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聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇14) 〜「イサク誕生の予告(3人の御使い)」

1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。


今回は「人類初のトリオ」の話である。

あ、最初は旅人のふりをしてアブラハムの前に現れるけど、実は天使だったから「人類」ではないか。天使初?

まぁでもとりあえず、天地が創造されて以来3人でネタ合わせして出てきたチームは初である。

トリオ・ザ・エンジェル。


まずは、今日の1枚。

シャガールだ。
この連載でシャガールを取り上げるの何度目だろう。
ユダヤ系ということもあるのか、旧約聖書をわりとたくさん描いている。

シャガール『アブラハムと3人の天使』

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赤が強く印象に残る美しい絵だなぁ。
右端は金の羽。位が高い天使か、主、その人か。

左側にいるのが、アブラハムと妻のサラ
サラは何かスープみたいのを持っている。
奥の家の扉は開いている。これは「受け入れている」ということを表すらしい。

右上の吹き出しみたいのは、たぶん3人の天使が訪れた過去を描いている。
アブラハムが三顧の礼で迎えているわけですね。


ここで簡単に状況を説明しよう。

アブラハムがいる約束の地「カナン」は現在のパレスチナ
夏はクソ暑い。夏の昼間なんか狂気の沙汰。

そんな炎暑の中、3人の旅人が近くを通りかかったわけ。

それを見たアブラハムは、たぶん「只者ではない感」を敏感に感じ取ったのだろう、駆け寄って

「よろしければどうかうちでひと休みしてください。どうかうちで疲れを癒して、お出かけください!」

と招き入れるのだ。そして、饗応する。


通りすがりの人をこうやっていちいち招き入れてたら大変なので、3人によっぽどのオーラがあったんだろうな、と思う。

そりゃそうだ。
トリオ・ザ・エンジェルだ。
いや、もしかしたら、この中のひとりは神(主)かもしれないのだ。

で、旅人たちの足を洗い、急いでパンを焼き、可愛い仔牛をつぶして供する。精一杯のもてなしをするわけだ。


なんか、通りすがりの人を精一杯もてなしたら実はその人がすごい人だった、というエピソードって、日本人には馴染みが深い。

有名な謡曲の『鉢木(はちのき)』がまさにそういうお話だったよね。

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本筋からは離れるが、『鉢木』のストーリーをさらっと書いておこう。

ある僧が、ある日大雪に見舞われ、やむなく近くの小さな貧しそうな家に一夜の宿を所望する。

ただ、その家は、火にくべる薪にも事欠いたから超寒い。
家の主人(佐野常世)は、これでは僧がさぞかし寒いだろうと、大事にしていた梅・松・桜の鉢植えの木を切って炉にくべ、暖を取らせた。

そして問わず語りにこう話す。
「今はこうして落ちぶれてはいるが、いざ鎌倉!というときには、いの一番に馳せ参じる覚悟である」と。

それからまもなくして、鎌倉から諸国の武将に召集がかかる。
言葉通り痩せ馬にまたがって駆けつけた佐野常世を鎌倉で迎え入れ、感謝したのが、あの時の僧、実は「北条時頼」であった。

佐野常世は、あの晩の鉢の木にちなんで3つの領地(加賀国田庄、上野国井田庄、越中国井庄)をいただいて、めでたしめでたしいいはなし。


ネットとかで「いざキャバクラ!」とか、ふざけて使われている「いざ鎌倉!」の元ネタである。

いい話なんだけど、若い人は知らないかもしれないね。
古典が継承されにくい社会になっちゃったからな。。。

でも、なんか、この3人の天使の話と似てるよね。


さて、この後、重要な予言をこの3人はするわけだが、その前にこの饗応のところまでの絵を見てみたい。


シャガールはもう1枚、この場面を描いている。
でも、なんか勢いがない絵だな。妙にマジメ感あって、ボクは上に挙げた一枚目のほうが好き。

ちなみに右上の吹き出しは、予言通りイサクが生まれた場面だろうか。

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次は、もうこの連載ではお馴染みさん。ボクの中で絶大な人気を誇るティソ

彼も描いてるよ。
しかもとってもティソらしい切り口で!

ティソ『アブラハムと3人の天使』

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これ、実にリアルだと思うんだな。

酷暑の昼間だ。
アブラハムは天幕の中で横になってるに決まっている
そこに3人がやってきて、「うわ、なんかすごそうな人キタ!」ってなってる瞬間。きっとまだ寝ぼけ眼だ。

他にこんな切り口で描いている画家はいない。

ティソ〜〜!
好きだよ〜〜!

これはムリーリョの『アブラハムと三人の天使』。
どうぞお入りください、って言ってるとこだね。どこが酷暑やねんって思うこと以外は構図といい色遣いといい美しい絵だと思う。

ちなみにこの出来事は「マムレの樫の木」の元で起こったと言われている。
この絵の右にあるのがそれだろう。

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レンブラントの師匠、ラストマンの「どうぞお入り下さい」の絵。
奥の暗いところにいるのは「主」かもしれない。

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この人もこの連載ではお馴染みさん、ギュスターヴ・ドレも重々しく描いている。

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こうやって、アブラハムのうちに迎え入れ、「もてなし」が始まるのだが、ここから、旅人たちの正体がいきなり明らかになっていく


旅人たちはアブラハムにこう尋ねるのだ。

「奥さんのサラはどこにいますか?」

「(・・・な、なんで妻の名前知ってんねん)・・・ええと、天幕の中におります」

「わたしは来年の今ごろ、またここに来ますが、そのころには、あなたの奥さんには男の子が生まれていることでしょう」



これを近くで盗み聞きしていたサラが「プッ」って笑うんだな。

そりゃ笑うわ。
もう90歳だ。旦那のアブラハムも100歳だ。

もう無理だってわかっているから、女奴隷のハガルをアブラハムに勧め、いろんなトラブルがあった上で、イシュマエルという男の子ができたのだ。
(いろんなトラブルについては前回参照)。

いまさら生まれるなんてことがあるわけがない。


そしたら旅人がこう言うではないか。

「いま、笑ったな。
 私には見える。
 サラよ、笑ったろう」


ひえ!
見えんのかい!

「なぜ年をとった自分にはもう子供が生まれるはずがないとか思うのだ? 主に不可能なことがあろうか。 来年の今ごろ、私はここに戻ってくる。そのころ、サラには必ず男の子が生まれている」


・・・言っちゃった。
この人、主その人か、もしくは主から送られた代弁者・天使だ。


サラは急に恐ろしくなる。
そして、もうこの連載を読んでいる人ならサラのお人柄わかると思うけど、とってもサラらしく、こう言う。

「わたし、笑ってなんかいません!」


うは〜サラっぽいw

で、その人(主? 天使?)は辛抱強くこう言う。

「いや、あなたは確かに笑った!」



いや、どーでもいいから!w



一方のアブラハム。

アブラハムはアブラハムで、笑ってる。

そしてこうつぶやく。

「100歳の男に子供なんか生まれるかい! 90歳の女に子供なんか生まれるかい!」

主は辛抱強く、こう諭す。

「いや、生まれる。
 私が生まれると言ったら生まれるのだ。

 サラとあなたとの間に男の子ができる。
 その子をイサクと名付けなさい」


イサクとは「彼は笑う」という意味らしい。
な〜んだ、神もちょっと気に入ったんだな、二人が「プッ」って笑ったことを。


というかですね。

アブラハムは「信仰の父」と言われている人なのですよ。

ここでわかったことは、神が「子孫は天の星ほども増える」と約束したのに、それを信じ切れず、焦って女奴隷ハガルに子どもを生ませた彼であり、目の前の主(天使)から「生まれる」と聞いたのに、それも信じ切れずに「プッ」って笑っちゃう彼なのだ。

つまり、この時点では、その後の彼ほどの信仰心ではない。

だからこそ、神は3人の天使を使わせて、「ちゃんと信じろよ。約束を忘れてないからな」とわざわざ伝えに来たのかもね。

そして、こういう経験を通じて、少しずつアブラハムの信仰が深まっていった、ということかもしれないな。そしてこのちょっと後にくる「イサクを生け贄に献げる」というエピソードにつながっていくのかも。


ということで、このあたりのことも、絵で見ていこう。


アレクサンドル・アンドレイェヴィチ・イワノフ。

この絵、いいな。
そう、当時のパレスチナ地方の饗応って実際にはこうやって寝転がってる感じじゃなかったかな、と思う。

で、天使はサラを指している。
サラはいやいやって言ってる。

「わたし、笑ってなんかいません」
「いや、あなたは確かに笑った!」


っていう例の漫才の場面かなw

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カラッチ『アブラハムを訪れた三人の天使』

一瞬、樫の木の下にいるのがサラかと思って「え〜!」ってなったけど、サラは左隅の天幕のところで盗み聞きしているね。

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ドメニコ・フィアセラ
サラが盗み聞きしているけど、その右上にも女性がいる。
これ、イシュマエルを生んだハガルだと思われる前回参照)。

いやぁ、ハガルの気持ちを考えると、なかなかきついよね。
そしてその後、実際にハガルは息子イシュマエルと一緒に追放される・・・。

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この「3人の御使い」の話、ハガルが絵に登場することで、よりお話が深くなる。
そういう意味で、この絵はわりとイイ。



レンブラント『天使達をもてなすアブラハム』

巨匠作ではあるけれど、一般公開がほとんどされていない小さな絵らしい。
中央の天使のオーラが凄まじいし、カラダも大きい。
つまりは「主」なんだろうと思う。

サラは右奥から覗いている。

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古めかしいのもひとつ。
「Abraham and Holy Trinity (angelic visitors at Mamre). Byzantine mosaic in Monreale.」というキャプションがある。

ストーリーの説明としては、モザイク画とか優れてるんだよね。表情とかもおかしいしw

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さて、ラストは2枚のティエポロで飾ろう。

なんか、もう「神すげー!」感が満載なのがティエポロ。

これはたぶん、もう「産まれるったら産まれる。その子にはイサクと名付けなさい」と命じ、アブラハムが「ははー」ってひれ伏している図なのだろうと思う。

ティエポロ『アブラハムに現れた3人の御使い』

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これ(↓)もティエポロだ。
「おぬし、笑ったな」のとこw

もしくは、「来年のいまごろ産むことになるぞよ」と伝えているのか・・・でも天使の指がサラの口を指しているから、たぶん「笑ったやんけ!」って場面かなぁ。

というか天使の服、変。

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ということで、冷静に聞いたら驚天動地、90歳のサラに子どもができるという超超超高齢出産の予言のお話でした。

次回は有名な「ソドムとゴモラ」
次回もこの天使たちが超能力を出しまくる。

なにしろソドムという町をひとつ滅ぼしちゃうからね。



このシリーズのログはこちらにまとめてあります。

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間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。

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この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『イラストで読む旧約聖書の物語と絵画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『旧約聖書を美術で読む』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 旧約篇』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。



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