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レコードクリーナーのスプレーの香り


一昨日だったかな。
青山にある仕事場の近くのお洒落なカフェの店頭で、レコード盤が売られているのを見つけた。

アースとかボズとかストーンズとかパープルとか、その中になぜかユーミンたくさん。

段ボール箱で三箱くらい。
さりげなく売られていた。
それを若者が見ていたりした。

さすがに掘ってる人はいなかったが(掘り出し物のレコードを探して箱の中を高速で漁ることを「掘る」と言った。ボクの周りだけかもしれない)、そのカフェの風景に自然に溶け込んでいた。

あぁ、レコード盤もここまで復権してきたんだなぁ、と感慨深く思った。


レコード盤のことを思うとき、セットで思い出すことがある。

香りである。

レコード盤それ自体にももちろん香りはあるのだが、それではなく、レコードクリーナーのスプレーの香りである。

レコードを聴くのにスプレーがいるなんて、意味がよくわからない、というヒトも多いかもしれない。復権してきたとはいえ「レコード」という円盤自体を触ったことがないヒトが、まだまだたくさんいるからね。

DJでスクラッチしたりで触ったことがある人も、「スプレー?」って疑問に思うかもしれない。だって、今のレコード盤って(材質が変わったのか)ほとんどホコリが付かないから。

昔のレコード盤はね、とてもホコリがつきやすかったのだ。

拭いても拭いても取れないくらいホコリが付いていたのである。

いまのレコード盤と違って材質的に静電気がつきやすかったのかもしれない。とにかくホコリが取りにくかった。

だから、スプレーをシューッと吹きかけて、下の写真のようなブラシで拭き取るんだけど、ホコリが掃き溜まりはするが、レコード表面から取り去るのがとても難しいのである。

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ホコリが取れないと、音楽再生中に「プチプチプチ」ってノイズが出たり、「ブチッ」とか「ボツッ」とか音飛びが出てしまう。

それがイヤだから、念入りに拭く。
レコード片面をかける前に1分くらい、この「スプレーかけて拭く」という儀式が必ず必要だったのである。

そのときかけるスプレーの香りが独特で。

ボクはナガオカのスプレーを使っていたのだけど、いまでもクリアにその香りを非常によく覚えている。

(↓)いまでも売ってたw 同じ香りかな?


で、なんとかホコリを取ったあと(もしくはある程度取って諦めたあと)、レコード盤中央の穴のまわりに「ヒゲ」と呼ばれる傷跡を作らないように慎重にターンテーブル真ん中の突起に穴を通し、ふぅっとひと息ついてから細心の注意を払ってレコード針を溝に落とすのである。

そういう一連の「儀式」が必要だったし、それが一種の楽しみでもあった。

その間、ボクはそのスプレーの香りに包まれる。
そしていつしか、「レコードの音楽そのもの」と「スプレーの香り」が、ボクの中で結びつくようになった

中学高校のころのボクにとって、レコードは高価かつ貴重品だった。

そして、アナログ盤の特徴として、レコード針でレコード盤をなぞって音を出すわけだが、構造上「何度もかけると溝が削れていき、音が痩せていく」のである(少なくともそう言われていた)。

高価かつ貴重品だったこともあり、当時の友人の間では「レコードは10回くらい聴いたらもうダメになる」と言われており、みんな買ってから数回しか聴かなかった。

すぐカセットに録音しちゃって、仕舞っちゃうのである。
高価な宝物だったからね。

ボクも自腹で買ったレコードはすぐにカセットに録音して、レコードそのものはほとんど聴かなかった。カセットを聴いていたのである。

じゃあ、何をレコードで聴いていたか。
ボクがレコード盤で聴いていたのは、父や叔父がもっていた、「何度もかけて溝が削れても惜しくないクラシックのレコード」だったのである。


いや、何が言いたいかというと、ボクの中で、スプレーの香りと結びついているのはクラシック音楽なのだ。

クラシックとあのスプレーの香りが自分の中で直結している。

だから、たとえば「今日はブラームスでも聴こうかな」と思うとき、ふと鼻腔にあのスプレーの香りが通り過ぎる。

クラシック音楽を聴こう、と思うだけで、いまでもあのスプレーの香りがリアルに思い出されたりするのである。

面白いね、記憶って。

たった今もそうだ。
そろそろ暑さも遠のいてクラシックが恋しくなるシーズンだな、何かいいコンサートでもやってないかな、と、ネットを検索しながら、ふっと鼻腔にスプレーの香りが横切った。

そして、スプレーを多用していたころの希望とか圧迫とか憧れとか焦燥とかもセットで胸を締め付ける。

しばしマックの画面から目を離し、その感傷と快感に身を任せたりする。



まだレコード盤はたくさん納戸に残ってる。

そうだな。まずレコード・プレーヤーを久しぶりに手に入れよう。
そして、片面ずつ「儀式」をしながらゆっくりレコードを聴く、という生活に、そのうち戻ろう。

そうしよう。


古めの喫茶店(ただし禁煙)で文章を書くのが好きです。いただいたサポートは美味しいコーヒー代に使わせていただき、ゆっくりと文章を練りたいと思います。ありがとうございます。