「効率」や「生産性」を上げようとするのは、ある種エゴの現れ
ここ数年は、「効率」や「生産性」を上げることに凝っていた。しかし、それはある種エゴの現れだと思った。
なぜ「人間」という自然物を、意識でコントロールできると思えるのか。無意識は、定義より意識できない。ただ、そんな無意識も含めて人間である。
自然物は管理するものではなく、手入れをするもの。何となくの方向性を定めながら、状況に応じて臨機応変に対応していく。
完全に人の手でコントロールする訳でもなく、完全に自然に任せる訳でもない。その中庸こそが本質だと思う。
そして、逆説的だが、そのような態度こそが、「効率」や「生産性」を向上させることにも繋がると思う。あくまで「結果的にそう」というだけ。目的になってはいけない。
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