調子を崩した時に試せること・考えられること

(旧サイトの「オンラインレッスン」のコラム記事のアーカイブです。2017-06-01の記事です。)

トランペットを吹く者であれば誰しもが経験する、「調子を崩す」という事態…。時にそれは深刻な問題にさえなってしまいますが、その程度や調子を回復するまでに要する時間は、奏者の経験やレベルに応じて大きな幅があるだろうと思います。経験の豊富な奏者は、自分のコンディションの把握の仕方や何がコンディションに影響するかをよく知り、自己管理できるため、調子の波が小さく、また回復も早いでしょう。一方で、経験の浅い奏者は、その逆である事が多いでしょう。

ここでは、ひとたび調子を崩してしまった時に、回復のために、またはその後同じ事をなるべく避けるために、試したり考えたりできることについて、現在の私なりに書いてみたいと思います。

当然ながら、私の経験や知見には限りがあり、そのためここに記せる事も限定的にならざるを得ませんが、何らかのヒントとしてご活用いただければ幸いに思います。

◼️なぜ調子を崩すのか

まず、そもそもなぜ調子を崩すのか、という点について考えてみたいと思います。

1) リミットを超えた

多くの場合、調子を崩す原因となるのは、今の自分のリミットを超えた何かをしてしまったため、だと言えるのではないでしょうか。
ここで言う「リミット」とは、「現時点の自分が無理なく良いバランス状態の中でできる事の範囲」、あるいは、「一時的に多少の無理をかけたとしても良いバランス状態を壊さない範囲」といった意味です。それは人によって異なり、さらには同一個人内でも発達段階によって変わりますが、その時点での自分のリミットを超えた場合、トランペット奏者に訪れるのは、バランスの崩れ、感覚のズレ、唇や身体全体の過度の疲労であり、これらに自分で気づいているかいないかに関わらず、それが続くとやがて不調へと至ります。

リミットを超える、というのにはいくつかの側面があります。主に、練習の仕方や内容、リハーサルや合奏の中での無理、スケジュールの過密度があげられるでしょう。

・練習の仕方や内容

自分の練習の中で、リミットを超えてしまうという事があります。特に、音域や音量の練習ではそれが顕著に影響するでしょう。例えば、すぐに手っ取り早く結果を出そうとするがために、無理に力ずくで音域を広げようとしたり、大音量を力ずくで出そうとしたりなどして、丁寧に時間をかけながら良いバランスを拡張していったりバランスや感覚を見つけていくという作業をしない場合には、多くの場合、練習をするが故に自らリミットを超えてしまう事になります。また、取り組む課題の難易度も、リミットを超えてしまう主な要因となります。今の自分のレベルを大きく超えすぎた基礎練習内容や曲には、まだ取り組むべきではないでしょう。なぜなら、そこで起きるのは、無理をかけながらでも音にしようとする事であり、それにも関わらず満足に音になる事はないばかりか、残るのはバランスの崩壊・喪失や唇への過度の負担なのですから。どのような練習をどのくらいどのようにして行うのか、今の自分のリミットを超えないように配慮する必要があります。

・リハーサルや合奏の中での無理

リハーサルや合奏の中で、今の自分には無理がかかる事を吹かなければならない状況は、リミットを超える代表的な要因と言えるでしょう。無理して力任せにしなければ音にならない、今の自分にはキツい内容を、リハーサルや合奏なのでとりあえず無理をしてでも吹かなければならない、という状況です。現実には、曲によっては、どんなに熟達した奏者であってもキツいものはあり、理想的な状態からやや外れながら負荷をかけて演奏せざるを得ない、という事はあると思います。しかしながら、その負荷の程度が、今の自分のリミット内であるか、リミットを超えてしまうものか、の違いは重要です。経験豊富な奏者は、どこまでの負荷は自分には対処可能で、どこまで行ってしまうと悪い調子に繋がるか、を、経験から学んでいたりまたは個人練習の中で自分の能力範囲を丁寧に把握しているので、リミットを超えてしまうことを慎重に回避するでしょう。

・スケジュールの過密度

演奏のスケジュールが過密であればあるほど、さらにはキツいプログラムがそこに含まれれば含まれるほど、リミットを超えてしまう可能性は高まります。
リミットを超えないスケジュール調整が可能ならばそうすること、それが困難な場合は、そのスケジュールの中でうまくペース配分したりウォームアップを普段以上に丁寧に行うなどの配慮が必要となるでしょう。

以上のようなことからリミットを超えてしまう事によって、感覚はズレていったり、バランスを失ったり、唇や身体の疲労が蓄積する事態へ陥ることになります。

「感覚のズレ」とは、本来なら無理なく音を出せていた感覚から遠のいていく事です。感覚自体を忘れていく、または、同じ感覚で吹いているつもりだが実際に起きていることがズレてくる、という2つの状態があり得ます。

「バランスを失う」というのは、演奏は身体やその感覚の統合的なバランスのとられた状態でいつも行なわれていますが、ある部分の感覚がズレたりある部分への疲労が溜まっていることによって、バランスをとっている様々な要素のうちのある部分への偏りが生じ、うまく全体が機能するバランスから外れていく、という事です。

また、唇や身体全体への疲労が蓄積すると、意識的には良い状態を作ろうとしても身体が反応してくれない、という状態へ陥ります。例えば、唇に疲労がたまり硬くなると、いくら良い息の流れを与えても、残念ながら素直に音にはなりません。調子の良い時と同じ息を与えても、唇が硬くなっていて反応が悪いが故に同じ結果は生まれない状態であり、音にするには、過度のマウスピースの圧力に頼ったり唇を操作したりすることとなり、さらに感覚はズレていきます。
そして身体全体に疲労が蓄積していても、同様の事の起きることがあります。身体が疲労していると、いつもと同じ意識であっても呼吸が小さくなり、または意識的に呼吸を大きくしようとしてもその通りには身体がついてこない、という事があります。それにより息が機能せず、根本的にバランスをとるのが困難な状態となってしまいます。主に睡眠不足によりこのようなことが起きます。

2)普段と違う事をした

大きく二つ目にあげられる要因としては、普段と違う事をした、という点があります。

・新しい練習方法、新しいアプローチを取り入れた

レッスンやマスタークラス、本、ネット情報などから、新しい練習方法やアプローチを取り入れた時に、不調を招く事があります。もちろん、新しい練習方法を取り入れる事それ自体は悪い事ではありません。しかしながら、その時に注意すべき事は、新しい練習方法やアプローチは、それまでには自分に与えて来なかった刺激を自分に与えるという事ですから、多かれ少なかれ、善かれ悪かれ、何らかの感覚やバランスの変化を自分にもたらすという点です。
それを承知の上で、新たなことを試すようにしましょう。例えば、ウォームアップはいつも通りにやってから新しいことを試す、仮に調子が悪くなっても回復できるだけの日数がある時に新たなことを試す(近くに本番があるなど、調子を崩したらまずい時には新たなことは試さない)、などの配慮のもとで行うのが良いと思います。

・しばらくぶりに楽器(やマウスピース)を洗った

もちろん、楽器を洗う事自体は全く悪い事ではなく、良い事ですが、「しばらくぶりに」というところに注目してみましょう。通常、長く楽器(またはマウスピース)を洗わないでいると起きる事は、管内に汚れが付着し、それが蓄積していく事です。これは言い換えれば、管の太さが、汚れの分狭められている状態になっていくという事です。汚れが付着すればするほど、管の内部が狭く細められていくわけです。
そのような状態から楽器を洗うと、汚れが洗い落とされることにより、狭められた管がもとの太さに戻ります。
楽器を洗うまでは、狭められた管の状態の中で、息の流れや楽器の共鳴を作り出していたバランスだったわけですが、楽器を洗い管の太さがもとに戻ると、それまでとは息の流れ方や楽器の共鳴のさせ方のバランスは同じではなくなります。
楽器に汚れが溜まっている程度が大きいほど、洗った後に管の太さのギャップが大きくなりますから、吹く感覚のギャップも大きくなります。
このギャップにより、感覚のズレやバランスの喪失が起き、不調となります。このようなことがないように、定期的に楽器は洗ったり、こまめにスワブを通すなどして、常に楽器そのものの管の太さを保っておくようにしましょう。

もちろん、以上の他にも不調に至る原因となることはたくさんあると思いますが、ここでは以上にとどめ、調子を崩してしまった時に試せること、考えられることについて、ここから書いてみたいと思います。

試せること、考えられること

◼️休む(吹かない日を作る)

第一に考えられる選択肢は、休む、という事です。長時間の休息をとり、唇、または身体全体の疲労を取り、フレッシュな状態を取り戻します。これは通常、1日・24時間以上の休みを要します。吹かない日を意識的に作るという事になります。
吹かない日を作る事により、唇や身体全体の疲労を回復し、心も落ち着き、さらには頭を冷静にし思考をニュートラルにします。休む、というのはごく単純ではありますが、身体にも頭にも最も効果を生む方法の一つであろうと思います。
調子を悪くしている時こそ「練習しなきゃやばい…」という気持ちに駆られることもあると思いますが、立ち止まって冷静になってみれば、練習とは今の自分をさらに良くするためにする事ですから、唇や身体を休めることが今の自分を良くするのであれば、休むこともむしろ練習ととらえることができます。人によっては休むことに勇気が必要なこともあるかもしれませんが、今の自分を良い方向に仕向けるために必要なことであれば、思い切って、吹かない日を作ることは非常に重要です。

◼️睡眠を確保する

睡眠が不足している、あるいは不規則である、という場合には、唇や身体全体の疲労の回復が十分でない可能性があります。できるだけ十分な睡眠を確保するようにしてみましょう。前述のように、意識しても呼吸が小さくなる、それによって唇への負担が増し、悪循環に陥っていく、という事態を招くのは多くの場合、睡眠不足による身体全体の疲労が原因だと私は考えます。
奏者によっては、必ず夜12時までには寝る、という人もいます。睡眠をコンディション維持のための大事な要素とする奏者は少なくないのではないでしょうか。

◼️練習内容を見直す

前述のとおり、練習の内容によって調子を崩すことはよくあります。今の自分にとって適切な練習であったか、見直してみる必要はあるかと思います。練習メニューの選択、練習の難易度、練習の時間、それぞれの練習メニューのやり方、などの点で。
参考までに、個人的な私の主な視点は次の3点です。

・「練習は薬」
練習は薬のようなものだ、という言い方があります。意味するところは、薬には対象とする症状・用法・用量があり、それに従うことで効果を期待するが、それを守らないとむしろ害となる、という点が練習にも当てはまる、ということです。ある練習メニューには、それがどんな症状を改善するためのものか・どのような効果を期待するものか、という目的がありますから、それを理解してその練習をしているか。または、どの程度理解しているか。そして、同じ練習メニューであっても、練習の仕方・どこにポイントを置くか、によって効果は変わり、さらに、同じ練習メニューであっても、適量でなければ、効果が出ないか、害になるかのどちらかとなるでしょう。効果や目的を知らない練習をすることは、何の薬か知らないけど飲む、のような実にスリリングなチャレンジと言えます。笑

・明日につながる練習か
練習を、神経に刺激を与え発達させていくもの、という視点で捉えると、神経の変化や発達は練習中にすぐ起こるものというよりは、刺激が与えられて且つ休んだ後に起きるものですから、今すぐの結果、今日すぐの変化を期待した練習ではなく、明日に変化が表れるかを期待した練習である方が、意味をなすと思われます。今日の練習中には結果はむしろ出ないわけですが、明日以降に変化が起きるための刺激を与えている、という状態です。
トランペット奏者にとっては、特に高音の練習で、今とりあえず力ずくである高さの音を練習中に出せても、それ以上の高音は基本的に練習しても一向に出せるようにならないと思われます。それに対し、力ずくではない方法で(具体的にはここでは省略しますが)良いトライを繰り返し、その日はその高さの音が出なかったとしても、その後、力ずくではない方法でその高さの音は出るようになっていきます。そしてその場合、それより高い音への道はつながっています。
今すぐの力ずくの結果を出そうとする練習を続け過ぎれば、それは調子を崩す原因となってしまうでしょう。

・良い状態・快適さの拡張
技術的難易度を上げる、音域を広げる、という時の基本的コンセプトとして、良い状態や快適さを拡張していく、という考え方です。
高度なこと、高音、などが、特別なものであり特別な何かを必要とする、という見方ではなく、ごく普通のことが高い質でできていれば、それを拡張していけば良い、という見方です。この見方に従うと、練習というものは、まずごく普通のこと(例えば真ん中のソを出す、のような)を良い状態にすることを研究します。そして、それを自分の良い基準として、その良い状態を拡張するようにしながら技術的応用をしていく、というものになります。良い状態で音が出せている時、通常、精神的にも身体的にも快適さが大きいですから、快適さを拡張・適用させていく、という言い方もできます。このようにして練習を進めていった場合、基本的に調子を崩すという事はありません。

◼️ウォームアップを見直す

上記とも関連しますが、練習や演奏の始まりであるウォームアップを見直してみることができるかもしれません。ウォームアップに関しては様々な考え方があると思いますが、私の考え方としては、いかに自分にとってストレスなく快適に無理なく音を出す状態から開始するか、そしてそれを徐々に広げていくか、ということが根幹となるコンセプトです。
ウォームアップが、心理的にも身体的にもストレスのかかるものであると、ストレスのかかった状態をスタートとしてその日の感覚がセットされスタートしますから、そこから先に起きるその日の練習や演奏は基本的にストレスのかかった状態で進んでいくこととなります。それでは練習も演奏もクオリティーは下がってしまいますから、その日のスタートを良い状態で始めて、それを拡張し、練習や演奏に入れるようにする、という視点で、ウォームアップの中身ややり方を考えるようにします。
何をどれくらい、どの順序でするのが良いか、というのは、当然ながら個人によって、または個人の発達段階やその日のコンディションによって、異なって然るべきです。繰り返しにはなりますが、私の視点は、いかにストレスなく音が発生するようにし、そしてそれを拡張していくか、というものです。それに沿って、ウォームアップの内容とやり方が決まっていきます。

◼️オイルを注す、グリスを塗る

もしオイルをしばらく注していなかった、グリスをしばらく塗っていなかった、という場合は、きちんと注して(塗って)みましょう。
オイルやグリスは楽器のコンディションの一部であり、楽器の共鳴の状態に影響しています。大雑把な言い方をすれば、オイルやグリスを注したり塗ったりしていないと、楽器がスカスカで、悪い意味で息が抜けすぎ楽器が共鳴しにくい状態になっています。逆にオイルやグリスがちゃんと注してあったり塗ってあれば、楽器の気密性が保たれ、楽器の鳴りやすい状態となります。

■オイル、グリスを変えてみる

オイルやグリスには種類があります。その粘度の違いや材料によって、大雑把に言うとサラサラ系からネバネバ系のものがあり、気密性や抵抗感は変わり、吹き手としては息の流れの感覚の違いやそれに伴う唇の感覚の違い、そして音色の違いなどがあります。もちろんこれは大きなものではなく小さな違いではありますが、感覚や音に違いを与えることは事実でしょう。ですから、オイルやグリスを変えてみるということが、感覚を良い方向に変化させてくれることがあります。
もちろん、吹き手の吹き方自体が雑で、オイルやグリスの違いによる差よりも、吹き方の雑さの方が上回っている場合は、オイルやグリスを変えたところで、変化は期待されません。

◼️楽器を洗う

楽器を洗わず、汚れが溜まっていればいるほど、楽器は本来の共鳴の仕方から外れていきますから、洗ってみましょう。

◼️ウォーターキー(ツバ抜き)を確認する

ウォーターキー(ツバ抜き)のコルクが減っている、バネが弱くなっている、などをチェックしてみましょう。もしそうなっていれば、抵抗感、息の流れの感覚、楽器の共鳴の状態、などが本来の状態ではないので、調整に出しましょう。

◼️マウスピースを一時的に変えてみる

あえてマウスピースを変えてみる作戦です。ここでの目的は、マウスピースの選択、ではありません。合うマウスピースを選ぶ、のではなく、調子が悪い、つまり感覚がズレてしまっている・良い感覚を失っている時に、感覚をそこから動かしてみよう、というものです。そのために、あえてマウスピースという物理的状況設定を変えることをする、というものです。
マウスピースの選択が目的ではありませんから、マウスピースのあまり細かな点をいろいろ変えて試すのではなく、例えば、リムの大きさを変える、深さを変える、など、大雑把な違いを設けるようにして、調子を崩してしまった時とは異なる状態で練習をすることによって、感覚を動かし、感覚の修正を図るものです。しばらくして感覚が変化してきたら、もとのマウスピースに戻ってみる、というのが基本的な路線となります。

◼️調子を崩すに至った原因の考察

最後に、これについての私の考えは最初に書いた通りですが、なぜ調子を崩すに至ったかを振り返り考えていくことは、今後のために必要なことだと思います。
多くの場合は、調子が悪いなと感じたその日に原因があるのではなく、その日より前に原因があるものと思います。

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