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人で輝く街「下北沢」

「商店建築」誌で撮影の仕事を始めてから今年で30年になる。
同誌は名前のとおり、主に商業に関わる建築やインテリアのデザインを取材し掲載している建築の専門誌。1956年創刊だから今年で66年の歴史を誇る。
先月6月28日に発売になった最新号2022年7月号で巻頭の大特集 変貌する「下北沢」の撮影を担当した。

私は生業として主に建築やインテリアを撮影してきたが、大学時代のゼミは報道写真だった。大判のカメラで東京の街を撮る、が私なりの報道のスタイル。だから記録としての役割が大きい建築の撮影を私は広義では報道写真と捉えている。

街の風景を大判カメラで撮影して、それで生活が出来れば理想だったが、もちろんそんなことでは食っていけない。就職担当の先生に「商業施設の設計・施工をしている会社がカメラマンを募集している」と紹介されてその会社に就職。その縁で以来30数年、商業系の建築やインテリアを主に撮影する道を歩いてきた。

前置きが長くなったが、「商店建築」誌は冒頭にも書いたように、商業に関わる建築やインテリアのデザインを紹介する雑誌。だから掲載されるのは(平たく言うと)洒落たデザインのホテルやカフェ、高級な旅館などが主で、今回の号のように「下北沢」という街をテーマにするのは稀なことだ。
さらに、今回の特集で取材対象となった下北沢の商業施設は、商店建築誌がこれまで取材してきたような写真映えするタイプのデザインではない。
担当編集者から、これまでの商店建築として取材する・しないの判断基準に従えば、取材しない対象になってしまうが、小田急と京王の両電鉄会社が協調して開発をすすめ、いわゆる下北沢らしさを失わない商業としての街づくりが成功している例として是非取材したい。ついては写真を是非振一さんに!とお願いされて二つ返事で引き受けた。

写真を中心に見せる同誌の巻頭特集としては相当に難題なテーマをいただいてしまったが、、これこそが東京の街・日常を撮ってきた私の天命。
細長く続く小田急線の線路跡に計画された「下北線路街」を表現するためにドローンを飛ばし、ゴールデンウィークの人並みに紛れての撮影はiPhoneで、もちろんメインはかつての大判カメラを改造したクラシックなスタイルのカメラで撮影した40ページ、是非とも誌面でご覧いただきたい。

東京・下北沢は、映画館や劇場、ライブハウス、個性的な古着屋や飲食店が多く集まり、近くに大学も複数あるので、古くから若者の街、サブカルチャーの街として賑わってきた。言葉ではなかなか表現できないが、いわゆる「シモキタらしさ」が、街が新しくなった今でもしっかり息づいている。

その「シモキタらしさ」を醸し出す一番の要因はずばり「人」だ。
この街を行き交うのは、東京のどの街とも違う、等身大で気負わないオシャレさを持った自由で個性的な幅広い年代層の人たち。原宿や渋谷は若者の街、と言われるが、下北沢は決して若者「だけ」の街ではない。制服の中学生からシニア世代まで、これだけ幅広い年台層の個性的な人たちが行き交う光景は東京広しと言えど他に見たことがない。

なぜシモキタ(下北沢)にこんなに人が集まるのか?
私があの街で感じるのは、特に用がなくても、なんとなく駅前に居ても居心地が悪くない、なんとも言えない安心感。新宿や渋谷のような大きな駅ではないちょうど良いサイズ感なのと、駅前に車が乗り入れていないので人が安心して溜まっていられる、この2つが大きいと思う。

安心して街角(建物の外)に溜まっていられる、ためには、ちょっと座って談笑できるようなスペースが必要だが、そのスペースを気取らず、シモキタらしく、カッコ悪くなく上手く作り出しているのが今回新しくできた商業施設の秀逸な点だ。
たとえば、表紙になっている「ミカン下北」の大階段には人が二人でぎりぎり座れるサイズのコンクリートの出っ張りが数カ所設けられていて、カップルはもちろん、仲良しの女子中学生のお気に入りの場所になっている、人が多い週末には階段のステップにも多くの人が座って談笑している、という具合。

人々が集い、街を歩き、街角に溢れることで、賑わいが創出され、その主人公となるシモキタらしい個性的な人たちによって「シモキタらしさ」が醸し出される。そして、そのシモキタらしさに惹かれてまた人が集まる・・
シモキタは、そこに集う人のエネルギーによって燃焼し輝き続けている街なのだとつくづく思った。

商業施設に関わるデザインに求められる第一命題は、人を集めること。
新しいから話題になっているだけでは決してなく、確かに感じる居心地の良さが人を惹きつけているのは間違いない。環境デザインとしてとくに何もしていないように見えるが、等身大で気負わないシモキタらしさの演出として「やりすぎていない」ことがデザインとして成功なのだと思う。ぜひシモキタに出かけてそれを感じてほしい。



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