植物と灰汁作りの知恵を探求する〜おばあちゃんのベロメーターをめざして〜
強い灰汁と、弱い灰汁
80代以上のおばあちゃんたちに知恵の聞き書きをしていると、必ず出てくるのが灰汁のお話。染色のみならず、発酵食品の仕込みや、こんにゃくの凝固剤にも使われてきた灰がいかに生活の中で活かされ、重要な役割を担っていたのかに気づきます。
野生の麹菌を採集するとき、こんにゃくを固めるとき、藍のスクモを作る時にも灰汁を入れます。籾殻やクヌギ、樫の木、椿、藁。地域の気候や環境(たとえば、林業が主な地域では樫、蕎麦が美味しい地域は、そば殻など)によっても違います。昔は「はんや」といって、集落の人たちが、灰をとりに行く場所があったようです。
雑木は針葉樹はだめ。
豆殻には大豆はよくて小豆はだめ。
紙やたばこが入った灰もだめ。
雑木の中でも樫がいい。でも、薪の灰はなにが入ってるかわからないから毎年違う。藁の灰なら成分がほとんど同じだから安定する。
「弱い灰」だと、さらに焼き締めて強くします。
「弱い灰」「強い灰」とはどういうことなのか?それはアルカリ度にありました。
では強い(phが高い)かどうか、どうやって試験してたのでしょうか?
「強い灰汁はなすい。ほら、ナスって、ザワザワする感じあるでしょ?舐めてみたらわかるのよ」とのこと。
おばあちゃんの舌がph試験紙(ベロメーター)なのでした。わたしはまだまだなすさ加減がわからないので、ph試験紙を使います。
灰汁の取り方
藁灰をつくるときは、稲わらを三角錐に束ね、火をつけます。そして、次がポイントですが、完全に燃え尽きて白くなってしまったらだめなのだそう。黒い色をしている状態(あつあつの状態)で水をかけます。
大鍋の底に小さな穴があいていて、コーヒーのドリップのように、ぽたぽたとゆっくり液体が下のバケツにたまっていきます。その液体は透明に近い色で、何度も何度も、「なすい」灰汁になるまで繰り返します。
こんにゃく
地域によって違う灰の作り方ですが、灰汁によって、こんにゃくの風味や歯ごたえも変わって来ます。もちろん、こんにゃく芋の成分も重要なのですが、味の決めては灰汁だといえるのではないでしょうか。
なかには、こんにゃくを作るための灰専用に広葉樹の雑木を燃やしているおばあちゃんもいました。集落のなかにはこういうこだわりのあるおばあちゃんがいて、灰をわけてもらうのだそうです。灰が手に入らなくなって来たため、いまでは、市販の水酸化カルシウムか炭酸カルシウムにおきかわってきましたが、灰で作ったこんにゃくは、ぜんぜんちがうんです。
今や、灰汁のみでつくられたこんにゃくが全国いかほど残っているでしょうか。混じりけのない純粋な灰が近年、手に入らなくなって来ていると言います。灰を作るためだけに、ストーブもあるけれど、あえていろりを使っているというおばあちゃんもいるくらい、灰を作るのも簡単ではないようです。
灰汁でつくられている徳島県那賀町のおばあちゃんちにて。
図:こんにゃくの木はこんな感じ。
芋が成熟するには、3年かかります。
こんなに長い間芋をそだて、時間をかけて灰汁をつくり、芋を固めて、モグラさえ食べないエグみの強いコンニャクイモを食べようと思ったのは日本人くらいではないでしょうか。究極のスローフードだとおもいます。
麹
これまた、アジアに古くから根付いた知恵のひとつですが、麹菌。Aspergillus oryzaeは、アジア特有のカビ菌で、穀物の炭水化物を糖化してくれる菌です。
東南アジアやヒマラヤでは、穀物を粉砕して団子状にしたものにカビをはやしたものが使われますが、日本や台湾、中国南方では、バラ麹といって、穀物の一粒一粒に菌糸をめぐらせたものが使われます。
東南アジアの餅麹
この、麹菌を採集する時につかうのは、椿の灰がよいのだそう。
ごはんを灰にまぶしておくと、アルカリに弱い菌は死滅し、麹菌だけがうまく繁殖してくれます。
わたしはこればかしはまだためしたことがありません。
台湾の餅麹づくり。お気に入りのVTR。こちらは灰ではなく植物の酵素を使ってコントロールしているのでしょうか。
染料としての灰
草木染めはとても奥が深くて、まだまだ全容がつかめていませんが、植物の色素は、単色系(ベルベリン 、カロチノイド、アントシアンなど)と多色系(フラボノール、タンニンなど)があって、色素の種類によっても抽出法が変わります。水溶性だったり、水には溶けず、アルカリ溶剤に溶かしたり、金属で触媒したり。
染色に使う灰汁には2パターンあり、ひとつは、アルカリ抽出する色素をとるため、もうひとつは、媒染剤となるアルミニウムが欲しいとき。前者は、アルカリ度が強い灰汁を使い、後者はアルミニウムをたくさん含んでいる椿か榊の灰を使う。
前者の中でも面白いのが紅花と藍。アルカリにもっていくことで色素が布にくっつく形になる。藍は酵素も関係してくるのでもうちょっとさらに複雑なのですが、紅花でいうと、黄色の色素は水溶性なので、水に溶けますが、赤い色素はアルカリで抽出します。そして、アルカリのままだと、また流れ落ちてしまうので、最後に酸性中和することで布に固定します。なので、アルカリ抽出系の草木染めの布を、知らずにアルカリ洗剤で洗ってしまうと色素が抜けます(草木染めにマグちゃんはだめです)。
黄色い色素を揉み出し、黄色がなくなったあと、さらに灰汁で赤色をアルカリ抽出する。
酸性の烏梅(炭化梅)で中和するとともに発色を促す。
ちなみに奈良県月ヶ瀬村の烏梅づくりについて。
後者のアルミニウムを利用したい場合は、どうも、椿か榊しか選択肢がないようです。
あとは、岩茶の製造と炭(いちじくの木がいいらしい)の関係や、山菜のアク抜きに使う灰など、他にもいろんな植物と灰と食の知恵が世界にはまだまだありそうです。
昔の人は「いい塩梅」という言葉があるように、きっちりしたデータも、レシピもなく、独自のベロメーターで酸性、アルカリを見極めていたのですね。恐れ入ります。中国の発酵文献を探していても、たいがい数量が書いてなくて、「いい塩梅で」と書いてある。塩梅を探せるようになりたいものです。わたしには舌で判断できるほどの経験値はありませんが、おばあちゃんのベロメーターをめざして、引き続き探求していきたいと思います。
古代染色ラボやります
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