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田舎に住む自分が嫌いで嫌いで大嫌いだった


「見てください、ペンギンが空を飛んでいます!」
東の都にある水族館が「天空のオアシス」というコンセプトでリニューアルオープンするニュースが流れていた。

「都会の空を、ペンギンが飛びます!」

青い液体は少し透き通っていてその向こうに空にも届きそうな建物が並んでいる。青い液体、青い天井、白いわたあめ、灰色の高過ぎる無機物。そして、たくさんの可愛らしい飛べないはずのペンギンが飛んでいる。

ペンギンは東の都で飛ぶことができて、どうしてわたしは飛ぶことができないんだろうか。

わたしはペンギンにほんの少し、嫉妬をしていたのを覚えている。



北の国の奥の奥の小さな街に生まれたわたしは、自分が異端児だと思っていた、外の世界を知るまでは。


小学生になる少し前のお話です。


家の近くにある公園でいつも集まって遊んでた名前も知らない友達が何人かいました。
名前を知らない理由はその子の名前をわたしの耳に入ることができないからです。
逆にわたしの名前もその友達は知りませんでした。
耳が壊れている、と理解した心優しい友達は、音を使わない遊びで一緒に遊んでくれました。
しかしある日のこと。
いつも通りその子たちと遊びたいと思い、その公園に行ったら友達に拒絶されました。
拙くて、不明瞭な声で、「どうして?」
一人の優しい友達は身振りを交えて言いました。「今日、声、出す、遊び、する、キミ、あっち、行って」


神様に耳の機能を作り忘れされたまま生まれたわたしが初めて好きになった相手はおそらく同性でした。
いつも一緒に遊んでたお兄ちゃんみたいな君のことを人生で初めて好きになりました。
そしてわたしは言いました。「君のことが好きな男がもしいたらどう思う?」
すると君は言いました。「やだな、へんじゃん、きもちわるい」


こうしてわたしの「普通じゃない」の幕が切って落とされた。
いろいろな知識を身につける前の脳みそに「自分はみんなと違うんだ」という事実だけが深く深く刻み込んでいった。
〝正常〟な音を失い、〝正常〟な恋愛感情も失い、〝正常〟ではないわたしだけがただただそこで息をしている。

〝正常〟とはなにか、その正体探りに必死だった。

この狭くて小さな街の中で、〝正常〟に首を絞められるような幼少期を過ごした。


あれから幾つもの歳月が流れ、今のわたしは空飛ぶベンギンと同じ街で息をしている。ようやくわたしも東の都で飛ぶ夢が叶ったのだ。
ここまでの紆余曲折な道のりで、脳みそに刻み込まれた「普通じゃない」の破片たちは完全に除去することができた。
東の都に引っ越しするまでに出会った人々、経験した数々が、呪いにも近い〝正常〟の概念を少しずつ祓ってくれたのだ。
わたしは、わたしらしく、息をしていいんだ。
そう思えるようになった。

「実家に帰らないの?」と君は言った。
「つまらないから帰らない」とわたしは答えた。
あの街には少し、胸が締め付けられる思い出が多すぎる。〝正常〟とやらに振り回された数々の日々が、色褪せないまま鮮明に残っている。
〝正常〟を謳う大人が多すぎるあの街で、わたしがいるのは少しだけ居心地が悪いんだ。
そう思っていたんだ。

そして2020年に入ってすぐ、未知の毒が世界中に蔓延してしまう少し前、わたしは数年ぶりに実家に帰った。
驚くほどに何もなく、〝正常〟に脅迫されるようなことも、思い出が鮮明に蘇ることもなく、ただ平穏に過ごして、何事も無く東の都へ戻った。

拍子抜けした。

同時に悟った。
わたしはあの街が嫌いではない。
わたしが嫌いなのはあの街に住むわたしだった。

〝正常〟に首を締め付けられながら過ごすわたしが嫌いだった。
田舎に住む自分が嫌いで嫌いで大嫌いだった。


本当に嫌いでした。
そんな嫌いな自分とは、もう死別した。



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