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超短編小説「世界はかならず瓦解する」


「世界はかならず瓦解する」
「…」
「わかる?」
「…えっ」
「世界は必ず瓦解するんだよ」
「がかい?」
「…そう、瓦解」
「…って」
「瓦解の意味もわかんないのかね」
トオルは始めて、苛立ちを覚えた。いや、もう、席を立とうかという衝動に駆られ、そのムクムク湧き上がる雲を、どう処理しようか、まず思案しはじめたところだ。
そんなトオルの苛立ちが、表情筋を通じてリョウタに伝わるように、リョウタは口を開く。
「物が壊れる様だよ、よく空が瓦解するような雷鳴とか言うじゃない」
「あのさ、瓦解ぐらい、わかるよ」
「…そうだよね、トオルだもんな」
フゥ、トオルはリョウタにわからないようにため息をつく。中学までは昵懇だった。なにをするにも一緒に行動した。そんな時は必ず、リョウタはトオルの後をついた。十年振りにひょんなことからリョウタの生息を発見し、メランコリーなトオルはすぐさまリョウタを誘った。事実、10年振りに見るリョウタは、10年前のままだった。そんな当時のままのリョウタを引きずったトオルにとって、「世界はかならず瓦解する」というセリフは、あまりに唐突かつ意外すぎた。桜の若葉の緑が美しい昼だった。
「あのさ」
トオルは口を開いた。
「のっけから、なに」
「・・・」
今度はリョウタが口をつぐむ。
「久々にあったと思ったら、挨拶もそこそこに、なに?世界は必ず瓦解するって」
「…、いや、ごめん、なにせついさっき、確信に至ったものだから」
「…へぇ~~」
「興奮してね」
「へぇ~、さっき、確信に至ったんだ!なにそれ、宗教?」
今度は、リョウタが口をつぐむ。そして、しばらく沈黙の後、リョウタは口を開いた。窓から射す陽の光が、大理石のキャッシュカウンターに反射した。
リョウタが、決壊したように、リンとして口をひらいた。
「世界は続くって思いこんでるよね」
「…は?だって、続くだろ」
「どうして」
「はっ?だって、歴史でならったろ」
「じゃあ、トオルはいつから記憶があるの?」
「え?」
「だからさ、トオルが覚えている一番古い記憶は、いつごろ?」
「…、そうだな~、小学校の頃かな」
「そうでしょ。生まれる前の記憶なんて、ある」
「…、なにか、宗教?」
「ちがうよ、産まれる前の記憶、トオルにはあるの?」
しばし、口をつぐんで、トオルはリョウタをマジマジと見る。しかし、毅然としたリョウタの表情に変化がないと見てとると、トオルらしく速射砲を繰り出した。
「あるわけないだろ、産まれて初めて、人は生きるんだから」
「そうでしょう、世界は産まれたときに、はじめて、はじまる」
「いやいや、リョウタ、その前にも世界はあっただろ」
「なんで?」
トオルは苦笑して続けた。
「でなければ、俺は存在してないだろ。少なくとも、両親がいて、両親がセックスして、はじめて俺が産まれる訳だから」
「そうじゃないんだよ」
間髪入れずリョウタから言葉を射しこまれ、トオルは打ち方やめ。
「それは事実だとしても、トオルにとっての世界は、トオルが体感する世界が全て、だよね」
「…う~ん」
「トオルならもう理解していると思うけど、そういうことなんだよ」
「…」
「しょせん、人から埋め込まれた知識だけれど、世界は産まれた時初めてはじまるんだ、その人にとって」
「…そりゃ、そうだよ!」
トオルは今、眠りから覚め、覚醒したように、語気を強めた。
「そんなの、当たり前だし、詭弁だろう。だからと言って、世界がなかったことの証明にはならないだろう」
フッとリョウタは下を向いて首を振る。トオルはそれが、まるで無知なこどもは手に負えないという感情の吐露におもえ、ケシキばった。
「おまえ、何が言いたいんだ、結局のところ」
リョウタは静かに、顔を上げた。
「トオル、トオルの世界は、必ず瓦解するよ。トオルは全身麻酔を受けたことがある?そう?じゃあ、その間のかん、何か覚えてる?そうでしょ、あれと同じ。脳が機能を停止すれば、その後は無だ、なにも無い、なにも存在しない。魂もないし、輪廻転生もない、永遠に何も存在しない」
「いや、そんなことはない」
「じゃあ、証明してあげる」
その瞬間、リョウタはニコっと笑った。トオルはかつて、見たこともない笑顔だった。そう、その笑顔だよ、昔からお前に、必要だったのは。
その瞬間、キラリと刃物の乱反射。トオルの首にナイフがグッッと刺さった。鈍痛に襲われた瞬間、ナイフはリョウタいよって、勢い良く引き抜かれる。
噴水が上がった。コノヤローと叫んだが、溢れたのは血しぶき。左手を首にあてて、右手が中を泳ぐも、踵を返したリョウタが店を出て、トラックに飛び込んだ。
それがトオルの、最後の景色だった。
世界は確かに瓦解した。
幕が閉じ、無が訪れる。


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