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フランス菓子と乗り越えた京大受験

こんにちは、京大農学部4回生のさとうです。
とある厨房で働いていた時に、年配の板さんから京大に入るなんてさぞかし勉強したんだろうと無邪気に質問された。
あまり長く話すのもなと思って「めちゃくちゃ本番に強かっただけっすよ!笑」と言って終わらせたのだが、今回はもう少し長く振り返ってみようと思う。

入試なんて、もう4年も前の話だ。
京都に来てから始まった人生は濃密で刺激的で、面白い人との出会いに困らないものだった。高校までは、まったくそうではなかった。
「同調圧力に屈しない強い心を育てる」という家訓のもと面白おかしく育てられた僕は、学校に家族よりも面白い人がいないことにうんざりとしていた。

当時通っていた高校は近所の都立校で、生徒の大半は中堅私大に行くような、ごく普通のところだった。おだやかで優しく、少し変わったことをするとすぐに目立って噂話をされた。思春期の人間を詰め込んだ空間なんてどこもそんなものなので、特別僕の高校が悪かったわけではない。
そしてその空間で、僕はやや浮いていた。今振り返ると、単純に人生への熱量が違ったんだと思う。
部活動の強化のためにHIITを導入したトレーニングメニューを考え、同期に見せても、「所詮素人が作ったやつだしねえ」と鼻で笑われたとき。
「受験に集中したいから」という理由で同期がどんどん部活を辞めていくとき。
文化祭の委員長として全校集会で「完全燃焼しましょう!」と言って失笑されたとき。

そういう瞬間が積み重なって、もう仕方ないから、受験勉強一生懸命やって京大に行くかと思った。高3の4月の話だ。
テニス部を引退したのが6月の終わりで、そこから文化祭の劇の脚本を書いたり演じたりして、気づいたら9月も終わりになっていた。
その時点で英語の自動詞と他動詞の違いも分かっていない。
「なんとなく」でいつも解いていて、学年でも1番だったので高をくくっていたが、そんなに甘くはなかった。

10月に受けた京大模試が、英語の偏差値25、数学の偏差値30だった。その日の朝に彼女に振られたというのもあるが、絶望的な数字だった。
それから集中して勉強するようになる。

そんな秋のある日、図書館である本を見つける。
「ケーキツアー入門」という本だ。


表紙の美しさよ

この本は今読み返しても本当に素晴らしい。素晴らしい。
主観的に、一貫性をもって食べ物を批評し、楽しむ行為の精度が高い。
甘いものはしっかり甘く、焼きこみはがっしりと、容赦のないストロングさがフランス菓子をフランス菓子たらしめているというメッセージに衝撃を受けた。今振り返ってもものすごくいい影響を受けている。
生のフルーツタルトが美味しいのは果物がおいしいのであって、ケーキとして優れているわけではない。黒く焼きこまれたタルトタタンの重厚さを称えよ!という本気の思いがビシバシと伝わってくる。

余りにも衝撃を受けて即購入し、勉強の合間にお小遣いでパティスリーをめぐる日々が始まった。
吉祥寺のエピキュリアン、AKlabo、千歳烏山のラヴィエイユフランス、ユウササゲなどなど。

塾の自習室で食べたフレジエとピスタチオのサントノーレのおいしさは忘れられない。
なんてうっとりするほどおいしいんだろう!こんなに素敵で手が込んでいるものが500円で買えてしまっていいんだろうか?
ピスタチオの豆っぽさ、クリームの美しい脂肪の風味、飴が掛かったちいさなシューを噛み破るときの興奮!

自分にはできる、京大入試なんてどうってことない。そう言い聞かせてみても不安だった。数学はできるようにならないし、英文和訳なんてしっちゃかめっちゃか。そういえば古文もやらなくちゃ。無機化学も覚えてないし、これほんとに行けるのか?
そんな日々の中で、ケーキを食べているときが「忘我」になれた。
全てのノイズを排し、目の前のケーキと向き合って、すべてを感じる。
世界が自分とエピキュリアンのオペラと紅茶だけになる。

素敵なパティスリーの中でも、雷が落ちるほどおいしく、自分にとっての一番が決まった体験があった。

そのパティスリーはアン・プチ・パケ

「ケーキツアー入門」でも激賞されていたアンプチパケは神奈川の江田にある。自宅から15㎞自転車を漕いで坂を上ると、黄色いかわいらしい建物が現れる。
ラルクアンシェルというケーキをイートインし、ダージリンを注文した。
店内はぴかぴかで、生ケーキだけではなく焼き菓子やパンがひろびろと陳列されている。すごいところに来てしまったぞ、と男子高校生はそわそわして待つ。

美しい佇まい


ケーキを一口含むと、あまりの調和とノイズの無さに口の中が爆発した。
アプリコットの酸味が心地よく、ムースは限りなく滑らかで、、、。
紅茶もべらぼうにおいしく、たっぷりと量が入っていてうれしい気持になった。とにかく細部まで徹底されつくしている。超一流の仕事を一口で理解らされた。

茫然としながら店を出て、家に向かって坂を駆け降りると、「やるぞ!!」という気持ちがむくむくと立ち上がってきた。とにかくやらなきゃいけないと思った。そしてまたアンプチパケに行くぞと。

2月8日。センター試験も終わり、2週間ほどしたら二次試験だった。
その日に、受験前最後のアンプチパケに行った。次来るときは受かったあとだと思った。

Namiという名前のチョコレートケーキ(写真奥)がこれまたとんでもなくおいしく、やっぱりすごいパティスリーだと感動して、元気をもらった。

いよいよ京大入試の本番を迎え、1日目の朝にホテルのバイキングに行くも、サバの青臭さが気になって食べられない。
試験の合間にバナナを2房(2本じゃない、2房だ)食べることで糖分を補給し、何とかした。
翌日も似たような感じで、何とかこなして東京に戻ったら胃腸炎で5日ほど寝込んでしまった。あのとき、ローソン京大農学部前店にバナナが無かったら不合格だったかもしれない。ありがとうローソン。

合格後に行ったアンプチパケの味は格別だったことは、言うまでもない。

そんなこんなで無事に京大に進学し、アメリカの大学院に行ってバイオテック企業をつくるんやと大志を抱くも、いろいろあって料理人志望になり、いろいろあって東南アジア進出系のコンサル会社で働きだす予定になる。
それはまた別の話なので、また今度書こうと思う。
それではまた。

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