羽をもがれた妖精は復讐を謡う:小噺
霰の屋敷から戻ってきて、俺とナギはそれぞれ覚えている範囲で、互いに解いた問題を出し合った。
「俺がそっちに行ってたら、一問目で駄目だったな…」
「これでも仕込まれているからね」
ナギは得意げに片目を閉じ、口の端を上げた。その様子に俺は少し膨れる。
分かってる、ナギとの差はまだまだ広いのだと。
「ちなみにこの問題、別の証明方法は知ってる?」
と、ナギが一つの問題を示した。俺はうっと詰まる。
『1=0.999…の証明をしろ。証明は一つで構わない』
「…他にも解答があるのは知ってる」
と言うか、俺が書いた証明も以前ナギに教わったものだしな。
ナギは「2つ答えろって指示じゃなくてよかったな」と意地悪そうに笑った。
「なら、ヒントをあげる」
「ヒント?」
そう言って、ナギは白紙にサラッと数式を書いた。
『A=0.999…
A=1』
頭に代数を付けただけじゃないか。少し恨めしく思いナギを見ると、にっこりと作り笑顔を向けられた。
俺はもう一度、紙に視線を落とす。
「わざわざ代数を使って等式にしたんだ。等式の性質は、左右に同じ数を足す、引く、掛けても成り立つって事…」
ぶつぶつと呟いてみる。
「右辺を1にする為に、0.999…で割る、って言うのは有り得ない」
なら、1.999…から0.999…を引くのは?だがそうなると、1.999…なんて数字を左辺でも作らなければならない。
おそらく左辺に少数は出てこない。となるとーーー
「9.999…と、10Aか」
ようやく解答の道筋が見え、俺はペンを走らせた。
『両辺に10を掛ける。
10A=9.999…
次に、A=0.999を両辺から引く。
10A-A=9.999…-0.999…
9A=9
両辺を9で割る。
A=1』
「よって1=0.999は成り立つーーー合ってるだろう?」
「正解」
なーんだ、分かったか。とナギは面白くなさそうに呟く。
「じゃあ次はーーー」
「おい、何かあったのか?」
ナギの様子に違和感を覚え、俺はナギの手を掴んだ。とても驚いたのか、思った以上にビクッと震えるナギ。そして何故か俯いた。
「ナギ…?」
心配になって顔を覗き込もうとした。その瞬間、
「ルカのくせにっ!覚えてろよっ」
立ち上がって、ナギは走り去って行った。
ポツンと残された俺は一拍空けて
「マジか…」
ナギが挙動不審な理由が分かり、今度は俺が俯いた。今、誰かに見られるのはまずい。
嬉しさにニヤけた表情など。
「意識してるって事でいいんだよな…?」
つまりナギは、俺に主導権を握られない為に問題を吹っ掛けてきたのだ。それが失敗し、更に手を掴まれた事に反応すると言う弱みを見せてしまった。
故に捨て台詞を吐いて、逃げ出したのである。
「まったく…あいつは」
普段は余裕綽々で可愛げがないくせに。
「とてつもなく、愛おしくなるんだよなぁ」
そう呟いて、俺は愛おしさを噛み締めた。
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