【対談】編集者に萎縮して思考停止したらもったいない。病まずに書き続けるために――『書く仕事がしたい』が生まれるまで(後編)
10月30日発売の『書く仕事がしたい』。この本について担当編集者の田中里枝さん(通称・りり子さん)とさとゆみが対談しました。前編に引き続き、後編では「書き続けられる人とそうでない人は何が違うのか?」といった質問に二人で答えています。
見つけてもらうのを待つより、すでにある「書く仕事」を取りに行こう
――『書く仕事がしたい』には、書くことを仕事にするためにまず何から始めるか、企画の売り込み方など、「仕事のつくり方」が具体的に書かれています。今は企業勤めなどをしていて、伝手もない人の中には、「まずは細々とブログやnoteを始めて、いつか書く仕事につながったらいいな…」と考える人もいると思いますが、そういうやり方ってどうですか?
さとゆみ:
もし目指すのが作家であれば、ブログやnoteで書き続けてみるのも、ひとつの手ですよね。でもライターになりたいのであれば、まずは「今すでにある仕事」を取りに行ったほうが早いんじゃないかなと思います。雑誌やウェブ媒体では、毎月一定数の記事がつくられることが決まっていますから、誰かが書かなきゃいけない。そう思って探してみると、意外とライターを募集している媒体は多いんですよ。
そういう「確実に書く仕事につながるルート」を調べた上で、「初心者だけど、自分はこれくらい書ける」という実績づくりのために、ブログやnoteを書くのはとてもいいですよね。自分の書いたものを見つけていただこうと待っているだけだと、難しいんじゃないかな。
――ただ待っているだけではだめ、というのは、デビューしたあとに仕事を増やしていく段階でも言えることですよね。
さとゆみ:
そう。だから私は、営業や売り込みをするのは悪いとは思いません。今でもしょっちゅう売り込みしています。
りり子:
よく「出版社に売り込みにいけない」という人の話を聞くけど、そういう人には、さとゆみのやり方が参考になるんじゃないかな。中でも私がなるほど、すごいなと思ったのは、企画を持ち込むだけではなく、勝手にサイトを立ち上げて書き始めてしまう、という方法。
さとゆみ:
最初は自腹でサイト制作していて、のちにそれが話題になってムック化のオファーがきた、という話を本に書いたよね。
りり子:
「ここに先に投資しておけば、きっと、後で仕事として返ってくるだろう」、みたいな考え方なんかな。起業家や投資家に近い発想やよね。
さとゆみ:
そうかもしれない。だから1文字いくら、という仕事を積み重ねても実績にならない、と悩んでいる人がいたら、その10倍の時間をかけて「10倍の原稿料をもらうためには?」と考えたほうが早いんじゃないかなと思う。
過去の原稿を引きずらず、病まないための思考トレーニング
――デビューできて、書く仕事にも就けた。「それでも続けられなかった」という人も多くいます。心を病んだ、という話を聞くことも……。これからも長く、書く仕事を続けていきたいのですが、書き続けられる人とそうでない人は何が違うのでしょうか?
りり子:
さとゆみもそうだし、仕事としてコンスタントに書き続けられる方は、自分をしんどい状況に追い込まないような術を知っているよね。
さとゆみ:
そうかも。たとえば文章力があっても、書き終えられないというか、書いたものを「手放せない」人が時々いる。自分の原稿にこだわりすぎてしまうと、ライターとしてはなかなか書き続けていくのが難しいよね。必ず締め切りがあって、納品しなければいけない仕事だから。
りり子:
手放せないと、“量”も書けへんしね。
さとゆみ:
100パーセント納得がいく、完璧な原稿を出せることなんて、おそらく人生で1回もないんだと思う。どれだけ考え抜いても、手放したあとで「ああすればよかった」は、きっと出てくる。それでも、原稿は納品しなければいけないし、次の原稿を書かなければいけない。「今時点でのベストを尽くしたので、手を離します」と思えるかどうかは、けっこう大事なことなんじゃないかな。意外と、納品したあとに「ああすればよかった」と思うことを引きずりすぎてしまって、書き続けられなくなった、という人はいる。
――毎回の原稿に一喜一憂しすぎないで、心を安定させることは、続けていくのに大事なんですね。それでいうと「編集者との付き合い方」も、よく聞く悩みがちなポイントです。ライターは仕事を受ける側なので、編集者に言われるがまま、従ってしまうとか……。
さとゆみ:
そもそも編集者とライターが上下関係になるのではなく、フラットでいたほうが、いいものができるはず。ライター側も受け身ではなく、対等な関係づくりをする努力をしなければいけませんよね。
りり子:
私が特に気をつけてることなんだけども、編集者の中には「赤字を入れることで仕事をした気になってしまう」人もいると思います。中には、自分の思っている流れと違うことがそもそも受け入れられなくて、赤字を入れてしまうような人も。そのせいでライター側が萎縮して「私の原稿が悪いんです、すみません」と落ち込んでしまうのは、本当によくないです。編集者側に非があるケースもいくらでもあるから、そんな編集者に当たったとしても、どうか折れないでほしい。
さとゆみ:
私は、赤字は編集者からのラブレターだって思っているんだけど、でも、中にはりり子さんが言うような、理不尽なケースもあるかもしれない。そういう場合は、この人と次の仕事はしないときっぱり決めていいと思うな。
りり子:
そう思う。そもそも仕事をする相手は自分で選んでいい。それなのに、変に萎縮しすぎて「編集者には、従わなければいけない」なんて考えてしまったら、思考停止してしまうし、心身に悪い。
この業界には「ライターが飛んじゃう」問題が、ときどきあるでしょう? 「飛ぶ」って嫌な言い方やけど、心が折れて、バッくれる問題。でも編集者の立場からすると、飛ぶ前に、何か起きたらまず編集者に言ってほしい。「発熱しました」と言われて「それでも書いてください」と言う編集者はあまりいないでしょう。
私、「昨日、失恋して原稿書く気になれないので待ってください」って言われたことありますよ。そりゃ、しゃーないなと、納得したし、元気になってほしくて全力で慰めた。スケジュール通りいかなければ多少困るかもしれないけれど、そのリスクマネジメントも含めて編集者の仕事です。その相談すらできないくらい書き手を萎縮させて、書くことをやめさせてしまうのは、どうかと思います。
だから、私はこの本を、書く仕事がしたい人だけではなくて、編集者にも読んでほしいんです。「ライターの心を折らない。対等でいられるチームづくりをしよう」と。
「書く仕事を続けていく」仲間になれたら
さとゆみ:
ライター側として私が気をつけているのは、できるだけこちらから自己開示をすること。「この段階では原稿に赤字をたくさんいただけたほうが、ありがたいです」など、私がしてほしいことや、気を遣ってもらわなくてもいいことなどは、なるべく伝える。気になることを気兼ねなく話せる関係のほうが、出戻りも少なくなるし、気持ちも安定して、原稿に集中できるから。
りり子:
そういえば今回の書籍のやりとりをしている途中、私が他の仕事をしていて返信が遅れてしまったときに「今、連絡がないのって、私がりり子さんの気に触ることをしてしまったのか、単に忙しいのか、どっち?」って連絡がきたことがあったやんね。あれ、びっくりした。そこまで相手に気を配る繊細な人なんだなあ、と思ったし、そのことをずばっと聞く明るさにも。
さとゆみ:
「何か気に触ることをしてしまったかな?」と考えるだけで、私の原稿を書くパフォーマンスが少し落ちるじゃない。だから気になったら聞いてしまったほうが早いし、あらかじめ気軽に聞けるような関係を築いたほうがいい、って思っているんだよね。ほんの小さなことでも、悩むといちいちメンタルに響くから。
――心を安定させて書き続けるというのは「いちいち悩まないように、そういう状況になったらどうするか、あらかじめ考えておく」ことでもあるのですね。
さとゆみ:
そうですね。本にも書いたけれど、私自身がライターになる以前、テレビ制作のADをしていた頃に、とにかくディレクターに言われたことをそのままやろう、という働き方をしたことがあったんです。自分の頭で考えることをしなかったから、2年間もの時間をムダにしてしまった。それで、編集者との関係にしても、売り込みの仕方にしても、よくぶつかる課題については一度じっくり考えて、自分なりの暫定解を持っておくようになったんだと思います。正解じゃなくて「暫定解」だから、考えはその都度、アップデートしていけばいいんです。
――お話を伺いながら、すぐに真似できる実用的な技術ばかり書かれていると同時に、書いて生きていくための“思考トレーニング”をさせてくれるような本だなあと改めて思いました。最後に「書く仕事がしたい」読者のみなさんへ、メッセージがあれば、お聞きかせください。
りり子:
ひと言でいうと「売り込み、お待ちしています!」(笑)。みなさんが思っている以上に、編集者への売り込みって少ないんです。もちろん編集者にとっては「このくらいまでは企画を具体的に落とし込んで、持ち込みをしてくれたら嬉しい!」と思うレベルはあるのだけど、そのレベルや、企画の持ち込み方については、さとゆみが、この本の中で書いてくれています。
書く仕事はたくさんあります。みんな、書き手を待っている。だから変に遠慮することなく、仕事を取りにいってほしい。一緒に仕事をしましょう!
さとゆみ:
私は書く仕事を、本当に魅力的な仕事だと思っています。ちゃんと考えて働けば、ちゃんと食べていける仕事です。私はシングルマザーで、子どもを育てながら書く仕事をしているけれど、子育てやライフイベントの変化にも合わせやすい仕事だと思っています。
そして何より、楽しい仕事です。この本を書いてから、さらに書くことが楽しくなったんですよね。今は、キャリアを重ねれば重ねるほど、どんどん楽しくなっていくんだろうなあ、と思っています。だから、みなさんとも、「書く仕事を、健やかに続けていく」仲間になれたら嬉しいです。
聞き手・構成/塚田智恵美
<前編はこちら>
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