言葉のことばかり【忘却の彼方】
記憶が消える瞬間
今日、何人かで話をしていて、
誰もがひとつの言葉を思い出せない。
という状態に陥った。問題は
「スペインで闘牛士のことをなんというか?」
である。
ここで一瞬にして思い出せたヒトは
このゲームに参加する資格はない。
冷静に考えれば、
むずかしい言葉ではないのだが、
そのときひとりが言った言葉で
みんなが迷路に入り込んでしまった。
「ああ、マラドーナでしょ」
違う。マラドーナは
アルゼンチンのサッカー選手である。
しかし、
この瞬間にだれもがゴールを見失ってしまう。
「あれ?なんだっけ・・・」
なんとなく、かぎりなく似ているけれど、
違うような気がする。
なんだっけ?ひとりが言う。
「マドリッドにも似ているような気がします」
確かにマドリッドもスペインの地名である。
しかし違う。「マ」と「ド」が
アタマの中でグルグルと回る。
しかしなんだか思い出せない。
「マドレーヌというのはどうです?」
どうです?って言われても、
この人はすでに質問の意味すら
あいまいになっている。
マドレーヌはお菓子の名前である。
もう、なんだか、ひたすらにイライラする。
なぜだかわからないが、
どうしても思い出せない。
(ここまで読んで、同じような
キモチになったヒトがいたとしたら、
それはもう、すばらしくうれしい)
みんなが顔を見合わせる。
誰もが同じものを頭に描いているのに、
なぜなのか、言葉が出てこない。
忘れ去ることなり
忘却とは忘れ去ることなり。
って昔の人が言ったらしい。
そのまんまである。
まんまだが、
だったら忘去でいいようなものだが
「却」は余計なものがついている。
「却」は「しりぞく」ということらしい。
退却の却だな。
あとは「しおわる」「してしまう」。
返却とか売却とか。
こっちが感覚としては近い。
で、忘れてしまった「それ」は
どこに行ったか。
スペインの闘牛士はどこに行ったか。
どっかにいるんである。
もともといたのはわかっているので、
消えてしまったわけではないのだ。
でもここにいない。
今は退いていらっしゃるらしい。
彼方とはどこか
その、どこにいるかわかんないけど
いる場所のことを「彼方」と言う。
「忘却の彼方」と言うやつだ。
彼方は「離れたとこ」という意味なので
これがまた曖昧だ。
どっか遠いとこ。知らんけど…。
くらいの感じだな。
彼方の反対は「此方(こなた)」で、
「こっち側」という意味。
ここ、ではなくてある地点からこっち
って意味なのでそれはそれで
はっきり限定した場所ではない。
まあ探せば見つかる感じはする。
彼方も此方も時間的な感覚もある。
彼方はここから先の話なので
いつなのかは不明。
此方はある時からこっち側の時間なので
まあこれもわかりそうだが
はっきりはしていない。
ということなので、すでに
忘却の彼方にある闘牛士は
考えれば考えるほど遠くに行ってしまう。
で、とは言えいなくなってはいないので、
ふと思い出したりする。
なぜかいきなり此方に来る。
マタドールだ。
次回の言葉は「没入する」です。
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