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羽をもがれた妖精は復讐を謡う:過去編

 翌日、私は師匠と別行動をしていた。断っておくが、これは脱走ではなく師匠の命令である。
「あら、迷子かしら」
と、葡萄棚を眺めていた私は声をかけられる。
私は気付かれない様ーーーおそらくバレているだろうがーーー服の裾を握りながら、声が震えない様に言った。
「わ、ワインが造られている様子って、見学できますか?」
私が人見知りが激しいと知っているにも関わらず、師匠が作った筋書き通りに声をだす。怒りを覚えながらも、私は従ったのだった。
 かつてワイン造りは、熟したぶどうを大きな桶に入れ、足で踏んで果汁を搾るところから始まった。現在は機械化されているが、その醸造の過程はかつての造り方とほとんど変わっていないらしい。
「今の時期は少し早いのだけれど、成熟し糖度が十分になった頃に葡萄を収穫するのよ」
工房と工場の中間の様なワイナリーに案内された私は、私に声をかけてくれ女性にワインの製造工程を教えて貰っていた。突然現れた子供相手にでも、丁寧な対応は嬉しいのだが、
「せーじゅく?とーど?」
と私は首を傾げた。子供に"成熟"やら"糖度"と言う言葉を使う所はどうかと思う。女性は目を細めて笑う。
「成熟とは、果物が充分実った状態の事よ。糖度とは、果物のそのままの甘さを数字に置き換えたもの」
私は急いでメモをとる。収穫されたぶどうが、房のまま目の前の機械に投入された。
「この後に果汁を搾り、皮や種と一緒に発酵させるの。発酵後、皮と種を取り除き、樽に詰めて熟成」
その途中で沈殿物が出る為、上澄みだけを別の容器に移し替える。熟成を終えたワインは不純物を取り除かれ、
「そして瓶詰めされて、お店とかに並ぶのよ」
と、濾過機の前で営業スマイルを向けられる。少し難しかったかな?と首を傾げられ、私は「えっと……」と恥ずかしそうにする。意を決して上目遣いに質問した。
「アレってなんですか?」
そう言って、指し示した物は何かのタンクである。今の説明に出て来なかった物だ。女性は「あぁ」と忘れていた、と言わんばかりの声を上げた。少しだけ得意げになって即答する。
「アレで果汁を加熱するの」
「加熱するの!?」
女性は私が期待通りの反応をしてくれた事が嬉しかったようで、ニッコリと笑う。
「うちは最近、酸化防止剤を入れない、自然派のワインを売りにしているのよ。普通は発酵前の果汁に添加して、殺菌をするんだけどね」
「……」
「酸化防止剤を入れなくなって、代わりに加熱する様になってから更に美味しくなったと評判なのよ」
女性の説明を聴きながら、私はジッとそのタンクを見つめたのだった。
 ワイナリーから帰ってきた私は、師匠に「土臭い」と言われ、早々に風呂に入れられる。
問答無用でドライヤーを奪われ、私は大人しく髪を乾かされていた。
「さて、地主名義のワイン工房で一番大きな所に行ったご感想は?」
「……」
私は無言で応えたーーー見てきた物、聞いてきた事を思い出す。
師匠はサイコメトラーであり、思考や残留思念を読み取る。そして頭に近い位置に触れるほど、表面意識にあるものほど、鮮明に読む事ができるのだ。
師匠はニッと笑う。
「なるほどね」
そしていつの間にか、私の髪は編み込まれていたのだった。
 私と師匠は地主の屋敷に再度訪れていた。
今回も追い払われるのでは?と心配するが、師匠は「昨日、私が遊んでいたとでも?」と得意げに言う。そして
「ワイナリーの立入検査だ。正式な書類もある」
と、紙を突きつけた。狼狽る使用人達の後ろから、流石に当主が出て来る。
「巫山戯るな!誰が許すかっ!」
「馬鹿は黙ってろーーー酸化防止剤無添加なんてうたってる癖に、それ以上にろくでもないモンが入ってるだろうがっ!!」
師匠はそう怒鳴ると、ビシッと当主に指をさした。正確にはその頭部を。
「ついでに毛髪も提出して貰うからなっ!」
何故に髪の毛?と私は首を傾げた。師匠は「決定的な証拠だよ」と、意味不明な事を言う。
「まだまだ知識不足だな」
そう言って、私に目を向け(余所見し)ているにも関わらず、逆ギレして剣を振り上げた当主の腹を蹴り飛ばした。当主は呻き声を上げながらも、剣は離していない。
師匠は当主に近付くと「危ないから」と言って、勢いをつけて剣を掴む手を踏み付けた。手から離れた剣を蹴り飛ばし、遠くに屠る。
「さて、後は報告を待つだけだな」
そう師匠は宣ったのだった。

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