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炎 ― 小説工作機械メーカー │ Y工業大学編 第1章「1億のタネ」②

「どうも池尻先生!たびたびすみませんね。こないだの入札のお話の件、ちょっと詳しくお聞きしたいと思いましてお時間頂きました。今日はメーカーも連れてきてますんで。」

 先日仁川さんに取ってもらったアポイントの当日。僕は仁川さんとY工業大学に入構し、会議室に入室した。
「お世話になっております。私、カネモトの高杉と申します。」
 僕はテーブルの向こう側へ回り込み、池尻教授に名刺を手渡した。3年ぶり2回目である。
「どうもお世話になっております。Y工業大学の池尻と申します。」
 僕のことは完全に忘れているようだ。3年前に一度だけしか会っていないのだから無理もない。僕は池尻教授の向かいの席に腰かけた。
「いつもニモさんの機械にはお世話になっとりますのでね、ほんと、ありがたいですわ。」
「恐縮です。F棟のVMKはいかがですか。特に故障なんかは無いですかね。」
 VMK-40。ニモがかつて生産していた立形マシニングセンタのモデルで、現在Y工業大学F棟に納入されている。僕はいつものように既設機の様子から会話を切り出した。工作機械はしっかりと保守を行えば40年間以上使えるケースもある。永い関係になるので、メーカーはユーザーと会話する機会があれば、機械に異常が無いかはヒアリングしたいところだ。異常があればすぐに修理や補修パーツを手配するのも、僕たち営業の仕事に含まれる。
「おかげさまで、最近は調子よく使ってます。」
 ここ半年以内で目立った修理が入っていないことは、社内の修理歴データベースで事前に調べてある。むやみやたらに故障や修理の話を持ち出して地雷を踏まないこと。これもまた営業の仕事だ。
「あの機械には、あと4年くらい頑張ってもらいたいですからね。」
 池尻教授は笑いながらそう言った。正直勘弁してほしい。Y工業大学に納入済みのVMK-40は御年13歳。4年後といったらもう17年選手じゃないか。もう十分使ったでしょう。本当は今すぐにでも更新した方が良い機械だ。まあ、あくまでも営業マン目線の話だが。
「ええ、しっかりサポートさせて頂きます。ニモは生涯サポートがポリシーですからね。」
 僕はにっこりと答えた。ニモは納入した機械に関しては何年経過しても必ず補修パーツを用意し、サービスマンが出動して修理を行う。ニモの市場競争力の源泉の一つだ。他メーカーは補修パーツの管理コストを嫌って、生涯サポートを謳わないところが多い。ニモのような資金力のある大企業だからこそ成せる業なのである。
「そりゃ安心だ。それで、入札の話ですけどね、」
 僕と仁川さんとの間にわずかな緊張が走る。
「再来年の1月での納入完了を目途に、E棟の旋盤10台を入れ替えます。」
 再来年の1月。今が2000年10月なので、約1年3か月後だ。
「僕としてはね、仁川さんにも普段からお世話になってますし、ニモさんの機械を入れたいんですが。まあウチも学校ですからね、何社か入ってもらって、コンペという形にせざるを得ないんですわ。」
 思ってもいないことをべらべらと。確かに仁川さんは工作機械以外にも工具、治具、消耗品などでY工業大学と取引してる。しかし本当にニモの機械が欲しいなら入札などせずに随意契約にすれば良い。結局は価格が最も安い機械を買えと、上から言われているだけに過ぎない。
「なるほど。それで具体的な入札の時期はいつ頃で?池尻先生には釈迦に説法ですが、旋盤ってのは納期がかかるもんですからね。なにせ機械は注文を受けてから作り始めますから。ねえ高杉さん。」 
 仁川さんが切り出した。客先では高杉「くん」は禁止だ。
「そうですね。弊社の受注状況にもよるのですが、例えば仮に本日ご発注頂けましたら、5か月といったところでしょうか。」
 まあ本当は4か月半で完成するとは思うが、納期は多少長めに言っておいて損は無い。
「5か月ですか。結構長いですね。」
「いえいえ、それがですね、先生もご存知でしょうけど、ここ最近、米国IT企業の伸びが著しいじゃないですか。マイクロソフトの株価も凄いことになって。その影響でまだまだコンピューターの需要があるみたいでして、受注量は今後も増えると思われるんですよ。コンピューターの部品に機械加工は必須ですからね。」
「ほう。」
 池尻教授は平静を装っているが、内心はやや不安そうだ。
「入札の時期には納期がもっと長くなっているってことですか、高杉さん。」
 仁川さん、ナイスフォローです。
「そうですね、半年は想定して頂いた方がご安全かと思います。2001年7月末までにご発注頂ければ、2002年1月の納入はある程度安心かと思いますね。」
「仁川さん、他のメーカーさんも、似たような状況なんですか?」
 池尻教授は仁川さんに訊いた。顔が若干引きつっている。
「ええ、基本的にはほぼ同様になると思いますよ。」
 仁川さんは平然と答えた。
「困ったな、8月に入札を行えば余裕と思っていたんだが・・・。」
「8月に入札を行って、その後あれこれやって、9月にご発注、ということですか。それはなかなか厳しいハードルかと。」
 僕は池尻教授の目をまっすぐ見つめて締めくくった。

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