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【ショートショート】決戦!七夕ステージ (後編 - 織姫妖怪)

 向こう瑞ヶ丘遊園の上空に暗雲が垂れ込め、大気が不安定になっていた。
 遠くからゴロゴロと響く雷鳴とともに、アシスタントのスマホがブーと鳴る。

「あ、ヤベ……」

「この台本もらってますよ。やっぱり間に合いそうにありませんが…」という返信にアシスタントは真っ青になった。
 代役のサトルに送るはずの台本PDFを、間違って本来のスーツアクターに送っていたのだ。

 時すでに遅し。
 ドヤドヤと戦闘員に引っ立てられながら、サトルが楽屋に飛び込んできた。
 舞台監督は破顔した。
「おー! 君か! (カイセンジャー)ショーの台本は頭に入ってるよな?」
「え? 今日の(七夕)ショーのですか? それはまあ……」
「なら大丈夫だ! さ、これに着替えてくれ! すぐ出番だぞ!」
「出番……て、ステージがこっちに変わったんですか?」
 アシスタントが慌てて割って入った。
 もはや半ばヤケで指示を出す。
「そそそ! ちょっと設定がアレンジされてるけど、雰囲気に合わせてアドリブも交えて演じてくれればいいから!」
 サトルは戦隊のリーダー、カイレッドのコスチュームを身につけながら、これもアレンジの一端だろうと納得しようとした。

 一方ステージでは、レッドを欠いたカイセンジャーのメンバーたちが、呪妖怪軍団との戦いで窮地に立っていた。
 頭上に垂れ込める暗雲と、突然吹き始めた風が雰囲気を盛り上げる。
「フハハハハ! カイセンジャー! 今日こそお前たちを地獄に送ってやる!」
 軍団を率いる女幹部、妖怪女傑悪龍火女オリヒメーの高笑いが響いた。
 だが、悪龍火女オリヒメーを演じる女優、カスミの心中は沈んでいた。
 正直、キツい……
 露出度の高いコスチュームを着ての激しいアクション……
 顔を隠してないからって、オリジナルキャストの自分がショーにまで駆り出されて……
 せめて、本編中に燃えるようなロマンスでもあればやりがいあるんだけどな……

「オリヒメ!」
 その時、舞台袖からカイレッドが登場した。
 台本通り、レッドの加勢で戦況が逆転し、ヒーローの勝利で終わる……はずだったが……
「オリヒメ……久しぶりだね」
 はあ?
 カスミは台本にないレッドのセリフに困惑したが、プロ意識でそれを隠した。
「な! 何を言っている、カイレッド! なれなれしくするな!」
 一方、サトルも違和感を感じていたが、全てアレンジのためと考えこちらもプロ意識で合わせた。
「わかるよ……一年に一度の逢瀬では、僕の顔も忘れそうになるだろう。でもねオリヒメ……」
 ここでサトル……カイレッドは一気に悪龍火女オリヒメーとの距離を詰め、その眼前に立った。
 あれ? ショウコちゃんじゃないな?
 キャスト変わった? でも続けるっきゃない!
「僕の思いは変わらないよ! いつか天帝のお許しがいただけるその日まで! 僕はこの七夕の日に誓う! とこしえに変わらない君への愛を!」
 サトルは七夕ショーの台本通りに織姫……悪龍火女オリヒメーを抱きしめた。
 カスミはパニックに陥った。
 何!? 何これ!? いきなりのラブロマンス!?
 
 袖から見守っていた舞台監督とアシスタントは、呆気に取られて言葉を失っていた。
 とんでもないことになった……
 このままだと俺たち全員クビ……

 その時、客席から……
「きゃーーー!!」
 ……という悲鳴があがった。
 悲鳴の主は、子供に付き添ってきた母親たち。
 変身前のカイレッドを演じているイケメン俳優、江藤スグルは、熱烈なママファンたちのアイドルだったのだ。
 レッドの中身をスグルと同一視していたママたちは、この展開に卒倒せんばかりの興奮を見せていた。

 その悲鳴にも煽られ、カスミの願望が混じったアドリブに火がついた。
「レッド! 私もあなたを忘れられない! でも……でも……私たちは戦う宿命なのよ! あああ……! なんて残酷な運命なの! これが運命なんて! ひどすぎるわ!」
 自分の演技に酔いながら、カスミはレッドの体を突き飛ばして、岩山のセット裏へと駆け込んでいった。
「さよならレッド!」
「オリヒメー!」
 その場の誰も、この状況をどう収拾したら良いかわからなかった。
 が……次の瞬間……

 ドーーーン!

 轟音とともに、ステージの屋根に雷が落ちた。
 全ての照明が落ち、直後土砂降りの雨が会場を襲う。

 遊園地は直ちにショーの中止を決定し、避難のためと観客を追い出した。

 すべてはうやむやのうちに収まるはずだったが……

 「カイセンジャー」の放映局には、ショーを観たママファンたちからの嘆願が殺到。
 「あの続きを観たい!」という要望があまりに強く、急遽カイレッドと悪龍火女オリヒメーのロマンスが描かれることになった。
 路線変更は大当たりし、「呪術戦隊カイセンジャー」はシリーズ屈指の高視聴率をマーク。
 劇場版まで製作されて、社会現象的なブームにまでなった。

 そして一年後の七夕の日……

 騒動をきっかけにこっそり交際を始めたサトルとカスミが人知れずデートする姿があった……


昨日に引き続きまして「#毎週ショートショートnote」参加作品の後編です。
こちらはウラお題である「織姫妖怪」に合わせてあります。
オモテお題とウラお題に前後編で対応するという初めての試みでした。
ほとんど無理無理な対応の上、全3000文字という長編ショートショート(?)になってしまいました。
最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございました!
😁

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