代が一気に進みます。メイン展示は哺乳類であり、当地における新生代の古生物について紹介してくれます。

2つめの展示室。アケボノゾウなどの大型哺乳類が出迎えてくれます。

先に述べましたように、葛生地域では新生代の動物化石が豊富に発見されています。石灰岩の洞窟に流れ込んできた動物の骨が堆積し、長い年月をかけて化石となったのです。これら葛生の様々な動物化石のグループは「葛生動物化石群」と呼ばれています。

葛生町で出土した動物化石の群塊。ニホンジカの角などが保存されたブロックです。
葛生動物化石群に関するキャプション。当該地域で豊富な動物化石が産出するメカニズムについて、図を用いてわかりやすく解説してくれています。

日本の哺乳類の大きさなんてたかが知れていると思われるかもしれませんが、古代ともなれば事情が違います。大昔の栃木県には、ゾウやサイやバイソンが棲んでいました。とても日本とは思えないような、大型動物たちの楽園が、確かにこの地には存在したのです。

トウヨウゾウ(ステゴドン類)の歯と顎。この種類のゾウの化石は、日本各地で発見されています。
バイソンの仲間の上腕骨。北日本や西日本でも化石の発見報告があり、古代には日本中にバイソンが生息していたと考えられます。

そして、佐野市が誇る哺乳類化石こそ、ニッポンサイの幼体の骨格標本です。石灰岩採掘場より出土し、ほぼ完全な全身の骨が発見されました。極めて貴重な標本であることから、佐野市の文化財に指定されています。

佐野市産のニッポンサイの復元骨格模型。サイの仲間は世界中に広く分布していましたが、氷河期になると多くの種類が絶滅しました。
佐野市産ニッポンサイの復元模型。この個体は、若くして命を落とし、地面の割れ目の中で化石になりました。

次の展示室では、新生代後期の栃木県の古環境について、より詳しく解説されています。当時の多様な動物たちの化石が展示されており、その中には現生種にも通じる種類もいます。
更新世の栃木県ーー森の中では、お馴染みのシカやイノシシが植物を啄み、彼らをトラが虎視眈々と狙っていました。草原ではバイソンが群れを成し、オオカミに警戒しながら暮らしていたことでしょう。

栃木県で発見されたトラの足の骨。当時のシカやイノシシにとっては、大きな脅威だったことでしょう。
トラだけでなく、タイリクオオカミの骨格も発見されています。更新世の栃木県は、現代のユーラシア大陸にも負けない大動物王国だったのです。

日本の古代の哺乳類として代表的な動物と言えば、やはりナウマンゾウやオオツノジカです。葛生地域では約50万年~約5万年前(更新世)の哺乳類化石が出土しており、その中にはナウマンゾウも含まれています。

最後の展示室を飾るのは、日本の大型古代哺乳類。同エリアには現生動物の剥製標本の展示もあります。

葛生産の骨格は小型のメス2体分のもので、どちらもナウマンゾウの骨格としては世界最小クラスです。地面から肩までの高さは150 cm程度と推測され、バイソンよりも小さかったと思われます。
貴重な「世界最小のナウマンゾウ」。極めて興味深い標本ですので、ぜひ来館して葛生地域の宝をじっくりとご覧ください。

世界最小のナウマンゾウの歯の化石。小さいと言っても決して子供ではなく、40歳ほどのメスだったと考えられています。
葛生産ナウマンゾウの歯や顎は、同種と比べてかなり小さいものでした。ただ、小さいと言ってもゾウの中での話であり、他の生き物と比べると圧倒的に大きいです。
実はナウマンゾウそのものが、ゾウとしてはあまり大きな方ではありません。展示室の全身骨格も、肩高は180 cm程度です。

ペルム紀だけでなく、新生代の化石標本も魅力的な葛生地域。これほどコアな化石があふれ、マニアを熱狂させられるのは地方博物館だからこそできる技だと思います。今後も当地ではたくさんの化石が見つかり続け、次なる新種が記載される可能性も高いでしょう。
純粋な化石マニアの1人として、これからも佐野市葛生化石館には着目し続けていきたいと思います。

本館の最後を飾るのは、現生動物の剥製標本です。更新世から血を次ぐ生命が、今の栃木に生き続けています。

剥製と骨格の対比展示。外見上の特徴・骨の特徴を合わせて視覚的に学べるチャンスです。
ポージングの決まった剥製標本はかっこいいですね。特に肉食動物は凛々しく、芸術の域に達していると思います。

佐野市葛生化石館 総合レビュー

所在地:栃木県佐野市葛生東1-11-15

強み:フズリナやコノドントなどの一般に馴染みの薄い古生物に関する仔細な展示解説、葛生地域で産出した化石研究の知見と数多くの世界的研究実績、イノストランケヴィアやニッポンサイなどマニア垂涎の骨格展示のラインナップ

アクセス面:スムーズに栃木観光を楽しむのなら、車で行くのがベスト! ですが、化石館は東武鉄道の葛生駅からとても近いため、目的地が本館だけなら電車でも十分日帰り旅が可能です。赤城方面への特急に載って館林駅へ→東武佐野線に乗り換え葛生駅へ、という手筈で行けば、東京からでも片道2時間以内で化石館に到着できると思います。

先述の通り、マイナーな古生物の展示が多く、一般層よりも化石オタク向けの博物館です(オタクとは、マイナーでマニアックな古生物ほど強く求める人種なのです)。ペルム紀の生き物を中心とした濃密な展示が特徴であり、あまりスポットの当たることのない古生物たちを詳しく学べる絶好の機会です! また、当地の古環境について深く知ることができるのも地方博物館ならではの強みと言えます。
一般の恐竜ファンからガチな古生物オタクへの階段を登りたい人にも、強くオススメしたい学術施設です。フズリナやコノドントといった、有名博物館で一般来館者からスルーされがちな古生物の詳細な展示が味わえます。さらに、複製とはいえイノストランケヴィアの全身骨格を見ることのできる貴重な場所なので、単弓類を好きな人には強烈なフックとなりえます。筆者も、見事に釣られました(笑)。
徹底した古生代の生き物の探究、新生代の佐野市の環境をテーマにした古生物学展示など、本館独自のスタイルが魅力です。有名な大型博物館が巨大な恐竜を大々的にアピールするのならば、地方博物館は地域特性や独創性を活かしてオンリーワンになるーーそういった戦略がさらに学術性の高い展示へとつながるのではないか、と本館の観覧を通して感じました。

葛生地域は全国有数の石灰岩の産地。本館では、石灰がいかに人々の役に立っているのかを学べます。まさに、太古の生命からの贈り物ですね。

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