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「正しい」の決め方

さあ、始めましょう!

往復書簡マガジン「俺たちは誤解の平原に立っていた」の第7回目です。


第5回目の私の記事では、正確な医療情報の中心を見つけるコツについて解説させてもらいました。「政府機関・国際機関が発する情報」を軸に情報を探していくと、正確な医療情報を上手く集められるということを解説しました。


第6回目のヤンデル先生の記事では、なぜ「政府機関・国際機関が発する情報」は正確なのかについて、「多数の批判の目にさらされる」という点と、「常にアップデートされている」という点を解説してくださいました。


どんどん医療情報の本質に近づいてきていると感じます。


さて、今回はさらに深みに切り込みます。

それは「正しい」とはどう決めているのか

についてです。


例えば、「Aという薬はがんに効果がある」という説があるとして、

それは「正しい」と、医療の世界で結論を付けるのは、どうやって行われているのでしょうか?

実は、この決め方をよく知らない方が多く、そのことが世に広がっている医療情報を誤解する一つの要因となっています。

今回はそのことを解説していきたいと思います。


積み木の山

「Aはがんに効く」という結論を下すのは誰でしょうか?超有名な大ボス先生がいて、その人が「そうだ」ということで決まるのでしょうか?

例えば、日本医大の勝俣教授が「これは効きそうだ」というと、みんなが勝俣先生は超偉いから、「そうです」といって決まるのでしょうか?

もちろん、そうではありません。

全ては研究データの積み重ね。

「証拠(エビデンス)の積み木の高さで決まります」


では、それを理解してもらうために、模式図で説明したいと思います。

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「効果がある」と示すデータ(証拠)の積み木が左側に、「効果はない」と示すデータの積み木が右側にあります。

左の効果があると言うところには、下の小さな積み木(黄色)から始まって、徐々に大きな積み木が載せられています。そして、一番上にはとても大きな積み木(赤色)が載って、随分と高くなっていることがわかります。

それに対して、「効果がない」と言う方では、一番下の小さな積み木のみがあって、あまり上には積み上がっていないことがわかります。

これが実際の医療で見られるエビデンスの積み木です。

そして最終的に、積み木が一定の高さに達すると、多くの医療者・研究者が「この薬は効果がある」と結論を下すことになります。


それぞれの積み木は何か?

まず、最初にこの積み木とは一体どんなものかを説明します。それぞれが表しているのは以下になります。

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一番下のとっても小さな積み木は「その分野の専門家の意見」です。例えば、その分野で長年診療をしている医師が、「これは効きそうだ」と言ったとします。これには一定の価値はありますが、データに基づいていなければ重い価値はありません。ほんの小さな証拠として扱われます。

次に1段目に来ている数多くの積み木(黄色)は、基礎研究の結果です。例えば、「がん細胞にこのAという薬を使うと、腫瘍細胞が死んだ」とか「がんを持つマウスに投与すると、腫瘍を小さくできた」などです。これらの基礎研究の結果が第一の基盤になります。

次の第2段目(緑色)には少数の患者さんを対象にした人での研究結果がきます。これは十人前後の人数で調べて効いたかどうかを見るものです。

第3段目(青色)は、もっと人数を増やした数十人〜数百人の、中ー大規模な人での研究です。これではもっと正確なデータが取れます。

そして最終段階(赤色)は、数百人の大規模で、とても良く計画された質の高い研究が入ってきます。ランダム化比較試験と言われるものなどが入ります。薬以外の要素がほとんど同じ2群をそろえて、正確に薬の効果のみを評価した試験です。

これらの試験の結果は違う重みを持ちます。

第1段目<2段目<3段目<4段目 となっています。

その重みを積み木の大きさの違いで表しています。


また、この積み木には大事なルールがあります。それは同じ色の積み木は必ず横に積まないといけません。例えば黄色の積み木だけを縦に積むことは許されません。研究の質ごとに並べないといけません。

注)今回の各積み木の例は、一般的な疾患における治療効果を評価するのを想定して解説しました。予防や診断の研究など、分野が異なると格段の要素は若干変わってきますので、その点はご注意ください。


積み木は数ではなくて高さが大事

積み重ねられた積み木では、数ではなくて、高さがとても大事になります。以下に例を示します。

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例えば、左のはとても不恰好で、わずかなブロックしかないですが、高いレベルのエビデンスがあったとします。それに対して、右側のは基礎研究の結果がいっぱいあって、ブロックの数では圧倒しています。しかし、高さがありません。

このような場合は圧倒的に左側の方が信じられる結果で、「効果がある」と結論をつけることになります。

右側の基礎研究の結果がたくさんあることに意味はあります。これから上にもっと積み上がるのではという期待はさせます。ただ、そこよりも上に実際に積み重なったピースがなければ、その理論は「正しい」とはなりません。

これは下段にあるものほど不正確な証拠で、間違っている可能性が高いためです。それに対して上にある証拠は正確性が高く、間違っている可能性が低いからです。

この話をすると、「じゃ、いきなり上の積み木を作るところから始めればいいじゃない」と言う人がいます。確かにそうとも思えるのですが、実際にはそれは不可能です。それは費用の関係です。

実は、上に行けば行くほど研究には途方もない費用と時間がかかります。がんの新薬だと一番上の積み木を積むには数十〜数百億円かかります。そのため、それをやるためには必ず下から確固たる証拠を積む必要があって、それを詰めたものだけが、最上段を詰めるか調べるチャンスをもらえます。

この積み木は着実に積んでいくことが大事なのです。


積み木についての誤解

世の中に広がる医療情報に対する誤解はこの図を使うと説明がかなりつきます。

がんでも新型コロナでも、この薬が効く効かない論争がよく起こって、その時には以下のような議論がされます。

ある人は「効くという証拠がいっぱいある」と主張しますが、

ある人は「そのエビデンスレベルが低いから、それでは効くとは言えない」と反論したりします。

これは最初の人はつみ木の数に注目して、高さをあまり考えていなかったのに対して、あとの人はつみ木の高さ(研究の質)を重視しているということになります。

今回説明したように、あとの人の方が正しい意見です。


医療情報発信で大事なこと

医療情報発信では一個一個の積み木の数と高さを正確に評価して行うことが求められます。良い情報発信は上にある大きな赤い積み木を中心に解説して、さらにその下の盤石な基盤にも触れて、解説したりします。

前回の記事で「政府系機関・国際機関の情報発信は正確」という話をしました。実は、彼らがしている情報発信はまさにこの手法です。彼らは、しっかりと高さごとで積み木を整理して、高さを意識した情報発信をしています。

逆にまずい情報発信は、積み木の高さを重視しない発信です。一番下の方にある「細胞マウスレベルの基礎研究」の結果や、2段目の少人数での研究結果を大きく強調して、誤解させたりします。時にはそれで騙して商品を買わせようともします。

一般の人には、積み木の大きさ(研究の質)という概念があまりなくて、「効くという論文がある」と言われると、それなら大丈夫と安心してしまい、小さな積み木に惑わされてしまったりします。



今回の要点を最後にまとめます。

医療のような複雑系では、一つの一つの研究結果だけでは結論はつけられず。積み上がった証拠を見る必要があります。

そして、その際には積み木の数ではなくて、高さ、質の高い研究結果があるのかを重点的に見る必要があります。

「本当に証拠の積み重ねができているのか」、「それは数百人規模の人で行われた質の高い研究か」という視点で見ると、不確かな情報に惑わされなくなってくると思います。


これで終わりにします。最後まで読んでくださって、誠にありがとうございました!


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