殺人企業:第2話【週刊少年マガジン原作大賞】
第四章:ゆい
第一節:ゆい
ゆい。
彼女とは私のキャスト時代、3ヶ月程しか一緒に働いてない。
キャスト時代はそれほど彼女の記憶はない。
彼女の性格に関して問題があると聞いたのはキャストを辞めた後だった。
ある日、横浜のカフェで美咲ちゃんの相談に乗っていた時。
「ゆいさんが待機室で女の子の悪口を言っていて…はぁ~って感じですよ」
最初にその話をしたのは美咲ちゃんからだった。
「えっ!?そんな子だったの??」
「凛華さんはキャスト最後の年だったから指名客が殺到していて、ゆいさんとあまり関わってなかったから知らなかったと思いますが、スゴイですよ!!」
「どんな感じなの??」
「とにかく人の見た目に関して、すごく言うんですよ」
「うんうん。それで?」
「ウチや瑠璃さんには可愛いだの綺麗だの言うんですけど……」
(なるほど。ナンバー上位には媚を売って自分より下は見下すタイプなのかな?)
「瑠璃さんは確かに綺麗だと思います。だけど、他の子はゆいさんが『あまりにもあからさまなのが鼻につく』って」
「気にしなければいいんじゃない?」
私は紅茶を一口飲むとカップを置いた。
「私は現役時代から心掛けていた事だけど…本人に言えない人の陰口は言わない。人間だし、きっと私の事も苦手な人もいたと思う。だけど、だからと言って自分から敵を作る必要ないんじゃないかな??」
「確かに」
私は少し考えてからこう言った。
「多分……ゆいさんは子供もいてシングルマザーなのもあって心に余裕がないのかも………」
「ですかね……何にしてもウチも苦手で、お店の空気が悪いんです」
美咲ちゃんにはゆいのフォローをしたが、私自身はゆいが同級生だったら仲良くしないタイプだなと思った。
そもそも、ゆいの様に人の悪口を言ったり、自分より上だから媚を売って下に対しては偉そうな態度をする人は私的に好きではないタイプだったから。
美咲ちゃんと横浜のカフェで話してから一年……
だけど、経営者になった今はそんな事を言ってはいられない。
経営者としてもゆいは問題児として認識していたが、シングルマザーで子供を抱えている事から辞めさせるのもどうかと思い、私は静観する事とした。
私には、彼女がそれほどまでに人の見た目の事を、あれこれ言う理由が分からなかった。
彼女自身、背が高くスラッとしていて顔は痩せていて小顔だった。
とびっきりの美人ではなかったが顔の一つ一つのパーツは小さく整っている様に感じた。
正直、都心では女の子の数が多い事、整形技術も発達したからか可愛い子や綺麗な子が多い。
私のお店があった地域は海沿いの地域である事から地方に当たる為、私も含めて女の子のレベルは都心に比べると高くなかった。
ただ、水商売は必ずしも美人だからと言って人気が出る訳ではない。
私自身、美人ではないが長年の努力の結果、最終的には全グループで歴代1位になれたのだから。
人間同士だし最終的には心と心が決める事。
なので、ゆい自身もきっと上位になれる可能性もあると私は思っていた。
だからこそ、彼女には期待をしていたし、きっと分かり合えるとも最初は思っていた。
また、上位になれば、きっと彼女の立ち振る舞いも変わって来るかもしれない。
「人間、変わる時は変わる」
その思いを信じて……
第二節:バースデー
初夏に差し掛かる頃だろうか。
この日はゆいのお気に入りのお客様が来る日だった。
その事から11時半にはゆいをフリーの状態にしなければいけない状態だった。
しかし、この日は想定外な事が起きる事となった。
美咲ちゃん指名のお客様が団体で来たからだ。
その団体は給料日前だった事から伊能君も私も1セットしかいないものだと思っていた。
それが、予想に反して延長をした。
美咲ちゃん以外にも全員場内指名が入り、その団体を帰すに帰せなくなった。
それ以外にもその日は週末でもないのに予想外に新規、フリーが立て続けに入って来た。
途中で、ゆいは美咲ちゃんの席から抜けて聞いて来た。
「私の指名、入れますか?」
この状況だから確実に大丈夫とは言い切れなかったので「早めに来て貰った方がいいかも」と伝えた。
これで指名客が入れなかったら、ゆいは文句の嵐だろう。
だからこそ、フリーはなるべく早めに延長交渉に行き、少しでも席を早めに開ける様に心掛けた。
「6卓2名チェック」と無線から伊能君の声が聞こえた時ー。
私は思わず微笑んだ。
(よし!!これで席空いたし、万が一、美咲ちゃんの指名が来たとしても女の子一人余るから、ゆいの客は通せる!!)
チリンチリン………
こんな時に空気を読まないお客様の登場。
「伊能君、通さないで!!ゆいさんの指名が通せなくなるから、4階で、待たせて!!」
制止したのにも関わらず、伊能君はその客を通してしまった。
普段なら、その客はお菓子や差し入れを持って来て入口で喋って入るか入らないか迷っているのに…。
しかも、タイミング悪く、その客を通した後に、ゆいの客が来てしまった。
すかさず、ゆいは団体の席から抜けて来て…
「凛華さん、ヘルプ付いて貰えませんか?」と私に言って来た。
私はヘルプに付くか付かないか迷った。
過去の事件もあって、私は手塚さん達ともう客席につかない約束を取り交わしていた。
そもそも一度でも客席に付いてしてしまうと取り交わした話の前提が覆ってしまう。
その事から私はやんわりと断った。
「ごめんね。会計見ないといけないから此処から離れる訳にいかないんだよね」
実際にお金の管理と言う仕事から離れる訳にもいかない事もあったので、それを理由に謝った。
けれど、それはお店側や私側の都合であって彼女には関係ない事だ。
一瞬にして、ゆいの表情は不満でいっぱいになる。
「何なの!?」と怒りを感じたに違いない。
きっと私はこうやって小さな選択ミスをしていったのだろう………
人生は選択肢のゲーム。
例え…それが小さな選択でも、後で大きなしっぺ返しになる事もある。
逆も然りだ。
ゆいは、その後、シャッと裏のカーテンを勢い良く閉めると無言で出て行った。
(きっと、ゆいは私の愚痴を周りに言うだろう…)
「もうやってられない!帰りたい!」
予想通り、会計の外では杏樹ちゃんに愚痴を言っているのが聞こえる。
(こうなる事を想定していたから伊能君に指示出したのに…)
だけど、完璧な状況なんてないのだと…この時、私は思い知る。
私はキャスト時代の事を思い出していた。
お客様のご厚意からヘルプなし、私が付かなくても良いと言って指名を貰った事を。
きっと…特殊なケースだったのだろう。
自分を基準に考えたらいけないなと思いつつ、この後…ゆいの機嫌をどうしようか考えていた。
営業が終わった後…
「俺が凛華さんの指示を無視して他のお客様を入れたから。ごめんね」と伊能君が謝るものの、ゆいは聞く耳を持たなかった。
ただ、私だけに敵意を見せて帰って行った。
その後だっただろうか。手塚さんから連絡があったのは………
「話したい事があるから営業後、店で待ってて」と。
第三節:謝罪
「あれから、ゆいに捕まって最悪だったよ」と手塚さんが溜息交じりに私に話し掛けて来た。
どうやら帰ったと思っていたら4階の店にいる手塚さんの所に行って…散々、愚痴を言っていたらしい。
手塚さんのグッタリしている様子が伺える。
「とりあえず、凛華さん!ゆいに謝って」
「はい?何で私が?」思わず私は手塚さんに聞き返した。
私は自分が謝る意味が分からなかった。
そもそも、ゆいが、その客にカウントダウンパーティーをするのも知らなかったし、そんな急に聞かされても、こちらも対応出来る訳がない。
元々キャストだった私はゆいの自分勝手な言い分にすごく腹が立った。
そんなに大事な客なら事前にスタッフと打ち合わせするべきだし、私はキャスト時代そうして来た。
それに私が、もし大事なお客様とカウントダウンパーティーをするならお店の混雑や女の子の数も計算して遅くても23時にはお店に来て貰う様にお願いするものだと思う。
実際に席を思う様に取れるかは状況次第だと言うのは長くキャストをやっていれば分かるもの。
それら全てを私は手塚さんにぶつけた。
「そうだね。ゆいさんが悪いよね。だから、彼女は上位になれない。それが出来るのは上位の女の子。だけど、凛華さん…自分は完璧にお店回せたって思える?」
その言葉に私は即答出来なかった。
「もし、俺が店にいたら、そうだね。ちょっと女の子の数が足りないから挨拶しか出来ないし、まだスタート出来ないけど…カウントダウンだけ出来る様にするけど、どう?って、ゆいさんに聞くかな。そうやる事は出来なかったの?」
「………」
私は何も言い返す事が出来なかった。
確かに言われてみれば、手塚さんの言う方法もあった。
「此処は謝れば全て丸く収まる訳だし謝った方がいいよ」
私は納得出来なかったものの…
今後とも彼女とも仕事をしていくのもあって謝る事にした。
正直…手塚さんのメンツの為に上手く丸め込まれたとしか思えなかった。
今、振り返ってみると…
本当に納得出来ないのなら謝ったらいけないと思う。
私はキャストだった時の経験と実績から彼女にこう言う事も出来ただろう………
「本当に大事なお客様なら事前にスタッフと打ち合わせするべき。私はキャスト時代にそうして来た」と。
きっと、ぶつかるべきだった。
自分を強く出さなかったから…
だから、舐められる様になったのだろう。
ゆいからも手塚さん達からも………
次の日…三人での話し合い。
話し合いというよりも、私の謝罪の場が設けられた。
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