咲月

4年目の編集者、インタビュアー。東京や仕事や私のあれこれを書きます。

咲月

4年目の編集者、インタビュアー。東京や仕事や私のあれこれを書きます。

記事一覧

固定された記事

東京百景、はじまっている

又吉直樹さんの書く文章が好きだ。彼の“東京百景”というエッセイ集に、こんな一節がある。 私もまさにそんな感覚で、梅雨をすっ飛ばして訪れたせっかちな今夏に、背を押…

咲月
2年前
58

「すっぴん全然違うね!」すら取り込んで

更新料を支払い、家賃アップの条件を呑んでようやく、東京に住み続ける権利を得た。 賃貸組の同僚と「なぜ更新料を払わなくてはいけないのか」について議論しながら身分の…

咲月
9日前
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又吉直樹さんに会いにいく

私の人生が動く時、いつも又吉直樹さんの作品がある気がする。 放送局員から編集者へ転職したものの、なお「私は小説を書きたいのに」などと宣い、編集者という職業に誇り…

咲月
2週間前
12

上京してよかったとは思ってます

昨夜は新宿で男の先輩と飲んでいた。新宿は臭くて汚くて、そのうえ人が多いから好きではないのだけど、先輩が「昼間は千葉方面で仕事がある」と言うので、新宿になった。 …

咲月
3週間前
7

秘事は睫

小分けに冷凍しておいた冷やご飯をチンする。 安さと白いという理由だけで買った我が家のオーブンレンジは、500wまでしか出力できない。毎回上手く温まらなくて、追加で温…

咲月
1か月前
12

ヒロイン辞めます

結婚を思い描けないとか、そのくせ寂しがりだとか。自分の内で蠢めくコンプレックスとそれに紐づく色々を、すべて父さんが死んだせいにしてきた。 私が人知れず凄惨な事件…

咲月
1か月前
11

平均台が得意じゃなかった

毎晩アヒージョ、毎朝aiko。食べ物も音楽も、一度気に入ったら病的にリピートし続けて、ある日ぱったり興味をなくす。その後5年は戻ってこない。 0か100か、白か黒か、好き…

咲月
2か月前
22

恐い夢をみた朝は「こわかった」と言いたい

「あっ、ああっ!」 …ハア、ハア、ハア… 宙を待った右手が布団に叩きつけられる。頬に涙が、首を冷や汗が伝っている。また、母が死ぬ夢をみた。4月に入ってからもう何回…

咲月
3か月前
8

親友の彼に会わせてもらった

今年に入って、恋人を紹介してもらう機会があまりに多い。先週末の彼で4人目だった。20代半ばって感じだね。 みんな「1回見て」ってノリで持ちかけておいて、本当に会わせ…

咲月
3か月前
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12月30日のクリスマス

12月28日に仕事を納め、昨日地元へ帰ってきた。 見慣れた、でも看板が変わっていたり新しいお店ができていたりする、風景に染み入る。あかい陽に照らされ撓んだ空、真ん中…

咲月
7か月前
6

東京と、東京を好きな母と

乱立するビルのあいだからのぞく狭い空、冬の朝や、一駅歩くという行為。ふとした瞬間に「私、東京にいるんだ」と思う。越してきて2回目の冬なのに。 幼い頃、母が弟妹を…

咲月
8か月前
9

元日に破局してから、今日までのこと(お知らせあります)

暑中お見舞い申し上げます 溶けちゃいそうなほど暑いまいにちですが、お元気ですか。 卒業したバイト先みたいに、気に留めつつも足が遠のいてしまっていたnote。久しぶり…

咲月
1年前
23

父さんとの、たわいない思い出

「これで足りてますよ」 一瞬理解できずフリーズしてしまってから、QUOカードの右上に「1000」と書かれていることに気づいた。 「ああ、すみません」 500円だと思ってまし…

咲月
1年前
14

「上京したばかり」の賞味期限は過ぎたけど

今朝カーテンを引いたら、窓が結露していた。 まあるくぷっくりと膨らんだ水の玉が、ポロロンと滑って落ちてゆく。あちこちで気ままに流れるのを眺めて、なんだか流れ星の…

咲月
1年前
24

何者でもない時間だって

改札を抜けた人々は、地下通路を通って、解散・解散・解散。 メトロにはたくさん出口があるけれど、朝の東京では、迷っている人など見かけない。みんな、自分がどこへ出れ…

咲月
2年前
38

愛さえあれば安心な世界に生まれたから

彼と別れた翌日、私は普段通りの時刻に出社した。彼の布団から。 恋人と別れようが、体調が悪かろうが、毎日やってくるなにかしらの締め切りは、ひとつも待ってくれない。…

咲月
2年前
22
固定された記事

東京百景、はじまっている

又吉直樹さんの書く文章が好きだ。彼の“東京百景”というエッセイ集に、こんな一節がある。 私もまさにそんな感覚で、梅雨をすっ飛ばして訪れたせっかちな今夏に、背を押されるようにして実家を出た。 7月からひとり暮らしをしている。 起きてすぐ音楽をかける、顔を洗う。トーストと卵を焼きながら、コーヒーを淹れる。アイスコーヒーは、水出しより冷やしたものより、ギチギチの氷で急冷するのがいちばん美味しいって、最近知った。 牛乳買って帰らなきゃ、今夜こそ洗濯機を回そう。 出勤前から退勤

「すっぴん全然違うね!」すら取り込んで

更新料を支払い、家賃アップの条件を呑んでようやく、東京に住み続ける権利を得た。 賃貸組の同僚と「なぜ更新料を払わなくてはいけないのか」について議論しながら身分の低さを痛感。再来年には給料を今の倍にすると心に決め、はたと気づく。こうして働かせるためか。 東京暮らし3年目現職は4年目だが、案外“変わり映えのしない日々”でもない。 私が同じ場所にとどまっていようが季節は流れていくように、同じ部屋と会社を行き来していても、そこに関わる人は少しずつ変わるもので、その変化が私に刺激をも

又吉直樹さんに会いにいく

私の人生が動く時、いつも又吉直樹さんの作品がある気がする。 放送局員から編集者へ転職したものの、なお「私は小説を書きたいのに」などと宣い、編集者という職業に誇りを持てずにいた頃「劇場」を読んだ。 万能感に取り憑かれ、やがてそれだけになってしまった男。物書きへの執着を捨てきれない自分と重なり、私は恐怖から編集職を全うすると決めたのだった。 上京を決めた時、心細くてたまらなかった私を「東京百景」が包んでくれた。東京を善とも悪とも言わず、ただ地図を広げ「ここが井の頭公園で…東京

上京してよかったとは思ってます

昨夜は新宿で男の先輩と飲んでいた。新宿は臭くて汚くて、そのうえ人が多いから好きではないのだけど、先輩が「昼間は千葉方面で仕事がある」と言うので、新宿になった。 ジメジメした空気に、室外機から放出された熱風が注がれる。嫌な暑さにうんざりして「ここでいいんじゃないですか」と適当に指した安居酒屋。そのスツールに腰掛けながら、私は安堵していた。土曜20時の新宿で、すんなり入れるなんてラッキーだ。 私たちは同じ高校出身だが、在学中は接点がなかった。大人になってからたまたま出会い仲良く

秘事は睫

小分けに冷凍しておいた冷やご飯をチンする。 安さと白いという理由だけで買った我が家のオーブンレンジは、500wまでしか出力できない。毎回上手く温まらなくて、追加で温め直してアチアチになってしまう。 端と端を爪でつまむようにして持ち、ラップを広げてサラダボウルに落とす。常温のレトルトカレーを混ぜ込んだら、ちょうどいい温度になった。 うちには机がないので、ドレッサーとキャビネットを並べて長机のようにして使っている。キャビネットの天板にパソコンを置き、ドレッサーでご飯を食べるのが

ヒロイン辞めます

結婚を思い描けないとか、そのくせ寂しがりだとか。自分の内で蠢めくコンプレックスとそれに紐づく色々を、すべて父さんが死んだせいにしてきた。 私が人知れず凄惨な事件のルポルタージュを好んで読むのは、自分より辛い思いをした人がいると知って安心したいからだ。ワインを傾けながら救いのない物語を読み、この人と比べたら私は…と思ってやっと眠れる、非道徳な人間。 最近、私のことなんかこれっぽっちも知らない人から「しあわせになれなさそうなオーラあるよね」と言われてドキッとした。という話を親

平均台が得意じゃなかった

毎晩アヒージョ、毎朝aiko。食べ物も音楽も、一度気に入ったら病的にリピートし続けて、ある日ぱったり興味をなくす。その後5年は戻ってこない。 0か100か、白か黒か、好きか無関心か。私は、激烈と非情を思い切りぶつけてできたような人間だ。 そういえば、子どもの頃から曖昧を好まなかったように思う。 まず、平均台が得意じゃなかった。バランス感覚が悪いというより、落ちるか落ちないかの状況が耐えられなくて、わざと早々に落ちていた。 大人になった今も結論を急いだり、どっちつかずな状況に

恐い夢をみた朝は「こわかった」と言いたい

「あっ、ああっ!」 …ハア、ハア、ハア… 宙を待った右手が布団に叩きつけられる。頬に涙が、首を冷や汗が伝っている。また、母が死ぬ夢をみた。4月に入ってからもう何回目かわからない。 部屋がほの明るい。ベッドのすぐ傍にかかっているカーテンが、すこし光を含んでいる。 iPhoneに表示された「5:03」を見て、私は深く息を吐いた。今日も22時過ぎまで働くことになるだろう、今動き始めたら夜までもたない。でも、二度寝するのも恐い。 考えたくもないが、現実問題、父さんとは死別してい

親友の彼に会わせてもらった

今年に入って、恋人を紹介してもらう機会があまりに多い。先週末の彼で4人目だった。20代半ばって感じだね。 みんな「1回見て」ってノリで持ちかけておいて、本当に会わせてくれるのが面白い。 ちなみに私は、友人とその恋人が一緒にいるところを見るのが、異常に好きだ。 「いつから付き合っているんだっけ」に始まり「どっちが先に好きになったの」「どのくらいの頻度で会ってるの」と、既知の話題から攻めていく。 そんなことは彼女から散々聞いて耳タコなんだけど、本当に聞きたいわけではないので良

12月30日のクリスマス

12月28日に仕事を納め、昨日地元へ帰ってきた。 見慣れた、でも看板が変わっていたり新しいお店ができていたりする、風景に染み入る。あかい陽に照らされ撓んだ空、真ん中がもうすぐ海についてしまいそう。 各駅停車でも2時間で帰ってこられるくらいの距離だけど、やっぱり“地元”というのは特別だ。生まれてからずっと同じ町で育ててくれた両親に、感謝している。 うっかり東京の鍵をさしてしまい、ああ間違えたとさし直した。 「ただいまー」 「おかえり」 言うことも言われることもすっかり減っ

東京と、東京を好きな母と

乱立するビルのあいだからのぞく狭い空、冬の朝や、一駅歩くという行為。ふとした瞬間に「私、東京にいるんだ」と思う。越してきて2回目の冬なのに。 幼い頃、母が弟妹を実家に預けて私とふたりきりで出かけてくれる日が、年に一度だけあった。その日は決まって東京に行った。 「ここは浅草って言うの、母さん若い頃ここで神輿かついでたのよ」 「わぁずいぶん変わったわね、あのお店がなくなってる」 母に手を引かれ、パタパタ歩く。 その街その街の思い出話を聞いたけれど、細かいことは覚えられず、た

元日に破局してから、今日までのこと(お知らせあります)

暑中お見舞い申し上げます 溶けちゃいそうなほど暑いまいにちですが、お元気ですか。 卒業したバイト先みたいに、気に留めつつも足が遠のいてしまっていたnote。久しぶりの更新です。 noteと離れてからの半年強、Instagramに拠点を移して書いていました。 ここに置いていたような2,000字超のものではなく、原稿用紙1枚分いくかいかないかくらいの短いエッセイですが、ほぼ毎日アップしています。今170投稿くらいかな。(Instagramはこちら) 久々にログインしたら、n

父さんとの、たわいない思い出

「これで足りてますよ」 一瞬理解できずフリーズしてしまってから、QUOカードの右上に「1000」と書かれていることに気づいた。 「ああ、すみません」 500円だと思ってましたと笑った、私なんて見えないみたいに、店員さんは無表情でレシートとカードを突き出した。 ニコッとくらいしてくれてもよくない?別にいいけど。 500円だと思い込んでいたQUOカードが1000円分だった。 仕事帰りは、こんなささやかなラッキーがしみる。ハッピーは頭を悩ませてくるのに対して、ラッキーは気兼ねな

「上京したばかり」の賞味期限は過ぎたけど

今朝カーテンを引いたら、窓が結露していた。 まあるくぷっくりと膨らんだ水の玉が、ポロロンと滑って落ちてゆく。あちこちで気ままに流れるのを眺めて、なんだか流れ星のようだなと思う。 私はカーテンを握って自分の方へ寄せた。実家の、裾のカビたカーテンを思い出したのだ。 まだ9月だというのに、それどころかつい先日まで夏日だったのに。 カーテンを端へ押しやり、サッシに手をかける。カラカラという音から少し遅れて、空気がふわっと部屋へ流れ込んできた。水分を含んだ、しっとりと冷たい空気だ。一

何者でもない時間だって

改札を抜けた人々は、地下通路を通って、解散・解散・解散。 メトロにはたくさん出口があるけれど、朝の東京では、迷っている人など見かけない。みんな、自分がどこへ出ればいいか知っているのだ。 迷わない人の群れにプレッシャーを感じつつ、考えずともB2へ向かっている自分に苦笑。 Web編集者に転職してから、1年と2ヶ月になる。 仕事にも人間関係にもすっかり慣れ、自分が何を求められているのか察して応えられるようになってきた。 帰宅と同時にバタンキューだったのが、仕事後文章を書けるほどの

愛さえあれば安心な世界に生まれたから

彼と別れた翌日、私は普段通りの時刻に出社した。彼の布団から。 恋人と別れようが、体調が悪かろうが、毎日やってくるなにかしらの締め切りは、ひとつも待ってくれない。 仕事の波は高く荒く、少しもその勢いを緩めない。1日休めば、次の日の私はあっという間にのまれてしまう。有休は、実質無意味だ。 愛の話をする。 ずっと不安だった。私は彼と付き合っていていいのかと。 彼の「愛してる」に呼応する時、脳内にはクールなもうひとりの私がいて、いつも「それはほんとう?」と問いかけてきた。彼女