【星海の麒麟】


都会とも田舎とも言えない場所。きっとこういう街並みを人は「町」と呼ぶのだろう。

町には多くも少なくもなく、高くも低くもない非常に淡色の肌色、俗に言うフローラルホワイトの色をした住宅が並び、青々とした緑も生い茂っている。

こういった町に住む人達は総じて人が良く、人の纏う空気は綺麗で、そしてなにより鮮やかで多彩な「色」をもっている。


僕がこの町に来てから、まだ少しの時間しか経ってないけれど、少しずつ町に馴染み始めていると実感出来る。

それはきっと、町の人が優しい色で僕を馴染ませてくれたからであり、僕がその色を調色しているからだろう。

ここは優しい町であり、美しい町だ。
だからこそ、僕はこの町の色を守りたいと思う。

人がみんな持っている美しい色を整えるために、僕は町の一角で、毎日ひっそりと店を開く。


「ようこそ【色彩屋】へ。」


ーー第1色  変色と華の香りーー


締め切った黒いカーテンの隙間から、混じり気のない白い光が差し込む。

毎朝太陽が差し込み、その強烈な光で瞼をこじ開けられるのは、あまり良い目覚めではないなぁと思いながら

新しいカーテンを買いに行くのも何だか億劫で、同じ起き方を繰り返している。

「おはよう、コーン」
枕元で丸くなっている愛猫「コーン」を撫でながら、少し固まった体を解していく。

重く閉ざされたカーテンを開け、窓を開くと真新しい風に乗って、微かな花の香りがした。

眩しさでやられた目が慣れてくれば、家を二、三軒超えた先にある桜が目に入る。

「すっかり春だな」

桜の幹は太く、力強い焦げ茶色をしており、枝先に行くにつれて彩られている淡い桃色のドレスが風に揺られていた。

「よし、コーン、用意しようか」

コーンの少し高い鳴き声を聞きながら、朝の準備を一通り済ませ、普段生活している2階から1階へと移動する。

1階には小さなキッチンと、使っていない空き部屋、そして1番大きな正方形の部屋がある。

1番大きな部屋にはソファとテーブル、カウンター、本棚などが小綺麗に立っており、入口は大きなガラス張りになっている。

ガラス張りの内側にあるブラインドを開き、営業中の看板を持って外に出る。

店前の掃き掃除をしたり、窓を拭いたりと開店準備をしている間に

朝、店前を行き交う人達が、明るく挨拶をくれる。


そうした時にふと、この町にも馴染んで来たんだなと思う。


町に来た当初は何の店かと聞かれ続け、店の名前を答えても、何をする所なのかと事細かに聞かれ続けた。


確かに自分の開いている店は異色だし、気になるのも分かるが、少しだけ、店を開いたのを後悔しそうになったものだ。


今では、この店の噂が流れ、どのような店かの軽い情報は出回っているらしい。そのような事を通りすがりのおばちゃんが教えてくれた。


この店について事細かに聞いてきたのもおばちゃんだが、おばちゃんから徐々に情報が広まっていき
少しずつお店にも人が訪れ始めたので、おばちゃんの情報拡散力には感謝が絶えないところである。


朝の開店準備を終え、店の中に戻ると、コーンがソファの上で丸くなっていた。

首には雲がない青空のようなコーンフラワーブルー色のスカーフがあり、コーンの毛色とよく馴染んで見える。

定位置で丸くなる看板猫を端目に、僕もいつものカウンターにある椅子に座り、読みかけの本を開く。

今日のお昼は何を作ろうかと考えながら、本を読んでいるうちに、意識は黒い文字が浮かぶ、褪せた肌色の海へと沈んでいった。


チリンチリンと軽い鈴の音が聞こえ、顔を上げてガラス張りのドアへ目を向けると、1人の女性が恐る恐る店内へ足を踏み入れてる所であった。

「ようこそ、色彩屋へ」
読みかけの本を閉じて笑顔で挨拶する。

女性は少し安堵したかのような仕草をして、ドアを閉めて店内に入った。


肩上で切りそろえられた栗色のショートヘアーに、髪色と良く似合うベージュの春物コートを着た小柄な女性だった。


「ここ、色の相談なら何でも聞いてくれるって聞いたんですけど合ってますか?」


遠くまで届く春風のように、良く通る声で彼女は言った。


「えぇ、ここは色彩の専門店ですから、何でも聞きますよ。良かったら紅茶でも飲みますか?」

女性が遠慮がちに頷く。

「上着、預かりますね。そこのソファに座って寛いでて下さい。」

コートを預かり、壁にあるハンガーに掛けていると女性が声を押し殺したような感激の声を上げたのが聞こえた。


「か、、かわいい、、」


ソファに振り返ると女性がコーンの傍にじりじりと近寄っていた。

猫好きに悪い人は居ないから、猫好きな人が来てくれて良かったなぁなんて思い、声をかける。


「噛んだり引っ掻いたりしないので、良かったら撫でてあげてください。」

「すっごい綺麗な青色の瞳ですね、、かわいい、、」


彼女はしきりに可愛いといいながら、優しく頭や顎を撫でている。

コーンに夢中になっている今のうちに、紅茶を入れてしまおうとキッチンに向かった。

「アールグレイで大丈夫でした?」

「あっ、何でも大丈夫です、ありがとうございます。」


すっかり寝に入ってしまったコーンを静かに撫でながらソファに座る女性の前に、カップを置いてポットから紅茶を注ぐ。

正直、紅茶は軽い趣味程度なので淹れ方はよく分からないが、まぁ、これがメインじゃないし、いいだろう。

自分のカップにも紅茶を注ぎ、女性の向かい側に座る。


女性は静かにカップを持ち上げ、湯気が立ち上るカップに口をつける。

そして綻んだ表情を見せた。口にあったようでひとまず安心する。

「初めまして、僕は色彩屋の 伊勢 と言います。お名前を伺ってもいいですか?」

「はい、赤橋 夕華 といいます。赤い橋に、夕方の夕、華やかの華です。」

「あかばし、ゆうか、さんですね。」


紅茶と一緒に持ってきたカウンセリング用のボードに名前を書き込む。


「それでは早速、本題に入らせて欲しいのですけども、本日はどのような相談でしたか?」


人は色について、誰しもが何かしらの問題を抱えているものだ。

それは淡い色をした悩みだったり、複雑な色をした悩みだったり

時には真っ黒に染まって、色を変えることが難しい問題もある。


今回、赤橋さんが持ち込んだ問題は比喩でも何でもなく、まさしく色を変える相談だった。


「私の、イメージカラーを変えて欲しいんです。」


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【カラーボード】
赤橋 夕華 イメージカラーの変更。

比較的明るい性格。壁をあまり作らず、誰とでも気軽に接することが出来る。

服の系統に色の極端な偏りなどはなく、流行、季節によって服の色は変えたりしている。


名前に「赤」が入っていることと、明るい性格に見られることからイメージカラーが赤になる傾向あり。

赤=熱血、真面目などのイメージから周りからよく責任を押し付けられることがある。

イメージカラーを変更し、心の底から信頼出来る人を作る事が今回の目標。

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「なるほど、イメージカラーの変更ですか」

確かにこれは中々人に話して解決できる問題ではないし、かと言って時間が解決する問題でもない。


「難しい…ですかね?」

僕が少しボードを読みながら考え込んでしまったので不安にさせたのか、赤橋さんが遠慮がちに聞いた。

「いえ、任せてください。僕は色の専門家ですから。一緒に解決しましょう。」


僕の声とともに、コーンが応援するみたく小さく鳴いた。

それを聞いて赤橋さんは幾分か不安を払拭できたみたいで、うちの看板猫は流石だなんて思った。


「まず、イメージカラーについてですけど、どんな色に見られたいとかありますか?」

「具体的にはないですかね…どんな色が望ましいんでしょう?」

「イメージカラーは言わば成りたい自分の姿そのものですから。自分の好きな色を目指すのがいいと思いますよ。」


ソファの脇から様々な色が名前付きで載っている一覧表をテーブルの上に広げる。

一言で色と言っても、その種類は多く、大抵の人が耳にしないであろう色の名前もある。


「試しにこの中から好きな色を選んで、その色を目指すのはどうでしょうか?」


赤橋さんは、一覧表をじっと見つめしばらく考えているようだった。

そしてふと、思いついたように赤橋さんが僕に質問を投げかける。

「…あの、伊勢さんから見て私ってどんな色をしてますか?」

「…僕から見てですか?」

「色の専門家ですし、参考にプロの意見も聞いてみたいなって…」


僕は小さい頃から、人のおよそ2倍の色彩感覚を持っている。

そのせいか、僕には人の感情のようなものや雰囲気が全部"色"で見える。

赤橋さんは店に足を踏み入れた時から、ずっと遠慮や躊躇いのような色をしていた。

しかし、今、この瞬間だけはどうにかイメージカラーを変えたいという強い色を纏っている。


だから僕はその期待、強い決意に応えたいと思った。

僕は率直に彼女に「見えた色」を口に出す。


「そうですね…薄紫色、蘭の花やラベンダーに近いオーキッドっていう紫色に感じました。」

赤橋さんはその理由を求めるかのように僕の灰色がかった瞳をじっと見つめる。


「人は時に、人を色と見立てて判断することがあります。それこそイメージカラーのような。このような色の持つ印象効果を"色彩感情"っていうんです。」


誰だって赤色を見れば情熱的、熱いなどのイメージが湧くだろうし、青色を見れば冷静、冷たいなどの印象を受ける。


「赤橋さんは、よく他人を気遣えて冷静に物を考える人に思えました。そして、明るくて責任感も持ってる。」

「だからこそ、僕は赤と青の両方を持った紫のイメージに見えます。」


初対面の人に対してこんな事をバカスカ言うのもどうかと思ったが、赤橋さんの熱意に応えたいと思う。

赤橋さんは少し考えを纏めるように目を瞑り、しばらくしてから、その色にします、と柔らかな笑顔を見せてくれた。


その笑った瞳には強い決意と、冷静な思考が混じった綺麗なラベンダー色の光が、瞬いていた気がした。


人のイメージカラーは短い時間では中々変わるものでは無い。

その色を身につけ続けたり、SNSのアイコンなどで色のイメージを定着させたりと長い時間がかかる。


赤橋さんもこれから時間を掛けて、なりたい自分へと染まっていくのだろう。

色に溢れている現代において、自分の色を見失わずに生きることは簡単な事ではないけれど

彼女なら見る人の目を奪うラベンダーの花畑のような、華やかな色を纏っていくんだろうと確信を持てた。

「よし、コーン店仕舞いしようか」

赤橋さんの依頼も無事に終わり、今日の営業は終了しようかとコーンを抱き上げる。

その時、入店を知らせる小さな鐘の音が鳴った。


目を奪われる、時が遅くなる、思考が止まる、美しい絵画を見た時や、壮大な景色に遭遇した時のように

僕のくすんだ灰色の瞳は、その光に飲み込まれた。


彼女は朱色と橙色を重ねて塗ったような、夕方をそのまま切り取った光を背中に浴びて、店内
に足を運んだ。


なんて綺麗な光なんだろうという思考だけが脳を染め上げる。

多くの人を色で見る僕にとって、誰かが「色」
じゃなく「光」で見えることは初めての事だった。

どのくらいの時間、僕は固まったままだったのかは分からない。

徐々に夕陽に目が慣れてきた僕は、彼女が少し困ったような表情をしているのが見えて、慌てて決まりゼリフを口にした。

「ようこそ、色彩屋へ」

言い慣れたセリフは頭が混乱していても案外すんなり口から出てくれるものだと他人事のように思う。


きっとこの瞬間から僕の人生には何かしらの色が付け足されて、彼女の人生にも何かしらの色が付け足されて


今だけはこの場所、この空気が世界で一番鮮やかな色で描かれているような気がした。

「私の色を…探してくれませんか?」

これが僕、伊勢 綺凛<いせ きりん> と 朝比奈 唯真 <あさひな いま> が新しい色を見つける話の始まりだった。


言葉で表すのは難しいほどに、あまりにも色鮮やかで、幻想的な時間が少しずつ僕達を染めていく。


ーー第1色  変色と華の香り 完ーー


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