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営業が売りやすい商品は、「良い」商品か - JIMTOF2018を思い返して

「営業が売りやすい製品が良い製品である」

米国カリフォルニア州の小さな民家で創業したスタートアップ企業 Pied Piper社が、独自のファイル圧縮技術を使って巨大IT企業に成長する様を描く、ドラマSilicon Valley。2016年に公開されたSeason3では、ベンチャーキャピタルの謀略によってCEOからCTOへ降格させられた、Pied Piper社創業者のリチャードと、社外出身の新CEOが小競り合いを繰り広げる。
新CEOはリチャードが創造したデータ圧縮技術をビジネス利用のサーバにビルトインし、高性能なサーバとしてマネタイズする計画をぶち上げた。新CEOが自身の傀儡として採用した営業部隊はそれに迎合。ベンチャーキャピタルも投資の回収が早まりそうだと感じ入りご満悦。
一方、インターネットに革命を起こすためにPied Piperを創業したリチャードは、圧縮技術をサーバーファームの付属品のような退屈な目的のために使いたくない。圧縮技術は民間向けのプラットフォームにして、GoogleやAmazonのように、自分の圧縮技術を世界中の人が当たり前に使うことを夢見ている。

当然リチャードは新CEOに対し抵抗を示すが、新CEOは頑として譲らない。曰く、「営業が売りやすい製品が良い製品である」と。確かに、非エンジニアの営業が短時間のオリエンテーションで概要を十分に理解でき、顧客に説明して売って来やすい商品は、一般的には短期間で現金に変えられる。しかし、その売り方がその商品の神髄を真に発揮させるとは限らない。新CEOの売り方では、世界を変えることはできない。

俺はいまソフトウェア営業として、そういう商品と向き合っている。コンセプトは素晴らしいが、仕様もターゲットも売り方もトークの展開の仕方も全てが全く異なる、そういう新しい商品。今年も本国の本社から馬鹿みたいな販売ノルマが降りてきている。それもそのはず、このなんとも天邪鬼な新商品にとんでもない金額を投資したのだから。回収せねば株主が黙っていない。
参ったな、という素直な感情が頭をもたげたとき、2018年日本国際工作機械見本市でのできごとを思い出す。まだ俺が工作機械の営業をやっていた頃の話だ。

放電加工機で有名な緑のメーカーのブースに寄った時、ひょんなことからブースの営業マンと雑談する機会を得た。ハキハキと喋りキビキビと動く、いかにも営業マンといった風体の男だった。彼は、「自社の製品に誇り持てなくなったら、それが転職のタイミングですよ。」とにこやかに、至極爽やかに俺に言った。
なにか、俺の中に電撃が走った気がした。よく考えれば当たり前のことで、自分が惚れ込んでいないものを販売することほど辛いことはない。でも当時の俺は目先のことに必死すぎて、血眼になりすぎて、その考えに至る道の遥か後方で四苦八苦していた。
彼の言った「誇り」とはもちろん、「売りやすい」ということではない。理念であり概念でありストーリーであり価値観なのだろう。ユーザーの役に立てるかであり、ユーザーを助けられるかであり、ユーザーから感謝されるかなのだろう。

その後程なくして工作機械業界から身を引き、ソフトウェアのソリューション営業に転身したが、その言葉は今も俺の胸に深く刻まれている。
「営業が売りやすい製品が良い製品である」。それはそれで嘘ではない。投資から回収までのスピードを上げることは、資本主義社会において最善の行動だ。
でも俺がやりたいのは、たとえ売りづらくても、世界を、製造業を、今より少しでも良くする商品だ。いま俺が悪戦苦闘している新製品には、その素質がある。時代の先を行き過ぎて理解が追い付いていないだけで、コンセプト自体は実に的を射ている。
だからもう一度、売りにくいと不平を漏らす前に、自社商品を愛そう。愛して愛してよく見て、どうすればユーザーの役に立つか考えよう。ユーザーが儲かるストーリーを考えよう。ユーザーが思い描けない範囲まで、俺が考えよう。
大好きだけど売りにくい、そんなお茶目な新製品で世界をほんの少しだけ変えよう。それが俺の仕事だと、胸を張って言えるように。

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