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東京マラソン2020の参加料と寄付金の不返還問題から考えたこと

こんにちは。弁護士の樽本哲です。

東京マラソン2020の参加料の不返還問題について、非営利や寄付に関わる仕事をしている弁護士として解説しないの?とある人から言われたので、遅ればせながら、少し調べてみました。

主催者の説明

主催者である一般社団法人東京マラソン財団が、2月21日にウェブサイトで参加料についての説明をしています。

参加料に関するご質問について

「2 月 17 日にお知らせしましたとおり、東京都内において、新型コロナウイルス(COVID-19)の複数の感染者が確認される中、多くの一般ランナーが参加する本大会を実施することは困難であるとの結論に達し、3 月 1 日(日)開催の東京マラソン 2020 については、マラソンエリート及び車いすエリートのみ開催することをご案内させていただきました。
この間、都民の皆様をはじめ、様々な方面の方々から東京マラソンの参加料に関するお問い合わせを多数いただいている状況です。つきましては、参加料について以下のとおりお知らせいたします。
一日にわたり東京の中心部において長時間にわたり主要道路を止め、ランニングイベントを実施するためには、競技運営だけでなく、交通規制計画や警備安全対策、医療救護体制の構築、コース沿道対策、参加者とのコミュニケーション(エントリー、連絡等)などの事前準備に膨大な時間と労力を要します。
東京マラソンの開催にあたっては、その運営に約 19.7 億円の経費(EXPO や関連イベントにかかる経費を含む 32.5 億円)(2018 大会実績)を要します。これは、参加ランナー一人当たりに換算すると約 54,800 円(2018 大会定員)の費用となり、この費用のうち多くの部分は準備段階で必要となるものです。
東京マラソンでは、この費用の一部を参加料(国内 16,200 円)で賄っています。
経費の内訳は以下のとおりとなりますが、これらの経費については、開催に向けた1年間の準備にかかるものも含め、多くの部分が、大会開催2週間前の段階では、履行や制作済である、もしくは発注や手配済みであるため、取りやめができないのが実情です。
現在、弊財団では、一般の中止により不要となる施工物や施設利用のキャンセル、警備員を含めた大会スタッフの削減手配を進め、出来るだけ、債務を削減するよう、関係者と交渉を進めておりますが、契約上のキャンセルポリシー等に従うと、現段階ではほとんどの債務が確定している状況です。
これらの事情は多くのマラソン大会で共通のことであり、各大会の参加規約では、大会中止の場合にも参加料を返金しない旨を明記し、ランナーの皆さんに同意をいただいており、東京マラソンにおいても、原則として参加料は返金しないこととしております。
引き続き、東京マラソンの開催についてのご理解・ご協力のほど、よろしくお願いします。」

イベントの開催費用を開示して、参加費を返還しない措置について理解を求める内容ですね。

東京マラソン2020の返金に関する規定

上記の措置の根拠となる東京マラソンのエントリー規約には、原則として大会が中止になった場合でも参加料は返金しないと明記されており、その例外というのが、規約の13項(下記)にあるとおり、①コースが通行不能になった結果の中止の場合、②関係当局より中止要請を受けた場合、③日本国内における地震による中止の場合、そして④Jアラート発令による中止の場合(戦争・テロを除く)です。

今回の措置はこれらのいずれにも該当しないので、原則どおり参加料は返金しないというわけです。

エントリー規約 https://www.marathon.tokyo/participants/guideline/

13. 積雪、大雨による増水、強風による建物等の損壊の発生、落雷や竜巻、コース周辺の建物から火災発生等によりコースが通行不能になった結果の中止の場合、関係当局より中止要請を受けた場合、日本国内における地震による中止の場合、Jアラート発令による中止の場合(戦争・テロを除く)は、参加料のみ返金いたします。なお、それ以外の大会中止の場合、返金はいたしません。

上記の①②③④の例外の内容は、いずれも大会運営者の責めに帰すことのできないいわば不可抗力によるものです。このうち、①は損害保険の一種である興行中止保険でカバーすることが可能ですが、②④は行政作用によるものなので一般的には保険でカバーできません(行政による損失補償や国家賠償の範疇)。③の地震は、保険商品や開催エリアによって対象になる場合とならない場合があるようです。
余談ですが、Jアラートは総務省消防庁が運用する全国瞬時警報システムの通称で、送信の対象となるは弾道ミサイル攻撃に関する情報や緊急地震速報、津波警報、気象警報などの緊急情報です。詳細は下記リンク先で確認できます。
https://www.fdma.go.jp/mission/protection/item/protection001_05_J-ALERT_gyomu_kitei_280322.pdf
Jアラートで警報が発令されてもすぐに行政から中止の要請が来るわけではなく、また物理的にマラソンコースが通行不能になるわけではないので、①②に該当はしないものの、主催者判断で中止する事態を想定しているのでしょう。

今回の東京マラソンの中止理由は、参加者が感染症に感染するおそれや感染拡大防止等を理由とした主催者の判断によるものと考えられます。

このように主催者の都合によらず、しかも保険でも対処できない理由でイベントを中止する場合にまで、主催者が参加料を返還しなければならないとすると、主催者の損害が著しく拡大してしまうため、多くのスポーツ大会では返金しない旨を規約に定めているというわけですね。

主催者の判断に対する個人的な見解

私個人の見解としては、この規定自体には一定の合理性があり、民法における公序良俗違反や消費者契約法の不当条項に該当するものではないと考えます。

しかし、今回のケースは、エリートのみ参加を認めてマラソン大会自体は開催されることから、ここに規定する「中止」と言えるのかが微妙なケースといえます。そのため本来は、参加者の一部を対象とする縮小開催でも中止にあたるということを規約上も明確にしておくべきでした。

この点、エリート募集要項を確認すると、エリート資格での参加者も一般参加者と同じ金額の参加料を払ってエントリーしており、しかも中止に関する規定の内容も一般のエントリー規定と同じになっています。

エリート募集要項 22(1)参照

全く同じ内容の中止の際の返金規定が適用されるにも拘らず、一般参加者は中止で参加料の返金もなし、エリートについては中止せず実施するということで、参加できなかった一般参加者に対して不平等感を与える結果となりました。この「中止」の解釈をめぐってはいろいろな意見があるでしょう。

私は、東京マラソン財団の判断について適否を述べる立場にはない(そもそもエントリーしていない)ので、法的な観点からのコメントはこのくらいにしておきますが、開催しても中止しても批判を受けることが容易に想像される中で、参加者の安全や感染拡大防止を重視して中止を判断した財団の決断には賛同します。
私自身、小さいながら3月1日にイベントの開催を予定していたものの、やはり先週新型ウィルスを理由に延期を決めて、参加者、協賛企業、登壇者など各方面にアナウンスをした立場なので、主催者としての判断の難しさは、多少は分かるつもりです。
それだけに、東京マラソン財団には、不平等感を感じている参加者の皆さんの声に丁寧に対応していってもらいたいと思います。その結果次第で、主催者判断による大規模イベント中止の良いモデルケースにも悪いモデルケースにもなることでしょう。今後の東京マラソン財団と同財団に基本財産の大部分を拠出している東京都の対応は要注目ですね。

寄付金について

最後に、寄付金の関係について若干コメントしておきます。今回の措置にあたって、東京マラソン財団やアクティブチャリティ対象団体に寄付された寄付金については、参加料と同様に返金の対象にはならないようです。
上記のエントリー規約13項を再度確認すると、(上記①~④の理由による中止の場合は)「参加料のみ返金いたします。なお、それ以外の大会中止の場合、返金はいたしません。」とされています。この「参加料のみ」というのが、おそらく寄付金を除外する趣旨だと考えられます(参加者が参加料以外に主催者に支払うものがあればそれを除外する趣旨の可能性もありますが、財団の意図が分からないので今日のところはそのように解釈しておきます。)。
チャリティランナーは他の参加者と同様に参加料を支払うものとされていることを考えると、寄付はあくまでもチャリティ枠でのエントリーの前提条件であって、参加(出走)の対価ではないことになります。そのため、仮にこの規定がなかったとしても、寄付者にはマラソンの不開催を理由として寄付金の返還を受ける権利は当然には認められないことになります。

想定よりも少々長い文章になってしまいました。もし勘違いや事実誤認があれば指摘してください。
また、上記例外の②関係当局より中止要請を受けた場合、④Jアラート発令による中止の場合(戦争・テロを除く)の場合に、イベント主催者が行政やその他の者から何らかの補償や賠償を受けることができるのかについて、行政補償の関係に詳しい方がいれば教えてほしいです。

最後までお読みいただいてありがとうございました。


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