『きっと君も林檎の色だ』
太陽が真上から少し落ちたころ、紅色のドレスを纏っているような、鮮やかな紅葉の下で1人の青年が上を見上げている。
青年の周りには、同じ歳くらいの男が2.3人、地面に倒れ込んでおり、小さな呻き声をあげていた。
青年は学校指定のブレザーの至る所を返り血で染め、困ったような表情を浮かべていた。
「俺、別に喧嘩好きじゃねぇんだけどなぁ」
そうぼやく青年は地面に落ちたカバンを拾い上げ、土埃をはらいながらため息をついた。
地面に這いつくばっている青年のひとりは、震える身体を無理やり動かし、微かに浮いた顔で怒りの形相を浮かべた。
「こ、この、赤鬼が、、」
生まれつき目付きが悪かった。小さい頃から口下手だった。笑顔を作るのが苦手だった。
それらが合わさって、そういうヤツらによく目をつけられてしまう。
それを避けられるほど、上手い口も無くて、買い言葉に売り言葉で喧嘩に明け暮れた結果
返り血で真っ赤に染まる姿を見て、いつから赤鬼なんて呼ばれ始めた。
「はぁ…またクリーニング出さなきゃな…制服」
まばらに制服についた血を見て、憂鬱な気持ちになる。
とりあえず家に帰って着替えるかなんて考えていると、紅葉の葉が踊っている木の影から覗く人が見えた。
この血だらけの状況を見られるのはまずいなぁなんて思い、どうしようか迷っていると、その人物はゆっくりと姿を見せ始めた。
淡く、紫かがったミルクティー色のような髪に青いくっきりとした目と通った鼻を持ち、どこか謎めいた雰囲気をした少女だった。
歳は同じくらいだろうか、どこか幼さが残る顔立ちだと思う。
なによりカチューシャのように付けられた緑色のリボンが目を惹いた。
「あーーーー、わりぃけど何も見てなかったことにしてくんねぇか」
血を見ても叫ばない様子に、儚い期待を寄せる。
大抵の人間は血を見ると叫ぶもんだから、叫ばないだけありがたいと思う。
少女はこちらを見つめたまま、微かに微笑んだ。
「赤鬼じゃなくて、君もきっと林檎の色だよ」
少女はそう言うと、木の根元に座った。
何を言ってるのか全く理解は出来なかったが、警察を呼ぶ様子はないみたいで良かったななんて他人事のように思った。
すると少女は自分の隣をぽんぽんと叩いてから、手招きをする。
「顔、切れて血が出てるよね。絆創膏あるからここに来て座って?」
言われてから自分の頬に触れると、確かにまぁまぁ大きな裂傷があることに気づいた。
怪我を自覚すると、その場所が酷くズキズキと痛む気がして、言われた通りに少女の隣に腰掛けた。
少女は肩がけの小さい赤いバックからポーチを取りだす。
ポーチは林檎の形をしていて、いかにも女性らしいと思った。
「あんた、俺が怖くないのか?」
自分で言うのも何だが、血塗れで目付きの悪い男なんて見ていて安らぐものでは無いし、普通なら逃げ出すだろう。
「だから言ったでしょ?君はきっと林檎の色をしてるだけなの。えぇ、えぇ。」
絆創膏をゆっくりと頬に貼り、はい、出来たよと言って彼女は立ち上がった。
「何言ってんだこいつ、みたいな顔してるね。面白い顔。」
クスクスと笑う彼女に何故か怒りは感じなかった。
場所を変えようという彼女に着いていき、少し離れた場所のベンチに座った。
上を見上げれば空を彩る鮮やかな紅葉が目に入り、金木犀の香りが鼻先を掠め、肌寒い空気が肌を撫で、鈴虫の静かな歌が鼓膜を震わせる。
「あと一つ埋まれば、五感で秋を感じれるね。」
ちょうど思ってたことを言い当てられるが、不思議と驚きはなかった。
彼女はバックから小さなタッパーを取り出し、蓋を開けてこちらに差し出す。
中にはうさぎの姿に切られた林檎が入っていた。
お礼を言って、中に入ってた爪楊枝で林檎を取りひとつ食べる。
爽やかで少し酸味のある林檎はなかなか美味いなと思った。
「綺麗な桜の下には、死体が埋まってるっていうじゃない?私は綺麗な紅葉の下にこそ埋まってると思うのよね。えぇ、えぇ。」
彼女は爪楊枝に貫かれたうさぎをゆらゆらと持ち、うんうんと頷きながら言う。
「なんでだ?赤いからか?」
「そうだね、じゃないとこんなに綺麗な紅色はなさそうだから」
シャクっと隣から音がした。
小さいうさぎなのに3回に分けて食べるんだななんてどうでもいいことを考える。
「あんた見た目大人しそうなのに、案外怖いこと考えるんだな」
「君だって、見た目は鬼だけど、優しい人でしょ?」
「あーーーなるほど、だから林檎の色って事か。優しくはねぇけどな」
「そういう事。私は結構優しいと思うけど。えぇ、えぇ。」
返り血まみれの男を見て優しいとは思わないだろう。
けれど、彼女の言葉と声はすんなりと心に入っていくようだった。
「林檎…が好きなのか?」
「結構好きだよ。でもジュースならオレンジが一番好きだけどね。」
「果物系のジュースならどれでもそんなに変わんないだろ」
「分かってないなぁ君は。ダメだね。」
「…あんたも林檎の色だな。見た目も青リンゴみたいに子どもっぽいし、中身も酸味が強そうだ。」
彼女はうさぎの最後の欠片を口に入れ、食べながら頬を膨らますなんて器用な真似をする。
「青りんごだって王林みたいな甘い林檎もあるんだよ?」
「そいつは知らなかったな。あんまり林檎食わねぇし。」
気づけば陽は大分傾き、嘘みたいに綺麗な夕日が遠くから差し込んでいる。
辺り一面が朱に染まり、夕日と紅葉が溶け合って夢の中みたいな空間を作り出していた。
「…君は見た目が真っ赤で怖そうだけど、中身は優しい人だね。えぇ、えぇ。」
彼女はゆっくりと目を合わせ、夕日よりも暖かい笑顔を浮かべた。
遠くから鈴虫の歌が聞こえて、金木犀の香りがして、秋の冷たい風が流れて、鮮やかな朱が差し込んで、林檎の味が広がる。
「君もきっと林檎の色だ」
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