1人旅 1日目

 青春18きっぷで5日間の一人大旅行を計画しました。大学を卒業するまでに、一人でどこかに行くことを怖がらないようにしたかったからです。
 旅のしおりなんかつくっちゃって、リュックにジーンズ、お気に入りのぺたんこ靴でうっきうき、家を飛び出してさあ電車に乗ろうとすると、なんとお目当ての電車が止まっています。仕方なく迂回ルートを探索し、お昼ごはんも諦めて目的地へ急ぎました。

 ぺこぺこのお腹で別の電車に乗り込むと、なんとその電車も出発してすぐに止まってしまいました。

 しかしこれも旅の醍醐味、気持ちを切り替えて資格の勉強をしていると、のそのそと電車が動き出し、何とか乗り換えの駅まで来ることが出来ました。

 こうなっては、事前に調べておいた電車の時間なんてまるで参考になりません。降りたホームで駅員を捕まえて質問をしたのですが、これが今日はじめてちゃんとする会話でした。私とは違うイントネーションだったので、やっと旅の実感が湧きました。

 10時間かけて、目的地までたどり着きました。
 約半日、一人きりで電車に乗り続けながら考えていたのは、お刺身のように綺麗に並んだ住宅、川辺で眠るクレーン車、真オレンジ色の夕日、動かない観覧車、そして私が知っている人の中で、今これを見ているのは私だけだということ・・・ 
 防音壁を作らなくてもいいぎりぎりの速さで走る快速電車は、人の生活がぎりぎり分かるくらいで、知らない町の景色を見せ続けてくれました。

 5000円の宿で、4000円分のクーポンを手に入れました。
 4000円は大金です。何か残るものにしたいので、ドラッグストアで化粧品を買おうと思いつきました。夜ごはんを食べるお店に向かう途中で、何軒もドラッグストアがあるので、帰りに寄ろうと思います。

 寿司屋のカウンター席へ案内されました。日本酒は一合からしか頼めないというので弱気になって、お刺身の盛り合わせとハイボールを頼みました。
 暇そうな板前さんは、一人きりで刺身を摘むわたしに声を掛けず、しきりに台を拭くシャイボーイです。視線のやり場に困っていると、いけすの魚が仲間割れしているのが見えました。

 人生初の鯨に挑戦しました。大トロに近い脂っぽい味で、食感がいかにも生肉という感じ。私は生きていた状態がはっきりと分かる食べものが苦手です。

 やっと板前さんが話しかけてきてくれたので、「ここはどんなところですか?」と聞いたら、「なんにもないところですね」と言われて、「あはは」と私が言ったところで、会話が終わってしまいました。

 そのあと出てきた女将さんが気さくに話しかけてくれたので、楽しくなって、日本酒を一合頼みました。何を話したのかあまり覚えていませんが、4000円をあっさり使い切ってしまいました。

 ご機嫌にホテルに戻ってきて、好きな人に電話をかけて、目を開けると午前3時、ベッドの上に転がっています。
 周りを見れば、なんと部屋の汚いこと。私は実家暮らしなので甘えすぎている、一人になればちゃんと自分のことが出来る人だ、と思っていたのですが、私というのはもっとレベルの低い人間だったようです。

 ユニットバスに入りました。シャワーを浴び終え、水を遮るカーテンを開けると、洗面台の鏡が曇っていて、でも顔が見えるあたりだけ不自然に晴れていたのでちょっと怖くなりました。

 それから何となく眠れなくなって、近くの湖まで何分で歩けるか調べましたが、湖は日の出の方向と違ったのでやめました。
 ドライヤーが爆音で怖かったです。
 おやすみなさい。

 




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