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本づくりを支える「ブックライター」とは。 『本を出したい』刊行記念・上阪徹さんとの師弟対談

『本を出したい』(CCCメディアハウス)では、著者に代わって書籍のライティングをする「ブックライター」の存在について触れています。ブックライターを養成する塾を運営する、さとゆみの師匠でもある上阪徹さんと、「ブックライターの存在と本作り」について、お話させていただきました。原稿を書いてくれたのは、同じくブックライター塾の卒塾生、稲田和瑛さんです


ブックライターという存在なしに、いい本は出せない

上阪:今度の本のタイトルは、「本を書きたい」だと思ったら「本を出したい」なんですね。

さとゆみ:そうなんです。上阪さんがよく「素晴らしいコンテンツを持っている著者がたくさんいても、ブックライターという存在なしに、そのようないいコンテンツを世に出すことはできない」とおっしゃっていたじゃないですか。そのことがすごく心に残っていて。だから、書き出しはそこから始めたいと思っていました。
「著者は自分で書かなくてもいいんだよ。ブックライターという存在があるから」と伝えたかった。これは実は、この本を出したかった理由の一つです。
今日は、ブックライターの必要性や存在について、上阪さんがどのように考えているかを、改めてお聞きしたくて対談をお願いしました。

上阪:ビジネス書や一般書では、著者としてコンテンツを持っている方々は、本業が忙しい人たちが多い。しかも、自分で本を書ける人は限られています。そうなると、誰かが代わりに書くしかない。僕が初めて本の仕事をした頃から、出版社は当たり前にライターを使っていました。ただ、当時は「ゴーストライター」と呼ばれていて。僕はもともと出版業界にいたわけではなかったので、「ゴースト」と呼ばれていることに違和感がありました。だって、創作しているわけではないですから。ちゃんと取材して原稿にしているのになぁ、と。

さとゆみ:今回、『本を出したい』を書いて、実は今でもちょっとドキドキしているんです。多くの本にライターが入っていることを、こんなに大々的に言って、怒り出す人はいないだろうか。「これは内緒だったのに」と言う人はいないだろうかと、ちょっと心配していたところがあります。でも、『職業、ブックライター。』(講談社)は12年も前に出ている。あの時点であの本を出されたというのは、今考えたら、すごいことだと思って。

上阪:あの本は、お願いされて書いたというのが、実際のところなんです。僕は、自分で「これやりたい」と手を上げることはあまりありません。基本的に人にお願いされたことしかやっていない。
当時、講談社のビジネス出版部の編集長だった唐沢さん(唐沢暁久さん:編集者)と出会う機会があり、「実は、いいライターがいなくて困っている」「あなたの持っているメソッドを明らかにして本を出してほしい」と頼まれたんです。ブックライターを養成する塾の開講とセットで。

さとゆみ:書籍と塾が最初からセットの企画だったんですね。

上阪:だから、思い切ったのは僕じゃなくて、むしろ唐沢さんですね。僕は出版界のことはよく知らないし、業界に波紋を呼ぶ本になるとも思わなかった。お願いされたから、「いいですよ」と。
ただ、「ゴーストライター」という名前はよくないと思っていました。ゴーストなどと呼ばれる職業を、積極的にやりたい人はいないでしょう。それで、唐沢さんと打ち合わせをしているときに「職業名を変えちゃいましょう」と「ブックライター」という名前を考えたら、それがそのままタイトルになったんです。

さとゆみ:『職業、ブックライター。』を出版されたとき、反響がすごかったんじゃないですか? 業界激震のような。

上阪:私はよくわかりませんでしたが、書店さんがびっくりされたのではないでしょうか。かなり大きく展開くださったので。

さとゆみ:書店さんもブックライターの存在を知らなかったんですか?

上阪:知っている人もいたでしょうけれど、あくまで裏方ですからね。言ってみれば、不都合な真実だったのではないでしょうか。

さとゆみ:なるほど。

上阪:有楽町の三省堂書店では1階の新刊コーナーで5冊横並びで1棚ドーンと展開してくださっていたのを覚えています。そんな展開をするテーマの本ではないでしょう。考えられない。他でも、平置き展開を、あちこちで見かけたんです。
書店さんには、やっぱり衝撃だったんだと思います。

さとゆみ:「こんなことを書かれたら困るよ」みたいな苦情は届きませんでしたか?

上阪:まったくなかったです。

さとゆみ:『職業、ブックライター。』を読んで、ものすごく衝撃を受けました。私はファッション誌出身で、出版業界には長くいたのですが、書籍にライターが入っているとは思ってもいなかったからです。昔から、本に関わる仕事はしたかったんですよね。でも、本に関わるなら小説家になるしかないと思って諦めていたんです。
ですから、『職業、ブックライター。』を読んで、これこそ自分のやりたい仕事だ! と思いました。それからは、毎日その本を持ち歩いて、「このブックライターっていう職業をしたいんだけど、どうすればいい?」と周囲に相談していたんです。そうしたら、「来週、上阪さんと飲むよ」という知り合いの著者さんがいて。「私も行きます。絶対、上阪さんの隣の席にしてください!」って。

上阪:あの飲み会はすごい偶然だったんですね。

さとゆみ:そうなんですよ。それで、隣に座らせていただいて、「本を拝読しました、ブックライターになりたいです」と言ったら、「塾をやりますよ」とおっしゃるので、その場で申し込みましたもん。「今、振り込みました」みたいな感じで。「じゃあ、待ってますね」って。

上阪:そんなこともありましたね。

さとゆみ:私、いつも思うのですが、例えば、本の装丁を著者がやっていると思う人はいないじゃないですか。

上阪:ですね。デザイナーがやっていることは、誰でも知っています。

さとゆみ:ライターが書くことも、それと同じだと私は思っています。

上阪:デザイナーが装丁を作る。印刷会社が印刷をする。同じように、我々ブックライターが書いている。

さとゆみ:スタッフの1人という感じですよね。


上阪:そう、スタッフの1人というイメージ。ただ、本には、文化的背景というのか、日本人の中にすり込まれている何か特別なものがあるような気がします。本人が書いていてほしいと思う人が多いのかもしれませんね。だから、本当の書き手はゴーストライターと呼ばれてコソコソしていた。日の当たらないとこにいるような。

さとゆみ:小説家にゴーストライターがいたら問題ですけれど、忙しい社長さんやタレントさんが自分で書いているなんて……。

上阪:よっぽどご自身で書きたい方は別でしょうが、10万字の原稿を本業の合間に書くのは、現実的ではないと思います。

自分にとって面白いことを書いても意味がない


さとゆみ:
上阪さんは1ヶ月に1冊のペースで書かれていますよね。最近はどのようなお仕事をされましたか?

上阪:WBCで日本代表チームの監督をされた栗山英樹さんと、『信じ切る力』(講談社)という書籍で、お仕事することができました。


上阪:以前、稲盛和夫さんの本をお手伝いしたことがあるんです。その本の編集者が、栗山さんが稲盛さんのファンであることを聞きつけて、栗山さんに本を送った。そうしたら、なんと手書きのお手紙が返ってきたんです。そこからのご縁で、Webサイトの『mi-mollet』に栗山さんのインタビュー記事を書かせてもらい、さらに書籍にもつながっていきました。こういう思いもよらない流れに発展することもあるのが、この仕事の面白さですよね。

さとゆみ:本当にそうですよね。栗山さんの本はWebのインタビュー記事からつながったとのことですが、上阪さんにとって、Webの記事と書籍の違いについて聞かせてください。
Webのインタビュー記事が書けるからといって、書籍のブックライティングができるわけではなくて、またちょっと違う能力な気がします。上阪さんは、どこが一番違うと思われますか?

上阪:雑誌やWebの記事は短距離走で、本はマラソンという感じでしょうか。そもそも、使う筋肉も違えば、心構えも違います。

さとゆみ:心構えというのは?

上阪:長く時間がかかるとか、徹夜はきかないとか。

さとゆみ:たしかに、徹夜はききません。きっちりとスケジューリングしないといけないということですね。

上阪:加えて言うと、例えば1時間のインタビューをすると、文字に起こしたら1万字以上になります。雑誌の場合、それを2000字くらいにまとめる。つまり、8割捨てるわけです。でも、本の場合、そんなに捨ててしまったらもう本にならないから。

さとゆみ:ならないですよね。書籍は、ほぼ残さなきゃいけない。

上阪:だから、一番大事なのは、書くことじゃなくて、その前段階なんです。考え方だったり、取材だったり、構成だったり。そこがきっちりできていなければ、本にならない。まずベースとなる考え方として、誰に向けた、何の本なのか。そこをはっきりさせておく。そうしないと「面白いとはなんぞや」がわからないんです。

さとゆみ:「面白いとはなんぞや」とは?

上阪:自分にとって面白いことを書いたらダメなんですよ。本によって読んでもらいたい読者対象は違う。その想定読者にとって面白い本を書かなければいけない。
それなのに、ライターが面白いと思ったものを書いてしまうケースが少なくありません。読者を常に意識していなければ、何が面白いのかが、編集者さんの思惑とズレてしまう。結果的に、書いたものが編集者にも読者にも認めてもらえなくなってしまいかねない。

さとゆみ:私、上阪さんは本当にビジネスパーソンだなと感じています。これは、全然悪い意味ではないのですが、上阪さんの“アーティスト”ではないところが好きです。

上阪:アーティストじゃないですね。そういう興味もない。僕はあくまで、お願いされたことに応えるビジネスパーソンだと思っています。
アーティストになりたかったら、ライターではなく作家になったらいいんですよ。宣伝会議の講義でも、これはガツンと言っています。「あなた方が書きたいものは書けないですよ」と。自分が書きたいものがあるなら、noteに書けばいいんです。
仕事というのは、そういうものではありません。求められているものに対して、確実にお応えしなければなりません。それが、ビジネスパーソンという意味です。

さとゆみ:あと、もう一つ上阪さんの好きなところは、いっぱい稼いでお金がたくさんあるところです(笑)。
上阪さんが成城にマンションを買われたとき、塾生のみんなで見学に行かせてもらったじゃないですか。「売れっ子のライターになったら、こんなところに住めるんだ!」って。

上阪:マンションのパーティルームに集まって。

さとゆみ:みんなでパーティーしながら、順番に5人ずつぐらいで上阪さんのお部屋まで行って、「上阪さんみたいに稼げるようになれば、成城にマンション買えるんだ」と思っていた。
その後、川沿いの原っぱみたいなところに行って、みんなで大きな声で「稼ぐぞー。おー!」ってやったのを覚えています(笑)。本当、夢があるなって。「これだな」って。

上阪:やっぱり、夢は欲しいですよね。

さとゆみ:そこがすごく好きです。あと、上阪さんは、病まなそうなところが好き。書く人って、内省タイプの人が多いので……。

上阪:僕は公私をきっちり分けていますから。

さとゆみ:土曜日になったら、必ずビールの写真がSNSにあがる。

上阪:わざとやっているんですよ(笑)。「ライターは、こんなにいい仕事ですよ」と。

さとゆみ:はい。私たちのためにわざと投稿してくださっているのはわかっています。土日はちゃんと休んで、ビール飲んで、スイートルームに泊まる。ライターっていい仕事だよ、と思わせてもらえるのが、ありがたい。

上阪:僕がフリーランスになった頃、ライターのイメージは残念ながら決して明るいものではなかった。それこそ勝手なイメージですが、アパートの6畳一間、畳の部屋みたいな……。そのイメージを払拭するためにも、稼げたら派手な暮らしをして、バンバン発信していきたいと思っていました。だからずっと、SNSの投稿を続けています。

さとゆみ:でも、仕事をしていれば、何かしらのトラブルが起こるじゃないですか。

上阪:たしかに、ゼロではありません。

さとゆみ:そういう、ちょっとネガティブなことがあった時は、どうされているんですか?

上阪:切り替え早いんですよ。あと、忙しいので(笑)。仕事で何かあっても、次の仕事に集中しているうちに忘れるんでしょうね。

とにかくひたすら、いただいた仕事に応える

さとゆみ:本当に失礼なんですけど、「上阪さんってどんな人?」と聞かれたとき、一言で答えるとしたら、「すごく親切な近所のおばさんみたい」だなって。

上阪:おばさん……かどうかはわからないけれど(笑)、なんでも教えたいのはたしかですね。

さとゆみ:井戸端会議している時に、「知ってる? 隣の駅にスーパーができてね」とか、「成城石井の納豆はいいのよね」とか。

上阪:ミーハーで、知りたがり屋で、教えたがり屋さん。昔からそうなんです。子どもの頃からずっとそうで。アンテナを立てて、雑誌で見たことを「こんなミュージシャンが出たよ」と友達に教えたりとか。

さとゆみ:それがずっと変わらず。

上阪:変わっていない。よく喋るし、知りたがり。だからインタビューも、別にコミュニケーション力があるというわけじゃなくて、知りたいの。その人がどんな人生を歩んできたのか、その企業がどんな技術を開発したのか、ただ知りたくて、教えたいだけ。これが最大のモチベーション。
あ、違う。「お願いされること」が一番のモチベーションで、「教えたい」がその次ですね。教えたい。伝えたい。それが僕の喜びです。喜んでもらえて、「ありがとう」って言ってもらえると嬉しい。それだけですね。書くことではまったくない。

さとゆみ:「お願いされること」が一番のモチベーションとは?

上阪:僕は勤めていた会社が倒産して、仕方なくフリーランスになったんです。
20代の頃は、鼻っ柱だけが強かった。友達が1人もいない状況で田舎から東京に出てきて。全くの世間知らずで、「電通に入るか、フジテレビに入るか」ぐらいに思っていた。それが玉砕して、「あれ?」って。それからキャリアをさまよって、3社目に転職した会社が倒産。すべてを失いました。
にもかかわらず、それでも僕を信用して、必要としてくださる人がいた。そのとき、初めて心から反省して、「もう自分のために働くのはやめよう」と思ったんです。
自分の実績を作るとか、賞を獲るとか、そういうことじゃなくて、「お仕事を依頼してくださる方にお返ししよう」って。それが原点です。それから、一切仕事を選ばなくなりました。

さとゆみ:依頼が来た順番に受けられると仰っていましたね。

上阪:はい。とにかくひたすら、いただいた仕事に応える。期待していただけたら、それに応える。それだけをずっと続けてきて30年。そうしたら、流れ流れて今に辿り着いた。お仕事をいただけることが、今でも喜びだし、それ以上のことはありません。
これは、失業したことのある人にしか分からないと思いますが、どこにも所属していないあの孤独感とか寂寥感って、半端ないんですよ。しかも僕は、突然、会社が倒産したので。強制的に失業させられて、社会から隔絶されて。街を歩いていると「あいつ、失業者だよ」って、うしろ指さされているような気さえして。誰もそんなこと思っていないのに。でも、どこにも所属していない、誰にも必要とされていない、って、そのくらい苦しいことだったんです。
だから、お願いされることの価値、人に必要とされることの喜びが、すごく大きいんです。これはずっと30年、まったく変わっていません。

これからの出版業界も、まだまだ可能性がある

さとゆみ:これからの出版業界は、どうなると思われますか?

上阪:全体の経営問題どうするかみたいな話については、出版社の合併とか、そういう流れが来るのかもしれない。今のままでは、まずいでしょう。でも、本屋に人がいないのかと言ったら、そんなことはない。売れている本だって、ないわけじゃない。
そうそう、この間見た大学生の人気職業ランキング(※)、2位が講談社、3位集英社、7位KADOKAWAで、9位が小学館でした。
※『2025年卒就職人気企業ランキング』(株式会社学情)

さとゆみ:えー! 知らなかった。

上阪:大人気でしょ、出版社。

さとゆみ:どうしてですか?

上阪:漫画じゃないですか。若者にとって、出版社は、世界に通用する素晴らしいコンテンツを作るコンテンツメーカーなんです。漫画も頑張っているんだから、本も頑張ったらいい。
漫画で得た収益を本への投資に回すとか、そこは経営的な判断になるでしょうが、まだまだいろいろできることはあると思います。

さとゆみ:上阪さんとしては、そんなに暗い将来だと感じていない?

上阪:読者が電子に移る可能性があるにしても、コンテンツ自体は、テキストを土台に作られているわけで。しかも、まとまったものを読んでいくとしたら、本以上のメディアはないと思います。
以前、雑誌に連載していたインタビューが書籍になったとき(『プロ論。』)、「本になったら、こんなに読みやすくなるんだ」と驚いたことがあります。雑誌の片面にぴっちり載っていたインタビューの記事が、本にした途端、するすると読めてしまう。本当にすごい。書籍ならではの読みやすさは、今でも変わっていません。

さとゆみ:雑誌やWebのインタビューとは違って、本だからこそできることってあると思いますか?


上阪:
やっぱり長さですよね。長く詳しく書くことができる。納得のいくまでたっぷり詳しく書けるというところは、本当に魅力だと思います。だから読者も理解しやすい。行間を読むようなことはあまりないかもしれないけれど、一般書とかビジネス書の場合は、理解しやすく作ることができる。
ブックライター塾の卒塾生の淡路さん(淡路勇介さん:ダイヤモンド社の編集者)が作った『頭のいい人が話す前に考えていること』が40万部以上売れていることを考えると、ビジネス書だって、まだまだポテンシャルはあるのではないでしょうか。あの本の読者は若者ですし。切り口を正しく提示してあげれば、売れる可能性はまだまだある。
正しいセグメント、正しいターゲティング、正しいマーケティングをすれば、きちんと本は売れるということの、証明だと思います。

さとゆみ:可能性はある。売れているものは、しっかりありますもんね。
今日は、知っているつもりだったけれど聞いたことのない話もあって、楽しかったです。ありがとうございました。

上阪:僕も楽しかったです。ありがとうございました。

撮影/深山徳幸
文/稲田和瑛


上阪徹

ブックライター・著者。
ビジネス分野を中心に、雑誌や書籍などで幅広く執筆。
毎月1冊のペースで書籍を執筆し、これまでにブックライティングを担当した書籍は100冊以上、累計発行部数は200万部を超える。
著書に『職業、ブックライター。』(講談社)、『超スピード文章術』(ダイヤモンド社)など50冊以上。
ブックライターを育成する、「上阪徹のブックライター塾」はこれまで11期開催。後進の育成にも尽力している。

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