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自分を知るお手伝いがしたいー経血管理アプリ開発者が語る「生理との向き合い方」

本記事は、宣伝会議主催「編集・ライター養成講座」卒業制作を再編集したものです。


現代の女性が経験する生理の回数は450~500回。期間に換算すると約6年を費やしていると言われている。ほぼ毎月訪れる生理は、女性と切っても切り離せない恒例イベントだ。しかし多くの女性が抱く生理へのイメージは、マイナスと言って間違いないだろう。

「生理が来る度に、自分らしくなれる世界が実現したら?」

日々この問いと向き合うのは、浅井しなのさん(24歳)だ。自身の壮絶な生理痛・過多月経(生理の血が異常に多い状態)の経験から、経血管理アプリ『reanneリアンネ』の開発者になった。浅井さんが語る「生理との向き合い方」とは。

浅井しなの 株式会社asai  代表。1998年12月17日生まれ。経血管理アプリ『reanne』の開発者。

「内臓がでたんじゃないか」
過去の悩みが経血管理アプリ開発への糸口に

浅井さんにお会いしたのは2023年6月1日。曇り空が広がる蒸し暑い日だった。訪れたのは東京・虎ノ門にある『CIC tokyo』。スタートアップ企業やイノベーターが集うシェアオフィスだ。受付には日本語・英語を両方話せるスタッフが常駐し、壁一面に企業ロゴが貼られている。

「お待たせしました」

笑顔で出迎えてくれた浅井さん。頭の上から爪の先まで、抜け目のないコーディネート。美しさと、凛としたかっこよさを感じた。

浅井さんが開発している『reanne』は、経血を管理するアプリだ。色・量・塊の有無を具体的に選択し、記録できる。

『reanne』操作画面。 ユーザーが想像しやすいよう、経血の色をフルーツで例えている。


「経血を記録する」アイディアは、浅井さん自身の過去の悩みから生まれたものだった。

もともと経血の量がとても多かったんです。内臓がでたんじゃないか?ってくらいの塊がドバっと出て、すごく不安でした。でも、実物を病院に持って行けるわけでもないし、どうしたらいいんだろうってずっと思っていて。だから自分で記録しておいて、受診のときに見せられる機能があればいいなと考えました」

また『reanne』では、アプリをダウンロードしている全ユーザーとリアルタイムで経血データを共有できる。他ユーザーの経血データを知ることで、自分の経血の状態と比較が可能だ。既存の生理管理アプリにおいても、パートナーと健康状態を共有できた。だが「赤の他人と共有する」点には新しさを感じる。彼女は『reanne』を「生理のSNS」と表現した。

「これまでの生理管理アプリは、自分の中だけで納めていたと思うんです。誰かと比べるのではなく、客観的に自分の健康状態を把握するためのものでした。でもそれだけでは女性特有の病気に気付くきっかけが少ない。”人と比べて自分はどうなのか”を知れば、1人では気づけなかった病気や異常に気づくチャンスが増えるはずです

生理を共有する意図は他にもある。

「生理の状態を他人と共有するのは、なじみが無いことかもしれません。でも同じ状況の人がいるだけで、不安って和らぎますよね。SNSでの生理に関する「つらい」「痛い」の投稿も、誰かに「共感してほしい」というメッセージです。私自身、生理中は孤独や不安を強く感じていました。少しでも、同じような悩みを抱える人の力になれたら嬉しいです」

「自分ごとの悩みを解決したい」
大学卒業後、起業家の道へ

浅井さんが初めて生理を経験したのは小学4年生、9歳の頃だった。年齢を重ねるにつれて、生理に対する悩みは増えていく。中学生の頃には教室で気を失い、車いすで保健室に運ばれた。明らかにおかしいはずなのに、家族や周囲の人からの理解は薄かった。

「一番つらかったのは大学生の頃。20歳を超えたくらいですかね。講義室や校門前で倒れ、毎月のように保健室に運ばれていました。それでも自分が“異常”だと気づけませんでした

浅井さんが異常に気づいたのは22歳のときだ。パートナー・保健室の先生の勧めで、婦人科を受診した。医師から言い渡されたのは子宮腺筋症しきゅうせんきんしょう。その後受けたブライダルチェックでも、AMH値(卵巣内の卵子の残数を表す数値)が、閉経間近の人と同程度であると判明した。「もっと早く病院に行けばよかった」の後悔が、彼女を起業の道へ進める。

『reanne』ロゴ。日本初のナプキン『アンネナプキン』の広告デザインをモチーフにしている。

浅井さんが足を踏み入れたのは、フェムテック業界だ。フェムテックとは、Female(女性)とTechnology(技術)を合わせて作った造語。女性特有の病気や体の悩みをテクノロジーで解決する産業を指す。フェムテックという言葉が日本に普及し始めたのは2020年、ちょうどコロナが襲来した年だ。この時期は「フェムテック元年」と呼ばれており、参入企業が一気に増えた。

フェムケア&フェムテック(消費財・サービス)市場規模推移(2022 )
(株式会社矢野経済研究所)


2019年に発表された経済産業省の調査によると、日本女性の 月経随伴症状による1年間の社会経済的負担はは6,828億円。そのうち「会社を休む・労働量・質の低下」といった労働損失による負担は4,911億円にのぼった。女性の健康に寄り添った社会づくりは、国内全体の生産性を高めると言える。フェムテックは社会課題を解決するキー産業として、重要な鍵を握っているのだ。

月経随伴症状による1年間の社会経済的負担(2019) (経済産業省)

就職を視野にフェムテック企業へのインターンを4社経験した浅井さん。感じたのは理想のフェムテック像とのギャップだった。

私のなかでの正解は、痛みや悩みがあったらすぐにお医者さんに診てもらうこと。病気が原因なのか、そうじゃないのか。まずは知ることが大切だと思うんです。でも既存のフェムテック商品やサービスでは、その導線づくりがまだされていないと感じました」

長年付き合ってきた「自分ごとの悩み」を解決したい。浅井さんは大学卒業後すぐに起業した。

「大きな制度は変えられないけど」
生理がフランクに語られる世の中をつくるために

生理や女性の健康に対して関心が高まっている昨今。テレビCMでもフェムテックに関する広告が打ち出されるようになった。しかし生理へのタブー視が無くなったとはまだ言えない。

日本では長らく、生理=不浄なものとして忌み嫌われてきた。過去には生理中の女性を小屋に隔離していたという記録も残っている。使用済みの生理用品を入れる「サニタリーボックス」が「汚物入れ」と呼ばれていたのは、まだ記憶に新しい。

「体調が悪そうな女性部下に、どうやって声をかけていいのか分からない」

そう語ったのは浅井さんが主催する生理痛体験会に参加した40代男性。彼のように「生理」の二文字を出すことや話題自体に、抵抗を感じる男性が大半だろう。

生理がフランクに語られる世の中になるためには、「地道な発信」が必要だと浅井さんは語る。

「週に一度、1時間くらいでTikTokライブを配信しています。多いときには6万人ほどの人が視聴してくださるのですが、そのうち3割くらいは男性なんです。パートナーや周囲の女性を『理解したい』と思ってくれている男性は確実にいる。だからこそ地道に発信していくことに意味があると思っています。男性も女性も、生理をもっと知ってほしい。大きな社会的制度が変えられなくても地道に発信し続ければ、生理がもっとフランクに語られる世の中はつくれるんじゃないかって思うんです

浅井さんTikTokアカウント。精力的な発信で、フォロワー15万人を達成。


知ることで生まれる「自分らしさ」
広がる選択肢

多様性が謳われる昨今。「自分らしさ」に戸惑う人は多い。自分らしさとは一体どういうものなのか。

”なりたい自分になること”でしょうか。例えば仕事を頑張ってキャリアアップしたいのか、早く結婚して子どもを授かりたいのか。どんな自分になりたいのかで、行動はまったく変わってきますよね。でも選択するためには、まず現在地を知る必要がある。女性にとって現在地を知ることは、自分の体を知ること。自分らしい選択をするために、ぜひ自分の体のことを知ってほしいです。『reanne』ではそういった“自分を知るお手伝い”ができたらいいなと思っています

現在、浅井さんはピルと漢方を服用している。以前のように倒れたり、経血量に悩まされたりしなくなったそうだ。自分の体と生理に向き合った結果が、今の彼女を作っている。


「研究がもっと進んでほしい」
女性の健康が重要視される社会を目指して

『reanne』には「経血を管理する」目的のほかにも、ある願いが込められている。

「『reanne』の裏テーマとして、『女性の健康に関する研究が進んでほしい』という想いがあります。これまで日本社会の中心は男性でした。それは研究の世界でも同じ。まだまだ生理や女性特有の病気に関して分かっていないことが多いんです。特に生理は病気でないからこそ、重要視されてこなかった背景があります。そんな社会を変えたい。そして回りまわって、社会全体がハッピーになればいいなと思っています

浅井さんのような人や企業が増えれば、生理で悩む多くの女性を手助けしてくれる機会も増える。しかしどれだけ革新的な商品・サービスが生まれても、利用者である女性自身に生理と向き合う意思がなければ意味がない。「生理はつらくて当たり前」と諦めず、まずは自分を知ることから始めよう。


浅井しなのさんの各種SNSはこちらです。

Instagram:https://www.instagram.com/shinano_reanne/
X:https://twitter.com/asai_47

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